おもてなし規格認証 2019 最高位「紫認証」取得事業所に聞く 5(後編)~株式会社陣屋 元湯陣屋~

IT化、週休3日制、旅館を憧れの職業に〜旅館の世界はもっと広げられる〜

2020年1月16日
「おもてなし規格認証」の最高位「紫認証」取得者インタビューの第5回。前編に引き続き、「「株式会社陣屋 元湯陣屋」代表取締役女将の宮﨑知子さんにお話を聞きます。後編では「週休3日制の導入」などのES施策や業界全体の生産性向上のためのプラットフォーム「宿屋EXPO」といった取り組みにフォーカスします。
 「おもてなし規格認証」の最高位である「紫認証」に、2019年の第2弾として新たに1事業所が認定されました。紫認証は、認証機関から推薦を受けるとともに、顧客・従業員・地域社会の満足を促進することにつながる取り組みや、さらに、従業員の人材育成・業務効率化・顧客満足の向上につながる独自の取り組みの実施について確認された事業所に対して付与されるものです。

 紫認証にいたった施策や取り組みはどのような内容なのでしょうか? そして生産性向上はどのように実現されたのでしょうか? 紫認証取得者の皆さんにお話をうかがいます。19年第2弾の第1号となった「株式会社陣屋 元湯陣屋」(神奈川県)を紹介します。

 「元湯陣屋」は鶴巻温泉(神奈川県秦野市)にある創業 100 年を超える老舗旅館。1 万坪の広大な敷地に18の露天風呂付客室を備え、明治天皇も宿泊された貴賓室は、将棋・囲碁のタイトル戦の舞台としても知られています。経営危機に陥っていた10 年前、自社開発によるクラウド型基幹システム「陣屋コネクト」の導入をはじめとする IT の積極的な活用や、稼働率重視から高付加価値路線へのシフト等により経営再建に成功。現在は、グループ会社を通じた「陣屋コネクト」の普及(300 以上の宿泊施設への導入実績)や、宿泊施設同士のネットワークによる共同事業の展開「宿屋 EXPO」を通じた、日本の宿泊業の活性化も目指しています。

 後編では「週休3日制の導入」などES施策や、業界全体の生産性向上のためのプラットフォーム「宿屋EXPO」などについて、引き続き元湯陣屋 代表取締役女将の宮﨑知子さんに話を聞きます。

2019年度「おもてなし規格認証 紫認証」を取得した「株式会社陣屋 元湯陣屋」。経営危機に陥っていた10年前、自社開発によるクラウド型基幹システム「陣屋コネクト」の導入をはじめとするITの積極的な活用や、稼働率重視から高付加価値路線へのシフト等により経営再建に成功した

なぜ週休3日制、副業OKなのか?

── 週休3日制の導入が大きな話題を呼びました。

2014年の2月から週休2日を取り入れ、16年から週休3日制にしました。ただ最初は疲れたから休みたかったというのが正直なところです。経営だけでなく社内が全体的に疲れてきたんです。

事業を承継当初は倒産させないという目標に向け、がむしゃらに合理化をして生産性を上げて売上げを上げて、3年間で黒字にできました。しかし従業員満足度という側面からは難しい部分もありました。実は離職率が下がらなかったんです。30%常にあるような状態でした。「同業者も30%だからしょうがないよね」という言い訳は自分たちのなかで受け入れられませんでした。

途中で人が辞めてまた新しい人に一から教え直しというのを続けるとなると、教える立場の従業員も疲弊してしまい心が折れてしまいます。そんなシーンを見ていて、このままじゃまずいなと感じていました。今までのやり方をあと10年20年続けられるわけはない。そこで「倒産させない」から「継続させる」にギアチェンジすることにしました。

スタート当時は利益がマイナス6000万円だったんです。それが3年で2〜3000万円の黒字になりました。売上げじゃなくて利益を1億円も押し上げた、ものすごい努力を従業員の皆さんがやってくださったわけです。しかし実態としては黒字になってちょっと利益が出たに過ぎません。最初のうちは黒字になったら、成長率何%で昇給しますという公約もしていましたが、十分に還元するには経営的に脆弱でした。これだけのことをやってくださった従業員の皆さんに何か報いることはないのか? そう考えたときに、まずはお休みだと思ったんです。

── せっかく上り調子だったのにお休みを大幅に増やす、そこのバランスはどう考えられたんですか?

