株式会社シンカができるまで Vol.3 ~ベンチャーはこうして世に羽ばたく~

山あり谷あり。初めてのエクイティファイナンス

2019年7月16日
株式会社シンカ・江尻高宏さんのコラム、シリーズとして会社創業時から現在にいたる汗と涙の道のりを振り返ります。何が成功を導いてくれたのか? 何が足りなかったのか? どんな出会いがあったのか? どんな発想で切り抜けたのか?・・・ベンチャー企業創業者だからこそ語ることのできるリアルストーリーです。第3回は、起業家が必ず通る道「資金調達」の艱難辛苦(!?)です。
 こんにちは。クラウドCTI「おもてなし電話」の江尻です。

 今回は起業して初めてのエクイティファイナンス、いわゆる第三者割当増資を行った話をしたいと思います。

  シンカはこれまで5回のエクイティファイナンスを行っていますが、初めての時は正直大変でした。何よりも勉強不足で、準備不足。結果的には投資をしてもらえ、ファイナンスが成立して良かったのですが、周りの人の助けがなければ成しえなかったものだと思っています。多くのハードルが出て、一つずつ乗り越えていけたのも助けがあったからに違いありません。

 その時、なぜエクイティファイナンスに踏み切ったのか、何を考え、何を決断したのか。それらの経験をすべてお伝えしたいと思います。情けない部分もありますが、恥ずかしがらず、せっかくの機会ですので自分の備忘録も兼ねてお伝えしたいと思います。

 エクイティファイナンス(以下、エクイティ)をやろうと思ったのは、起業して丸1年経った2015年1月。それまでは銀行から融資をしてもらっていましたが、融資額が百万円程度だとすぐに使い切ってしまう。このままではビジネスが拡大しない、今までのやり方を変えないといけないと思い、その一つとしてお金集めを融資から投資に切り替えようと決断しました。

 エクイティに切り替えると決めてすぐに行動に移そうと、即日、投資家募りを始めました。実は、「起業したら投資するよ」といっていただいていた経営者さんが何名かいたため、この方々にお願いしようと思ったのです。すぐに声をかけて投資の依頼をしました。我ながらこのスピードと行動力は良かったのではないかと思っています。しかし、これが裏目に出ることになるのです。

 なんと、本当に情けないことに、この時、私は「バリエーション」や「資本政策」のことがわかっていませんでした。事業計画だけ持ってひとまず投資のお願いにうかがったのです。「こういうビジネスを考えています。こんな売り上げ計画です。ぜひシンカに投資していただけませんか?」というだけのお願いです。「将来はこういうビジネスも考えており、これくらいの売上げと利益を稼ぎだすつもりだ」「これくらい儲けて、これくらいの時期にIPOするつもりだ」「だから、企業価値としてこれくらいの時価総額だ」という内容が一切なし。もう、ある意味“道場破り”みたいなものですね。自分の都合だのみです。銀行融資と同じような感覚だったのがそもそも間違いでした。

 初めにお声がけした経営者さんがとても良い方で、親切丁寧にバリエーションや資本政策を教えてくださいました。それだけでなく相談にも乗ってもらえ、何とかエクイティらしい活動を開始することができました。バリエーションは顧問税理士さんに相談し、納得のいけるロジックで算出いただきました。おかげさまで、事業計画書も将来の利益と企業成長を考えたものに変わり、資本政策も完成しました。めちゃくちゃなスタートだったと思いましたが、周りの方のおかげにより短期間でそれらしくなったことを、いまでもとても感謝しています。

 続いてのハードルは、事業会社との交渉です。個人投資家の方だけでなく、事業会社さんにも声がけをしようと考えていました。その事業会社さんとの交渉で、悩ましかったのはタイミングとスピード。

 オーナー会社で、経営者一人の意思決定でスピーディに進む会社であればそれほど問題はありません。実際、そういう会社の投資決定はとても早かったです。複数の経営者がいたとしても、投資先に責任を持つ経営者がいれば、意思決定が早いケースもあります。しかし、経営者とは別に投資担当がいたり、投資の意思決定プロセスがかっちり決まっていたりすると話は別です。こちらの思う通りには全く進みません。

