~社内コミュニケーションの秘訣~不良を優等社員に変えた教育

2016年10月17日
時代を生き抜く強い中小企業とは何でしょう? すばらしい商品やサービスはもちろんですが、そこにいたる会社のなかでの社員どうしのコミュニケーションが、本当はいちばん大切なのかもしれません。仲間と笑い合える中小企業が、今元気です。「小さい」「予算がない」「時間が足りない」といった悪条件を、彼らはどんな発想で乗り越えていったのか? 明るく楽しい会社やリーダーの活動から、解き明かしていきます。第三回は、F1カーのエンジンパーツなどの表面処理を手掛ける「深中メッキ」の深田稔社長です。かつて社員を3度ヘッドハンティングされるほどの優れた社員教育のノウハウを解き明かします。
◆第三回 深田稔さん(52歳)◆
88年に獨協大学 経済学部 経済学科卒。同年4月に明治製菓株式会社に入社する。90年に退職すると、深中メッキ工業株式会社に入社。

深中メッキ 深田稔社長

■あいさつを納得させる、そこから始まる人間関係

――中小の町工場ではなかなか時間が取れずに、社員教育が進んでいない企業もあるようです。その中でも、深中メッキさんでは特に社員教育に力を入れていますね。

深田 私は零細企業ほど社員教育を重視すべきだと考えています。大きな理由は2つあり、ひとつは社員の離職率が高いことです。私は90年代後半に先代から事業を引き継ぎましたが、当時はまだバブルの名残があったので、求人については売り手市場でした。製造業は3Kの最たるものなので、入社した新入社員がすぐに辞めてしまうことも、当時はそう珍しくありませんでした。

 もし辞めた社員がほかの会社に採用されたとして、その態度が悪かったら、「深中メッキはどんな社員教育をしているんだ」といわれるでしょう。こういう話は、すぐに業界に広がります。メッキの技術うんぬんよりも、まず人として育てることが大事だというのが、私の持論です。

 また、もうひとつの理由としては、小さい会社では社員の間の距離が近いことがあります。大企業であればほかの社員と仲が悪くなっても、異動や転勤で離れられます。ですが、社員が9名しかいない深中メッキでは、ここに勤めている限り、社員どうしの関係は続いていくわけです。

――社員の仲の悪さを放置すると、離職率が高まる原因にもなりますね。社員教育の第一歩として、深田さんはまず何に取り組まれたのでしょうか?

深田 やはりいちばん最初はあいさつからでしたが、日常化させるには苦労しました。当時の深中メッキには元は不良だった社員が多かったのですが、彼らは“人の言うことを聞かない”という習慣が染みついています。「なぜ、あいさつをしなければいけないのか」と言うわけですが、そのときは私も“重要だから”という程度の認識しか持っていませんでした。

 あいさつはなぜ重要なのか? 本やネットで調べてみましたが、なかなか明確な答えはありません。ただ、あいさつの効果とは何かと考えると、された相手が良い気持ちになるわけです。一方で、いちばんされて嫌なことは何かと調べると、これは心理学の本に「無視」であると書かれていました。

 つまり、あいさつとは相手の存在を確認し認める行為で、それがうれしさにつながっているわけです。「だから、あいさつをしようじゃないか」と、社員に話をしたところ、そこでようやく全員があいさつという行為を納得できました。後は自然と社内で、あいさつが広まっていきましたね。続いて電話の受け答えなどを、ひとつひとつ教えていきました。

――あいさつや電話の受け答えというのは、社外に向けたコミュニケーションでもあります。一方で、会社への帰属意識を高め、離職率を下げるには、社内でのコミュニケーションも活性化させる必要がありそうです。

深田 あいさつは社内でのコミュニケーションでも有効です。お互いの存在を意識することにつながるわけですから、相手から見える自分のことを考えるきっかけになります。もし、仲が悪くなりそうなことがあっても、一歩引いて相手との今後の関係性を考えられる。これは、自分本位な考え方をやめて、会社全体のことを考えることにもなります。

■1から10までを教えない人材育成

――会社では同僚間だけでなく、上司と部下の関係性も重要です。社員とコミュニケーションを取る上で、深田さんが何か気をつけていることはありますか?

