「王者」に挑む後発参入の高速バス。業界をどう変える?

「高速バス王国」九州で始まった新しい戦いの行方

2019年8月7日
貸切バス専業からスタートしたバス事業者が、短・中距離の高速バス路線に参入する事例が続いています。「新運賃・料金制度」によるチャーター代上昇が好業績を呼び込み、団体ツアーの減少による市場縮小が予想される現在、体力に余裕があるうちに新規事業に挑戦する会社が増えているのです。

ユタカ交通の長崎・佐世保~福岡線

 もともと貸切バス専業からスタートしたバス事業者が、短・中距離の高速バス路線に参入する事例が、この7月に3件続いた。四国中央市・観音寺~高松空港(西讃観光バス)、南相馬~東京(東北アクセス)、そして佐世保~福岡と長崎~福岡(ユタカ交通)である。
 貸切バス事業者は、事故防止を目的に2014年に導入された「新運賃・料金制度」により単価(チャーター代)が上昇しており、足元では好業績が続いている。一方で、国内客も訪日客も、旅行形態が団体ツアーから個人自由旅行へシフトが進み、市場が縮小することは確実だ。そこで、体力に余裕があるうちに新規事業に挑戦する会社が増えているのだ。
 高速バスへの後発参入事例は、これまで長距離の夜行路線が中心だった。だが、毎日約15,000便運行される高速バスのうち、夜行便は約1割に過ぎず、かつ、長距離夜行路線より短・中距離の昼行路線の方が収益性は大きい。高速バスと言えば世間では夜行便のイメージが強いようだが、実際には昼行便こそ「高速バス市場の本丸」である。これから、その「本丸」でどんな競争が始まるのか? ユタカ交通の佐世保~福岡、長崎~福岡を例に考えてみたい。
 ユタカ交通は、大阪府池田市を拠点とする中堅の貸切バス事業者で、2013年、首都圏~京阪神を手始めに高速バス事業に参入した。大都市どうしを結ぶ区間の高速バスは、半世紀の歴史を持つ一方で需要の開拓は遅れ、2005年頃から総合予約サイト(「楽天トラベル」など)や比較サイト(「バス比較なび」など)主導により急成長した。そのため「ウェブ上で比較しながら予約する」スタイルが定着している。後発事業者であっても、運賃(価格)を最低水準に揃えればそれらのサイトから一定の予約が入ってくるので、参入自体は容易と言える。ただ、常に競争にさらされる「レッド・オーシャン」で、大きな成功を収めるには、豪華車両や会員プログラムでリピーターを囲い込むなど戦略的に取り組む必要がある。
 東京~大阪に続き大阪~佐世保などを運行開始し長崎県に運行拠点を確保したユタカ交通だが、このたび新たに挑戦する長崎~福岡、佐世保~福岡は、これまで運行してきた長距離夜行路線とは様相が異なる。前者を運行する九州急行バスには長崎県交通局が出資し、後者は佐世保を拠点に地域の路線バス事業を行う西肥バスが運行(福岡の西日本鉄道と共同運行)する。地方の路線バス事業者(既存事業者)は「地元の名士企業」ゆえ、彼らが運行する高速バス路線は地元での認知度が大きい。両路線とも半世紀の歴史を持ち、20~30分間隔で頻発するなど「地元の人の都市(福岡)への足」として定着している、典型的な短・中距離の高頻度昼行路線だ。

ユタカ交通は長崎駅前に専用待合室も用意した

 これらの路線への後発参入の事例は少ない。成功事例はほとんどないと言っていい。その理由として、地元のリピーターが習慣的に既存路線を利用している点が挙げられる。以前で言えば「予約センターの電話番号を記憶」、最近なら「既存事業者の公式サイトをブックマーク」しており、後発事業者の存在をリピーターが知る機会がない。次に、30分間隔といった高頻度運行こそ商品力のキモである点。体力の小さい後発事業者がわずかな便数で参入しても利便性で歯が立たないのだ。
 ユタカ交通は、両路線とも最初から毎日8往復(おおむね1時間間隔)と一定の競争力を持つ便数を投入してきた。同社は「主に価格で先行路線との差異化を図り、切磋琢磨しながら両区間の交流人口拡大に寄与したい」としている。
 筆者の見立てでは、同社の課題は大きく2つ。まず、同社が導入している座席管理システム「インフィニ」は長距離夜行路線向けで、このような昼行路線に向いていない。リピーター向けのクイックな予約(回数券を含む)、柔軟な便変更など高頻度路線に特有の「手軽な乗車」ニーズに、システムやオペレーションを工夫して応えないといけない。次に、習慣的に既存事業者を選んでいるリピーターに存在を認知させるためには、ウェブ上の情報掲載では不十分で、地元メディアを活用した積極的な情報発信が求められる。
 一方、迎え撃つ既存事業者には、どんな戦い方が考えられるか? 九州の既存事業者らは、1980年代から稠密な路線網を構築し、「高速バス王国」と言われてきた。高速道路は、福岡を中心にして直線的に九州各地を結んでいる。鉄道は古くに整備されたため曲線が多く速度が出ず、高速バスの方が鉄道より速い(ないしは互角の)所要時間で勝負する区間も多い。対抗する鉄道は、民営化によりJR九州が発足すると、特急電車の長い編成を短く分割し、20分間隔など高頻度運行を始めた。高速バスもそれに対応して最大限の高頻度運行を行い、かなり割安な回数券も設定されている。
 ただ、その競争に注力した結果、逆に遅れている点も多いと筆者はみている。例えばパーク&ライド(P&R)。地方部はクルマ社会で自宅から最寄りの高速バス停留所まで自家用車で向かう人が多い。全国で見ると、山形県鶴岡の庄内観光物産館(290台)、長野県の松本インター前(200台)、徳島とくとくターミナル(公営駐車場230台。周囲に民間駐車場多数)、高松中央インター(250台)など成功しているP&R駐車場は、郊外のバイパス道路沿いで、かつ高速道路のインターチェンジに隣接している。地元の人は、渋滞に合うことなくアクセスでき、バスに乗車後はすぐに高速道路に入るので、自宅から大都市へのトータルの所要時間はぐっと短くなる。
 だが、佐世保~福岡では、市街地に立地する佐世保バスセンターにP&Rが設定されている程度だ。渋滞に合いながら街中へクルマで向かい、バスに乗車後ももう一度渋滞に合うのではP&Rの効果を毀損してしまう。九州では「一家に一台」時代に高速バスが成長したため、「一人に一台」時代に対応しきれていないのだ。