本当に疲れたので、赤字に転落しなければいいやという気持ちでした。もし失敗したらまた働けばいいかなと。

── すべてを合理的に進めていたわけではなかったのですね。

これまでずっと、考えてこねくり回してスタートするということはあまりありませんでした。直感を信じてやってきたところはあります。ただ、博打ではいけないので勝算的に考えると6割くらい、半分よりちょっと上という位でスタートしてきました。小さく始めると修正もしやすいし、まずいなと思ったら修正して進んでいけばいい。全て準備を整えて機会を伺ってスタートとなると、上手くいかなかったときにおそらくその方法を打ち捨てる判断に時間がかかってしまいそうな気がするんです。どうにもこうにも方向性が違うと思ったらやめてしまえばいい。それは勉強料だと思ってあきらめもつきます。

── 今は副業もOKです。

定休日にプラス有給を消化していただくと、だいたい120日弱くらいお休みがあります。そうすると3日に1回お休みです。働きたいと思う人がいるだろうなと思って副業は自由にしていただいています。

副業の時間は自己研鑽に使っていただきたいと思っています。様々なサービスをお客様に提供するときに、旅館業は何をやっても糧になる。人と会ってくるのもいいし、他の旅館さんやホテルさんのサービスも体験してもらいたいですし、世の中の美味しいものもぜひ召し上がってきていただきたい。せっかくこういう業界にいるので旅が好きであってほしいとも思います。そう考えたときにただお金を払って勉強するだけじゃなくて、賃金をいただきながら学習するという環境もあり得るわけです。副業NGだと人の成長も止めてしまう可能性もあるので、だったら最初からOKと謳ったほうがいいという判断です。

── 休みが増えたこと、副業OKによって従業員のみなさんの見識やフィードバックは増えましたか?

色々なところに出かけて行く従業員がすごく増えました。ディズニーランドが大好きでシーズンごとに訪れているメンバーもいます。あそこはホスピタリティマインドの塊ですから、良い言葉をかけてもらって頑張ろうと思う人もいるでしょう。最近激戦区になっている都内のホテルさんのビュッフェを見て感化されたりということもあります。他の旅館さんの庭の造りが良かったとか、生花が良かったと感想を伝えるメンバーもいます。アウトプットだけだと引き出しの中身がだんだん手薄になってしまいます。

「株式会社陣屋 元湯陣屋」代表取締役女将の宮﨑知子さん

若手もベテランもマルチタスク

── 先程コーヒーを出していただいた女性は外回りもされているそうですね。マルチタスクの範囲がすごいですね。

彼女はフロントや予約を主軸としていますが、閑散期には、市内近隣地区の工業団地の忘年会や新年会のために、新しいチラシを持ってご挨拶に伺う業務もやっています。自分のシフトや予約状況を見ながら、この日とこの日は4〜5時間席を外せそうなので「ちょっと工業団地に行ってきます」という流れです。先方の幹事さんがお目にかかってくださったり、新しい幹事さんをご紹介くださったり、お昼休みにおいでと呼んでくださったり。

── マルチタスクへの移行は結構難しいという話をよく聞きます。どうやって乗り越えたのですか?