深田 教育という部分では、1から10までを教えないことを意識していますね。仕事において何かを覚えるという行為の多くは苦痛です。だから、言われたことをこなしていても、それは頭に入ってこないし、自ら勉強しようとは思いません。ですが、仕事を任せることで責任が生まれますから、自ら率先して質問をしますし、作業を覚える速度も向上します。

――マニュアルを組んで、1から10までを教える大企業とは真逆のやり方ですね。もし、何かトラブルが起きたときには、企業側の負担も大きそうです。

深田 もちろん危険な作業や、製品に不良が出そうなときには、見守っていた先輩社員が声をかけます。ただ、失敗を経験することは人を大きく育てますから、長期的な目線で利益を考えれば有効です。

 大企業の求人ではいかに優秀で手がかからない人材を採用するかが基準でしょう。ですが、町工場では我々に興味を持った人を、いかに育てるかから始まります。そうなると、ひとりひとりの個性が強いので、マニュアルでは社員が持っているポテンシャルを、うまく引き出せません。そして、それは単に仕事上だけの話でもないわけです。

 あるとき、社員のひとりが結婚式を挙げるときに、親族代表のあいさつも担当することになりました。その下書きは私が書いて、どう話せばいいかも教えたのですが、当日の彼のスピーチを聞いて、彼の両親が涙を流して喜びました。「あの手に負えなかった子が、こんな立派なあいさつをできるようになるなんて」と。その経験が今の彼の自信につながっています。

 本当のリーダーシップとは、社員の力を引き出すことです。何も考えずに頑張れ、仲良くしろと押しつけることではありません。ときどき「うちの社員は馬鹿ばかりだ」などという社長がいますが、それは自分に人材育成の能力がないのだと公言しているようなものでしょう。

かつては明治製菓で営業を担当していたという深田社長。会社を継いだ時に、社員教育の差を痛感したことが、今の会社経営に繋がった

■社内コミュニケーションのための話題を提供する

――社員教育を離れたところでは、ふだん深田さんは社員とどのようなコミュニケーションを取っているのでしょうか?

深田 社内での話題を提供するということですね。朝礼では時事的な話をよくしています。「某企業のフリースの値段が下がっているけど、デフレとして考えると喜んでばかりはいられないぞ」とか。社員が自分で調べてはいないけれど、気になるような話題がいいですね。

――朝礼というと今日の安全確認やスケジュールの話をしているイメージがありますが、それよりもコミュニケーションを大切にしているんですね。

深田 朝礼で仕事の話をしてもおもしろくありません。安全確認などは常日ごろから取り組んでいれば、「今日も安全に注意しろ」とその一言で十分です。社内でのコミュニケーションを活性化させるには、まず共通の話題を提供することが重要です。仲がこじれているような様子が見えたら、「この間、お前に教えてもらったラーメン屋がおいしかったって話していたぞ」なんて、声をかけることもありますね。

 ただ、今の若者にはメールやLINEなどの文字文化が浸透していますから、言葉以外でのコミュニケーションの機会をつくることも大事です。社員には何かあったら、いわゆる目安箱のような形で私に伝えられる仕組みを用意しています。

精密部品や電子部品、医療機器部品などさまざまな部品のメッキを担当。会社前には日に何度も入出荷のトラックが横付けしていく

――最近の若者はコミュニケーション下手で、話すことが苦手だと言われています。言葉には出せなくても、文書であれば伝えられることも多そうです。

深田 この仕組みは元々、深中メッキの離職率が高かったころに、その理由を聞いたことから始まりました。答えを聞いてみると、どれも些細な理由なんですよね。なぜ、それで会社を辞めようと考えたのか、自分に相談してくれなかったのかと思うのですが、今の人はそれが言えません。

 「先輩に煙草を1本盗まれた」という文句を聞くことがありました。でも、先輩にそれを話すのは怖いから我慢する。それらが積もっただけでも、最近の人は会社を辞めてしまいます。だから、彼らが抱えている問題について、ちゃんと会社は理解していると伝えることが大事です。

 ネガティブワードの使用頻度テストも最近始めました。よく、人の批判ばかりをする人物がいますが、いくら注意をしても、そういう人は否定から入るので受け入れようとしません。そんなときには、角度を変えて話を振ることで、「異なった見方があるかもしれない」と思わせる必要があります。テストはネガティブかどうか、社員の性格を調べるためのものですが、同時に社員自身に性格を認識させることにもつながりました。

 社員を育てるためには、社員を知ることが大切です。社員の力を引き出して、会社が一丸となって仕事に取り組める雰囲気をつくることが、社内コミュニケーションの中でもいちばん重要だと考えています。以前は多かった早期離職も、今ではほとんどなくなりました。むしろ、3回もヘッドハンティングにあっているほどです。取引相手がうちの社員の礼儀正しさを評価したのでしょう。逆に、そのことで深中メッキの教育方針に間違いはなかったと、自信につながりましたね。それは今後、社員を増やして、事業規模を拡大していく上で重要なことだと考えています。
《丸田鉄平/HANJO HANJO編集部》

●関連リンク

執筆者: HANJOHANJO編集部 - HANJOHANJO編集者
日本の中小企業の皆さんにとってビジネスのヒントになる「ヒトモノコトカネ」を探し出し、日々オリジナルな視点で記事を取材、編集してお届けします。中小企業の魅力をあますところなく伝えます。

