斜めから見る〜今月の一冊 ⑨『自然はそんなにヤワじゃない—誤解だらけの生態系』

悪夢や地獄でなく、限りなく完璧に近いほうに近づきたい私たち

2019年8月9日
参院選が圧倒的勝負でもなかったことから、各陣営が都合のいい解釈で、勝利宣言や、健闘し宣言を続けています。どちらが勝とうが、惨事になっているはずだった。なのに比較的平静な選挙後。何だったのでしょう。今回は選挙後だから読んでおきたい本を何冊かピックアップします。

 参院選が圧倒的勝負でもなかったことから、各陣営が都合のいい解釈で、勝利宣言や、健闘し宣言を続けています。

 そんな情況だからか、選挙期間中に各陣営があれだけ言い切りで断言していた事態は起こらずじまい。つまり「○○党が勝つと悪夢のような事態がまた起こる」あるいは「△△党が勝つと史上かつてなかったような地獄がおとずれる」のことです。つまりどちらが勝とうが、惨事になっているはずだった。なのに比較的平静な選挙後。何だったのでしょう。

 思えば、選挙運動というのは、各候補者とも存外誠実で、自陣の公約では甘すぎる空約束はしない。「皆さん、いっしょにがんばりましょう」という共闘要請でさえあります。一方、敵方が勝った場合に何が起こるかという“予言”ついては遠慮がないのです。敵方が勝てば、自分たちは舞台に立たないわけですから、無責任に断言できます。というわけで、選挙期間の各候補者全員の声を総合してきけば、「敵方が勝ったとき起こる酷い時代」の声ばかりが耳に残ります。

 しかし「どちらに転がっても確実に地獄や悪夢がやってくる」と拡声器ごしの大声を聞かされる若者のあわれなことよ。各党の連帯責任だぞ!憶えといてほしい。

 と書いている自分、どこか詭弁めいています。でもなぜ言うか。そのことを説明したいので、まずご紹介したいのがこの1冊。『自然はそんなにヤワじゃない—誤解だらけの生態系』は、──端的に言うと、“ムード”として支持されている生物多様性の怪しさを科学的に一点一点「間違っている」と指摘している本です。その結論は「誰もが満足する環境はありえない」というものです。逆に言えば、どんな環境でも、温暖化でも増える生物はいる。

 たとえば、いま確固たる生態系全体への見識がないまま、「こうあればいいなぁ」という自然を思い浮かべてみます。たいがいの人にとっては、「(人目に目立って、なおかつ生息数が相対的に少ない)大型動物が絶滅しないような方向で環境を整える」「深い森、澄んだ水、澄んだ空気」「ストップ!温暖化」「人の手の出来るだけ入らない場所を増やそう」「一方、病原菌、害虫は撲滅OK」「ケミカルには反対!」等々等々。然しこれ、実際には必ずしも「多様性」には結びつきません。さらに言うと、現今イメージされている「多様性」が、人類の長期的な安全と安定にプラスなのかすらはっきりしません。そして環境がどう動こうと、生態系そのものは軸を変えつつ、大崩壊には至らない。書名どおり“自然はやわじゃない”のです。

 これを上の話にそわせて言えば、「地獄や悪夢のなかでもむしろ元気な人たちもいる」ということです。一見、心地よさげにみえる「公約実現後の理想社会」も、イメージとは裏腹に、誰かの勢いを削ぐような暴力的な効果をもつものかもしれません。ということを感じさせるのによいのです。

 とはいえ、自然科学の現象をそのまま社会科学のうえに被せて物事を説明するのは、もっともらしく聞こえておきながら、本当に正しいとは限らない。こういうのは疑似科学的アプローチです。