最初はしょっちゅう人事異動をしていました。コアになっていた方やベテランを動かすのはすごく大変でした。例えば今まで個室を担当していたにも関わらずレストランの業務をお願いすると悲喜こもごも、自分は個室のグループからはじき出されちゃったんじゃないかとか、いらないと思われたんじゃないかと傷つく方もいらっしゃいます。いやいやこちらもやっていただけそうだなと思ったからお願いしているんです、というのを一対一でお話させていただきました。一方、新入社員には最初から「マルチタスクで行きます」と宣言しているので、ありとあらゆるところを1年間かけて回ってもらいました。

── それがやがて企業文化になったということですね。

後輩の子たちがあっち行ったりこっち行ったりしていると、「私もやらなきゃ」という風に言ってくださるようになりました。

ありがたいことに従業員の皆さんは歳がどうだからということを言わないで動いてくれる。20代から50代の方までいらっしゃるんですけど、先輩だからというのもないですし、逆に若手のことも尊重もしてくれます。若手のメンバーも結構恐れ知らずにガンガン言ってきますし、目上の方もちゃんとそれを聞いて取り入れてくれます。

── 社長が一番オープンにしていかないといけない場面ですね。

入社1〜2年目の子に「「女将さんがここのサービスを○時間やってくれれば、1件予約が取れるんですけど」と言われて、私も「かしこまりました、やります」って(笑)。

陣屋ではフロントと営業での外回りを兼務するなど、社員全員が基本的にマルチタスクで業務を行っている

貴賓室を実験室に! 得られた結果は旅館全体で応用

── 明治天皇をお泊めするために使った部屋を新たなサービスへと発展させていますね。

昔は限られたときにしか使用していない貴賓室で、宿泊はお取りしていなかったんです。会食、あとは将棋と囲碁のタイトル戦のみという状態だったんです。「ホンダはF1を『走る実験室』と呼んでいるんだけれど、うちでも実験室を作ろう!」という主人の発案で、貴賓室を使っていろんなチャレンジをしていくことにしました。

── 貴賓室を実験室にするとはユニークな発想です。

まずはマルチタスクへの移行を貴賓室で実験しました。今まで分業制だったところをマルチタスクにいきなり切り替えるというのは、従業員のマインドがついてこない。そこでまず「貴賓室係を新しく作ってみませんか?」と提案しました。そうすると仕事がイメージしやすいんです。今までは、お客様をお迎えする人、お部屋にお連れする人、夕食を出す人、お布団を敷く人・・・バラバラだったのを貴賓室係一人で全部できるようにすればマルチタスクに近づいていきます。

貴賓室係が時間帯とともにお客様と一緒に業務を動かしていく。今まではお客様が目の前にいたときだけサービスを提供して、はい次行ってという流れ作業的なところがあったのですが、「入り口から出口までお客様と一緒に寄り添っていくサービスをする」という説明をすると、何となくイメージが掴めてくる。貴賓室係が1人、2人と育っていけば、一般の客室サービスレベルも向上します。

贅沢な造りの部屋である「松風」はもともと明治天皇をお泊めするために使った貴賓室。その部屋を新たなサービスやマルチタスクを開発するための実験室としても機能させ、付加価値へとつなげた

── 貴賓室の実験からどのような結果が生まれましたか?

マルチタスクだけではなく、お部屋の価格帯、これまでとは違うお料理・・・貴賓室だからという商品開発を行いました。それは色々な部署ですべて機能するものです。

── お客様や従業員の反応はどうだったのですか?

「こんなに高い価格でいらっしゃるお客様はいるんですか?」と疑問を抱く従業員もいましたが、お客様に受け入れていただけました。叱咤激励もありましたし、サービスが足りないという声もいただきました。「○○温泉の○○屋さんってご存知? あそこだったらこういう事やってくれるのよ」とご教示いただくこともありました。おっしゃってくださったことは全部クリアしようと思って、それを全部PDCAで回していきました。お客様とのやり取りのなかから学習させていただきました。お詫び状もたくさん書きました。ご自宅までお詫びに行ったこともあります。いまでは一番の稼働率の部屋になりました。