インタビュー新着記事

  • 教育と人材で「介護」の未来を変える! 前例なきビジネスモデルの革新者 

    超高齢社会を迎える日本。その中で「介護」の重要性は増すばかりですが、そこに携わる人材が不足していることは、皆さんもご存じの通りです。その危機的状況を打破するべく、介護業界の未来を担う人材の育成、引いては業界全体における労働環境の健全化に取り組んでいる会社があります。2008年創業の「株式会社ガネット」が運営する「日本総合福祉アカデミー」は、これまでにはない「分校」というビジネスモデルで急速にその展開数を拡大し、いま注目を集めています。

    2018年12月14日

    インタビュー

  • ローカルビジネスの活性化で日本を元気にする! 個店のマーケティングをまとめて解決するITの力

    「ローカルビジネス」という言葉をご存知でしょうか? 飲食店をはじめ地域で店舗ビジネスを行っている業態の総称です。これまで総体として考えてこなかった、ある意味では遅れていた領域だったかもしれません。そんななか、日本の経済を活性化させるためにはローカルビジネスが鍵を握る、という思いをもって起業したベンチャーがあります。いま話題のEATech(イーテック)で、誰でもがすぐに個店のマーケティングを行える仕組みを提供する株式会社CS-Cです。

    2018年12月7日

    インタビュー

  • 「自動車整備工場」の二代目女性社長という生き方

    町工場を思い描く時、脳裏に浮かぶ代表的な業種のひとつが自動車整備工場です。どこの地域にもあり、油まみれで働く工員の姿が“勤勉な日本の労働者”をイメージさせるのでしょう。そんな日本の高度経済成長を支えた会社を事業承継し、新たな時代に向けて活力を与えようとする女性社長がいます。横浜の町の一角で昭和39年に創業した「雨宮自動車工業株式会社」代表取締役の小宮里子さんです。

    2018年11月26日

    インタビュー

  • 21世紀の金融を革新する! 投資型クラウドファンディングが世界を変える【後編】

    世界中を震撼させた2008年のリーマンショックは、お金について私たちに再考を余儀なくさせる世界史的出来事となりました。果たしてお金とは、金融とは何なのか? その問いに対して徹底的に考え抜き、新たな手法で金融に革新を起こそうというベンチャー企業が日本から生まれました。投資型クラウドファンディングのクラウドクレジット株式会社です。後編では代表取締役・杉山智行さんの現在のビジネスに至るストーリーをお送りします。

    2018年11月22日

    インタビュー

  • 21世紀の金融を革新する! 投資型クラウドファンディングが世界を変える【前編】

    世界中を震撼させた2008年のリーマンショックは、お金について私たちに再考を余儀なくさせる世界史的出来事となりました。果たしてお金とは、金融とは何なのか? その問いに対して徹底的に考え抜き、新たな手法で金融に革新を起こそうというベンチャー企業が日本から生まれました。投資型クラウドファンディングのクラウドクレジット株式会社です。金余りの国・日本から資金を必要とする発展途上国へとお金の流れをつくる「インパクト投資」がいま、国内外で大きな注目を集めています。金融の新しい波とは何か? クラウドクレジット代表取締役の杉山智行さんに前後編の2回で話を聞きます。

    2018年11月20日

    インタビュー

  • 移住者への事業承継を積極推進! 七尾市の地域創生はここが違う

    地方の中小企業において最重要といってもいいのが「事業承継」です。後継者不足が「黒字なのに廃業を選ぶ」という事態を招いています。中小企業がなくなることはそのまま地域の衰退につながるため、それを食い止めなければ地方創生も危うくなります。その課題に官民ネットワークという手法で解決しようというプロジェクトが石川県七尾市で始まりました。「家業を継ぐ」という家族経営的な風土を排し、首都圏の移住者からも後継者を募るという試みです。

    2018年10月26日

    インタビュー

  • 社長業は突然に。経営破綻をV時回復させた「ひとり親方」の覚悟

    いま、東京近郊では2020年に向けた鉄道関連の工事が盛んに行われています。電車の中から窓越しに見える風景で印象的なのは、狭い場所ながら太い鉄の杭を打ち込むダイナミックな重機の姿です。そんな特殊な条件をものともせず、日本の建設・土木業の優秀さを示す仕事を50年にわたって続けてきたのが、横浜にある「恵比寿機工株式会社」です。しかし、創業者の晩年に会社が経営不振に陥り、倒産寸前まできてしまいました。その窮状を救ったのは職人たちのリーダーであるひとりの職長でした。

    2018年10月15日

    インタビュー

  • 「水素水」をもっと日本の企業、事業所へ!〜 ウォーターライフケアという新発想

    昨年、東京都健康長寿医療センター研究所がガイドライン「健康長寿のための12か条」を発表しました。そのエビエンスブックでとりあげられたもののひとつが「水素水」です。病気の予防領域において水素の有効性が認められつつあることで、今、その存在に改めて光が当たっています。今回、紹介するのは、水素を安く簡単に提供する装置、水素水サーバーを開発・販売する「株式会社 ドクターズ・マン」です。

    2018年10月9日

    インタビュー