 面談も「今からお願いします!」なんて通るはずもなく、1週間後、2週間後は当たり前。面談1回で決まるはずもなく、何度も何度も面談がある。そりゃそうですよね。こちらの投資してほしいタイミングもありますが、先方の投資するタイミングもあります。それが一致していればスムーズでしょうが、そうタイミングよくいくものでもありません。個人投資家であれば自分の意思決定のみで進められるかもしれませんが、事業会社となると別です。投資委員会が社内で開かれるなど、意思決定自体もタイミングが決まっています。これには参りました。最大の誤算はここだったと思います。

 事業会社の投資決定から実行までに時間がかかるーーこれを理解できていなかったことが私の大きなミスだったと思います。2015年1月から動いたエクイティですが、当初想定していたのは3月の投資実行、いわゆる入金です。3月にキャッシュアウトするかもしれないという状況だったので、3月までに実行させたいと考えていました。ファイナンス活動開始から実行まで2カ月です。もうこの時点で計画がほぼ破綻していますよね(苦笑)。

 当時はエクイティのおおよそのスケジュールを知らなかったため、投資のお願いを1月に行い、2月には振り込んでもらえるだろうというかなり楽観的な考えをしていました。「経営者は細かいことにくよくよせず、楽観的な考えを持ったほうがいい」といいますが、それでもこれはひどいですね。この楽観が大きな間違いでした。事業会社との交渉は、2月の実行など絶望的です。3月に何とか間に合うような投資が可能かもしれないというスケジュールでした。つまり、投資確定がなかなか決まらないのです。

 この“決まらない時期”が続くというのがとてもまずい。会社の規模が小さいときは売上げのほとんどを作っているのが経営者ということは少なくありません。シンカもまさにそうで、当時の売上げを作っているのはほぼ私でした。その私が営業活動ではなく、投資活動に時間が取られるのです。投資の時間を取れば取るほど売り上げが下がってくる。営業時間を減らさず、別の時間を減らして投資活動を行えばいいじゃないかと思うかもしれませんが、規模が小さいときの経営者はすでに寝る間も惜しんで働いているので、ほとんど削れる時間がないのです(笑)。

 売上げが下がってくるとキャッシュアウトの現実が迫ってくる。精神衛生上とてもよくない。日ごとにお金のことばかり気になりはじめ、いろんなことが集中できなくなる。夜も眠れなくなる。売上げを上げるために営業活動をしなければならないのだけれど、そんな目先の売上げを取りに行っても仕方がないから投資活動をしないといけない。投資活動をすると売上げを上げるための営業活動ができず、今日明日の売上げを確保できない。もう何をやったらいいのかわからず、「とにかく焦る」という状況になりました。

 この状況は本当によくない。思考停止に近い状況です。焦ってもいいことなどなく、営業や投資活動も質が悪くなってくる。むしろ、何でもいいからこの状況を終わらせたいという気持ちになってしまう。そんな時に正しい判断などできるはずもない。交渉ごとになると必ず負けてしまいます。こちらに不利だとしても締結できるなら進めようという考えになります。

 ある事業会社との投資交渉はこのようなまずい状況になりつつありました。その会社はある程度の投資額を提示してくれ、こちらとしてはぜひともお願いしたい金額でした。すぐにでも投資契約を結びたかったのですが、様々な理由で先延ばしをされる。2月から交渉を開始し、3月には実行してほしいと伝えていたのですが、次から次へと打ち合わせをセッティングされ、投資の決定を先延ばしにされる。3月は難しいといわれ、投資交渉が4月までもつれ込みました。日ごとに焦る気持ちも増大する。4月に入ると、この会社に投資してもらわないとシンカは倒産してしまうとさえ考えるようになっていました。どんな条件でもいいから投資をしてほしいという考えになっていたのです。