宿泊業のプラットフォーム「宿屋EXPO」の出発点

── 共存共栄の「宿屋EXPO」が注目されています。どういう問題意識から始めたのですか。

もともとは「陣屋コネクト」をご利用いただいているユーザーさんを「救う」ためでした。ある宿屋さんから突然、SOSの電話をいただいたんです。「3日後に調理場の6人全員がいなくなります、助けてください」という内容でした。調理場というのは職人さんの世界で、親方がいて弟子がいるというチームが形成されています。親方が宿のオーナーと意見を違えるようになると、調理チームが一斉にいなくなるんです。

── それは大変です。

うちが断ったら本当に途方に暮れるだろうなというのがわかっていたので、「なんとかします」と返答してうちの調理長に相談をしたら、「わかりました、行きます」と言ってくださいました。次の日、そこのお宿さんに向けて二番手・三番手の調理人を出発させたんです。

しかし2人で仕事をするには仕事量が多すぎましたので、陣屋で仕込みを8割方やって宅配で送り、残りの2割を現場で仕上げるという形にしました。何とか先方の職人さんと引き継ぎをして、一週間はやりきりました。でも引き上げてくるわけにはいかなかったんです。先方はご予約がずっと埋まっているような人気店なのに新しい調理長がいらっしゃらないんですから。

うちの調理長にお願いをして、先方のオリジナルな献立を考えてもらうことにしました。他県の他店で神奈川の陣屋のお料理を出すという付加価値もあると考えたので、うちの職人をとどめおくことにしたんです。

調味料や出汁、エビのしんじょのような八寸ものなど、共通で使える具材もたくさんあるので、引き続き大方をうちが仕込んで、宅配を飛ばしてオリジナルを現場で仕上げることでサポートしました。そうしたら、送った食材の空箱に松茸を詰めて返してくださったんです。受け取ったときに「このやり取りはいいな!」と思ったんです。

すごく大変でしたが、調理長も陣屋以外のお宿さんのアドバイスをすることで、それが新たな武器になりました。応援に行ってくれたメンバーも、うちにいる限りだと二番手・三番手という序列は変わりませんが、先方では調理長として扱われます。スタッフさんとコミュニーケーションを取らなければいけませんし、お客様も喜ばせなければならない。今までジャッジメントを仰いでいたのが自分で決断する立場になり、すごくたくましくなって帰ってきました。

うちとしてはまず新たな取引として売上げが上がりました。送った空箱に向こうの地場の生鮮品を詰めて返してくださることで、市場を通して購入するよりも新鮮でリーズナブルに、松茸をはじめ新鮮なお野菜を入手することで、陣屋のお客様にもメリットを還元することもできました。国産の松茸を提供できる。お客様にも喜んでいただける。先方のお宿は予約を遂行できる。6人の職人が2人になり人件費も削減できた。先方の取引先の農家さんも陣屋へ出荷することで取扱高が増えた。良いことづくめでWINが6つも7つも並んでいるんです。「これは良い仕組みだ!」と思って、もっと広げていけばスケールメリットが得られるはずだとひらめいたのです。

同業者の困っている内容は大体似ているんです。調理場の人員だけでなく、色々な困りごとがあるので、それを打開できれば良い仕組みになるはずだという思いから事業化しました。

人材不足や情報不足など宿泊施設が抱える課題をITの力で解決するのが『宿屋EXPO(ヤドヤエクスポ:通称ヤドエク)』。15,000の全旅連加盟施設のスケールメリットとITを活用して「ヒト」「モノ」などのリソースや有益な「情報」を相互に「連携」「交換」「助け合い」できる仕組みだ