ユタカ交通が乗り入れる博多のバスターミナル

 高頻度運行を行う便数の多さも、逆に弱点となりうる。九州内の各路線は、鉄道に対抗し便数を増やしたため、同規模の本州内の高速バスに比べ1便あたりの輸送人員が少ない。つまり収益性で見劣りする。高速バス路線は、正しく収益を得てそれを新型車両や旅客サービス向上に投資し続けるサイクルが崩れると、衰退に向かってしまう。収益性を上げる試みが必要だ。
 需要は曜日や時間帯によって増減する。土曜の朝など満席便が続く時間帯には、柔軟に続行便(2号車以降の増車)を設定しなければ「満席お断り」が発生し、乗客が後発参入側に流れてしまう。だが、乗務員不足の現状では、簡単なことではない。日によって大胆に便数を変動させ、需要が大きい曜日や時間帯にリソースを集中させる工夫が必要だ。スマホでいつでも発車時刻を確認し、予約をする時代には、パターンダイヤ(「毎時●分発」)の覚えやすさより「必要な時に便があり、席が残っている」ことの方が優先されるべきだろう。曜日や時間帯によって運賃を変動させ、収益性を向上させることも必要だろう。
 高頻度運行の強みを活かすためには、柔軟な便変更が重要だ。東海道新幹線のウェブ予約サービスが「発車時刻前なら何度でも無手数料で変更可能」という点で人気を得ているように、リピーターは、予約に縛られない柔軟な利用を求めている。「少し遅めの便に予約しておき、用件が早く終われば前の便に変更して帰宅」というようなニーズに対応するためにも、途中停留所からの乗客でも、発車時刻直前までウェブ上(スマホ)で乗車便を変更できれば、利便性はぐっと高まる(現状では「当該便の始発停留所発車時刻の30分前」までしかウェブ上で変更できず、特に途中の停留所から乗車する場合に使い勝手が悪い)。
 九州急行バスを含む九州の既存事業者が共通して導入している座席管理システム「SRS」(公式予約サイトの名称は「ハイウェイバスドットコム」)は、このような高頻度昼行路線用の機能が他システムを圧倒して秀逸。これを上手に使いこなせば、顧客満足度は相当に向上するはずだ。
 繰り返すが、高頻度運行の短・中距離昼行路線で本格的な競争が行われている事例は少ない。攻め込む側の後発参入者は、夜行路線では低運賃を武器に成長したが、同じ手法は通用しない。新旧・大小を問わず各事業者をウェブ上で比較するスタイルが定着している長距離夜行路線と異なり、そもそも存在を知ってもらう方法を見つける方が先だ。一方で守る側の既存事業者も、競争の経験がないだけに、自分たちの強みや弱みを正しく把握していない。
 考えられ得る最悪のシナリオは、安売りの成功体験を持つ後発参入者と、安売りしか対抗策を思いつかない既存事業者が、泥沼の価格競争を繰り返すことだ。逆に、需要に合わせた運賃変動や柔軟で手軽な予約など、収益性と乗客ニーズを上手に両立させることができれば、「高速バス市場の本丸」短・中距離昼行路線のお手本ができあがるはずである。「高速バス王国」九州で始まった新しい戦いの行方を今後も注視していきたい。

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執筆者: 成定竜一 - 高速バスマーケティング研究所株式会社代表
高級都市ホテルチェーンを退社後、06年に楽天バスサービス株式会社に入社。楽天トラベル「高速バス予約」サービスの事業責任者を経て、同社取締役に就任する。11年に退職すると、高速バスマーケティング研究所を設立。国土交通省「バス事業のあり方検討会」委員(10年度)、「国内観光の振興・国際観光の拡大に向けた高速バス・LCC等の利用促進協議会」(15年度~)などを歴任する。

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