 こんな時は全く正常な判断ができていません。言葉通り、藁にもすがる気持ちで投資交渉に臨んでいました。こうなったらほとんど交渉ではありません。先方が出す条件をイエスと答えるのみ。条件がどんどん変わってきているにもかかわらず、言葉少なげに「・・・ハイ」と答えるような状況になりました。完全に正しい判断ができなくなっていました。

 この会社の出す条件をすべてのみ、この状況から脱出してしまおうと決めた時、当初から投資決定をしていただいていた経営者の方々に相談しました。相談というより、「こういうふうに進めようと思っています」という報告が当時の心境としては近いかもしれません。その時に指摘された言葉が、「君は何のために起業したのだ?」でした。ハッとしました。

 今この条件をのんでしまうと、事業としては継続できるかもしれないけれども、自分のやりたい経営ではないし、自分の目指している会社ではない。今この会社から投資を受けると、自分自身の想いが死んでしまう。

「君は何のために起業したのだ?」――この言葉で私は我に返り、いろいろと考えました。そして決断したのです。事業会社には大変申し訳ないですが、今回はご縁がなかったということをお伝えしたのです。

 その瞬間、不思議なことにすっきりとした気持ちになりました。新しい朝が来たような、そんな爽快な気分です。この数週間、本当に悩んでいたことを自覚しました。自分のやりたいこととは全く違うが決断をしなければならないのか? いったい何をやろうとしているのか? など根本的なところで悩んでいたのだと思います。その混沌とした思いからの解放、こんなすがすがしいことはなかったのです。

 しかし、というのもつかの間でした! この交渉をお断りしたのが4月の中旬。すでに、キャッシュアウトが見えていて、会社のジ・エンドまでのカウントダウンが始まっていました。これはまずいということですぐに動きました。

 動いたことは2つ。まず、支払いを待ってもらえそうなところに頭を下げ、何とか先延ばしにしてもらい、キャッシュアウトを延命させること。もうひとつは、今の時点で投資をしてもいいという経営者と事業会社さんに最短で実行をお願いすること。

 まず、支払は何社かが快諾してくれ、4月末の支払いを5月まで待ってくれました。また投資してもいいといってもらっていた方々がすぐに手続きに入ってくれ、2週間後に入金をしてもらえるというミラクルが起こりました。事業会社も含め、この短期間での実行にこぎつけたのは皆さんのご協力のおかげでした。

 何とかシンカは倒産危機を脱出できました。心底安堵しました。久しぶりにゆっくり寝ることができました。この最悪な危機を助けてくれた方々のためにも、事業を必ず大成功し、大きく恩を返したいと心に誓いました。

 私が初めてのエクイティファイナンスから大きく学んだことは2つ。ひとつは、お金のことをはじめ、精神衛生上よくない状態に陥ると、正しい判断が全くできなくなるということ。もうひとつは、窮地に陥ったときに必ず助けてくれる人がいて、全力で真剣に進めば必ず新しい道が開くということです。

 振り返ってみて、反省すべきは下記の3つでした。

 1.事前準備不足(勉強不足)
 2.ファイナンス計画不足
 3.動くタイミングが遅い(キャッシュアウトの6カ月前には動く)

 ベンチャーは勢いだ! と語られがちですが、会社の将来を左右することはしっかりとした事前準備と知識が必要です。私の体験がこれから起業を目指す皆さんにとって、少しでもお役に立てられたら幸いです。

 今回も最後までコラムをご覧いただき、誠にありがとうございました。

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執筆者: 江尻高宏 - 株式会社シンカ代表取締役社長
関西大学大学院工学研究科修了後、株式会社日本総合研究所に入社。金融系の情報システム開発に従事し、広範囲の開発プロジェクトに参画、チームリーダやプロジェクトマネジャーを経験。その後、株式会社船井総合研究所に入社。営業、マーケティング、商品戦略を中心に、中小IT企業向けのコンサルティングに注力。特にクラウドビジネス分野に強く年間約20本の講演を担当。2014年1月に株式会社シンカを設立。「おもてなし電話」をはじめ、クラウドサービスを中心にITを世界に広めることに注力している。

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