── 世の中的にシェアが流行っているという理由ではなく、自分たちの原体験から発想しているのですね。

ビジネス化して、長野県2軒、栃木県1軒、神奈川県内1軒、陣屋を含めた5軒でそういった共用を実施しています。全旅連青年部からも「すごく良い仕組みだね」とおっしゃっていただきました。全旅連青年部の加盟施設さんも登録をしてくださって、テスト運用を始めています。今、商品を登録して売ったり買ったりできるかということをやり始めたところです。いずれこれもナレッジの共有などに使っていただいたり、KPIの公開もやっていきたいと考えています。

── 宿泊業のプラットフォームとして機能しそうですね。

これを使ってみなさんのビジネスが上手くいけばいいなと思っているので、サイト使用料・参画費用については特にいただくつもりはありません。もちろん2社間で成立した売買については当事者同士でやり取りしていただきます。BtoBの範囲ですので一般市場価格を値崩れさせることはありませんし、取引業者さんも安心して参画していただけると考えています。

── 自分たちの宿を毎日運営されている中で、他社の困りごとまで目端を利かせる。感心させられます。

いずれ自分たちにも必要なことになりますので。

旅館業を子どもや学生が憧れる職業にしたい

陣屋のコンセプトのひとつが「旅館を憧れの職業に」。「旅館業は頭も心も使った楽しい職業だと知っていただきたいんです」(宮﨑さん)

──「旅館を憧れの職業に」というコンセプトを掲げています。

私たちが経営に関わって10年経ったので、昨年の夏にクレドを一回見直しました。もう少し細かく、従業員全員参画型で言葉を出してもらい、それを17項目にまとめました。

未来を支える人、つまり子どもや学生さんが「旅館に憧れるか?」という問いかけに答えるのはすごく難しい。旅館業は大別するとホスピタリティ業界と言い換えられます。現在は私たちが子どものときでは考えられなかった職業がたくさん生まれてきていて、選択肢の幅はより一層広がっています。その激戦区の数ある職業の中から、ホスピタリティ業界の中の旅館業を選んでいただけないと、やがては衰退していくという危機感を持っています。結局この業界は人で成り立っているからです。

でも、次の担い手が育つためには、幼少の頃から旅館やホテルを体験していただかないといけません。私の知人がある大学のゲスト講師として登壇したときの話です。学生に「今まで家族旅行で旅館を使ったことある方はいますか?」という質問をしたところ、手を挙げた人は一割にも満たなかったそうです。旅館を体験したことがなければ旅館業について想像もつきませんよね。それではなりたい職業に入ってきません。根本的には「旅行に出かけよう!」という動機付けのコンテンツが必要です。旅館には寝泊まりだけではない使い方がある。それら旅行にまつわるコンテンツを減らさないためにも、まず旅館を経験していただかなければいけません。

── 憧れの職業にするためのキーポイントは何でしょうか。

働く方の環境を整えることが第一だと思います。労働環境や賃金だけでなく、どうやってステップアップするかという会社のキャリア構成も重要です。単体の旅館は大きなチェーン施設さんと違って人事異動が少ないので、刺激が少ないし、出張も少ない。それらを解決するためには、例えば研修制度を設けて他の旅館さんと人材を行ったり来たりさせたりすることも必要になってくるでしょう。

お互いのノウハウは流出しますが、流出は恐れることではなくて自分たちが学びの機会をもらうことになりますし、行った本人のキャリアアップになると捉えるべきです。送り出した施設にも得るものが絶対出てきます。そういった交流はもっとあったら良いなと思います。

他の旅館さんに、「行った先の旅館が気に入って辞めちゃったらどうするんですか?」と訊かれたことがありました。でも、職業選択の自由があるのだから仕方がありません。それは今に始まったわけではないし、旅館だけに起こることでもありません。これだけ転職サイトが流行っている時代、内向きなことを言っていても未来は開けません。「うちだったら、こんな旅館さんと交流があって、いろんな仕組みで学べますよ」とか「サービスのプロを育てるためにこんな階段を用意してますよ」という風に、働き手の方たちに正直にお話したほうが魅力的に映るはずです。同業者同士で協力し合うのは決して悪くないんじゃないかなと思うんです。