 というわけで、社会学、ジャーナリズムの観点から、同じような現象について解説している本も挙げておきましょう。『暴力団追放を疑え』(宮崎 学/ちくま文庫)。現在、「暴力団」という言葉は、「生物多様性」という言葉が一点の曇りもなく正しく晴れやか爽やかにみえるのとは真逆に、一点の光も正義もなく真っ黒です。いや正確に言うと「真っ黒です」ではなく「真っ黒ということに決めました」です。然し、この「真っ黒」を単純に排除する、徹底的に排除することがすなわち「曇りもなく正しく晴れやかで爽やかな世の中」というゴールに直結するかはわからない。それを丹念に検証・反論している本です。暴力団といえば、実際に被害に遭っている方もたくさんいて、だから「絶滅させればよい」と即答できそうなものですが、そこはそこ、生態系は単純ではないようなのです。

 この時期に、この2冊を挙げているという私は、“一見、寛大で穏やかでやさしそうで理知的にみえて爽やかな政策”が、実はある者にとっては極めて辛いものだったり、ことによると生態系全体にもマイナスに働いたりもしよう、と疑っているという立場で語っています。「○○が勝つと悪夢が再来するぞ」という方々だろうと「△△が勝つと地獄がおとずれるぞ」という方々だろうと、双方が同じ口で語っている“好ましい世の中像”に対して疑ってかかっているのです。「地獄への道は善意で敷き詰められている」ぞ、と格言を吐いて皮肉ってやりたいです。

 さて実は、どちらの側からも、というか日本だけでなく先進諸国の多くから、「上手くいっているとみなされている」国ぐに、「政治的にこうありたい」と思われている国ぐにがあります。遠くではどの立場の人の物言いもひとつに収れんされている。『限りなく完璧に近い人々(The Almost Nearly Perfect People)』という書名にもさせられているコレ、北欧のひとたちです。

 彼らは、いまや世界のお手本です。地味で小さな国々だけど。世界中の“意識の高い人たち”が軒並み、この、おだやかで、環境に気を配り、人権を尊重し、平和的で、そのくせビジネスでも成功していて、センスもよい人々を好ましく思っているようです。欠点と言えば、ジョークが下手なことくらい。

 しかし、上の例にならえば、こういう素敵な連中は、何か別種の生き物たちを圧迫しているはずです──寛容なふりをしながら。然しスキがない。手強い相手なのです。本書は、私と同様、「成熟した社会とそれを構成する万人のめざすべき完璧」が、何かを圧迫し、逆に多様性を、活力を削ぐのではないかと疑ってかかっているひとにおすすめです。エピソードはどれも面白く読みやすいし。読んで、悪夢と地獄を乗り切りましょう。
●今月の一冊+α

『自然はそんなにヤワじゃない—誤解だらけの生態系』
 花里孝幸/新潮選書
『限りなく完璧に近い人々 なぜ北欧の暮らしは世界一幸せなのか?』
 マイケル・ブース/角川書店
『暴力団追放を疑え』
 宮崎学/ちくま文庫

★長沖竜二の連載

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  • 斜めから見る〜今月の一冊 ⑤『大本営参謀の情報戦記』

    今年は戦争、特に太平洋戦争の際の日本軍(の失敗)についての本が、ビジネスとの絡みでよく読まれました。そのなかでも定番とも言えるポジションを得ているのが、今月の一冊『大本営参謀の情報戦記』です。文庫本の帯では田端信太郎さんも絶賛されています。70年前の戦史をいま、どうビジネスに活かせばいいのでしょうか? 長沖竜二さんが斜めから読み解きます。

  • 斜めから見る〜今月の一冊 ④『シリコンバレー式頭がよくなる全技術』

    今月の一冊は、シリコンバレーの経営者で、かつてはすごく不健康に太っていたこれまた典型的なアメリカ人で、それを単純で前向きで疑わない方法で克服した、最強の脳をもってスタイルも改善した経営者によるハウツー本です。今どきのアメリカの経営者スタイルがぷんぷん溢れてて、そうなりたい人には、おすすめしたくなる内容です。この一冊を長沖さんが「斜め」から分析します。

執筆者: 長沖竜二 - スモールビジネス調査員
『現代用語の基礎知識』編集長、『小さな組織の未来学』編集長などを経て、現在、公共施設業界のコンベンション運営、中小事業者やまちづくりについてのメディア取材・編集などを行っている

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