──「ケーキ屋さんになりたい」というように、子どもたちに旅館で働きたいと思ってもらわないといけません。

今後の業界の継続を考えると、お子さんたちのなりたい職業ランキングの上位30位までに入ってないと難しいと思うんです。働きたいと思っていただく前に、まずは旅館・ホテルにお越しいただかなければいけないですし、そこが楽しいところであるという思い出も作らなければいけないですし。

全旅連をはじめ旅館の皆さんは旅館の地位向上をずっと目指してきました。いっとき業務がきついとか肉体労働的だとか、イメージ先行で語られてきたように思います。そこを払拭したいという思いを持っていらっしゃる方がたくさんいます。旅館業は頭も心も使った楽しい職業だと知っていただきたいんです。

いい映画や芝居は脇役・助演が大事。旅館もそうありたい

「いい映画やお芝居は、主人公だけでなくそれを支える脇役・助演がすごく心に残る事が多い。私たち旅館も同じです。お客様の記憶に残るサービスをしたい。そしてそこから物語を語っていただけるようになりたい」(宮﨑さん)

──「物語に息吹を」ともおっしゃっていますね。

これは10年前に作った社是です。いきなり横からスライドで入ってきた女将と社長が決めるのではなく、従業員の皆さんからの意見を大事にしようと考えました。そこで全員にインタビューしたのです。陣屋の好きなところ、好きではないところ、強み弱みというのを自由に発言していただきました。「物語に息吹を」は、そこで出てきた答えの中から短くブラッシュアップして思いを込めた言葉なんです。

お客様の記憶に残るサービスをしたい。そしてそこから物語を語っていただけるようになりたいというのが一つのポイントです。お客様はそれぞれの人生を歩んでいらっしゃる、物語を紡いでいらっしゃる主人公です。その方々が陣屋にいらっしゃってくださったときに、ちゃんと脇役として機能できることが重要なんです。「旅行に行きました、旅館に泊まりました」という2行で終わるのではなくて、「○○の旅館に行って、○○さんという客室係の人がこんな話をしながら客室に案内してくれました」という彩りが添えられるような接客サービスで物語を作っていただきたいのです。

いい映画やお芝居は、主人公だけでなくそれを支える脇役・助演がすごく心に残る事が多いと思うんです。私たちも同じです。お客様にもう一回お越しいただく、色々なことをお話していただく、心から楽しんでいただく。これらは簡単にできることではありません。だからこそそこに向かって努力しようという意味合いも「物語に息吹を」には込めています。

── 今は社長兼女将ですが、女将とはどういう存在だと思っていらっしゃいますか?

「プラスアルファ1」でいることが重要だと思っています。もちろんサービスに入った時は業務をこなしますが、どこにでも行ける「プラスアルファ1」の存在だと思っています。

と言いながら、正直、女将さんって何をする人だか私もよく分かってないんですよ(笑)。教育を受けたこともなければ、修行をしたこともありません。私と主人が来たときは先代がいなかったので、これが女将さんの仕事ですというのを教わっていないのです。心の中ではガラパゴスになっているんじゃないかという念にかられる時もあります。

先日、そんな悩みを他のお宿の女将さん方とお話しさせていただいたら、「それでいいんじゃない」と励まされました。若女将の時代がおありの方もいらっしゃったんですけど、「お宿さん独自でいいんじゃない」ということをおっしゃってくださって。ちょっと胸のつかえがとれました。

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★【連載】おもてなし規格認証 2019 最高位「紫認証」取得事業所に聞く

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執筆者: 加藤陽之 - HANJO HANJO 編集長
コンピュータ関連の出版社からキャリアを始め、カルチャー雑誌などの編集長を歴任。これまで数多くの著名人をインタビューしてきた経験を活かし、HANJO HANJOでは中小企業経営者の深く掘り下げた話を引き出し続ける取材の日々。

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