斜めから見る〜今月の一冊 ⑧『昭和ノスタルジー解体ーー「懐かしさ」はどう作られたのか』

ノスタルジー戦線、異状あり

2019年5月17日
前回の改元や世紀がわりのビジネスチャンスには上手くやれていた「ノスタルジー需要コンテンツ戦争」。改元からひと月も経っていないのに“過去形”で言うのは、負けが確定したからです。「すべての世代が当事者」のノスタルジー市場のなかで、今次どうして負けたのか? 今回紹介するのは、その分析用そして今後の戦略策定用の参考資料としての一冊です。

 思えば、改元はおっさん、おばさん、じいさん、ばあさん陣営にとっては、ノスタルジー・コンテンツ戦争の大チャンスでした。改元からひと月も経っていないのにそう“過去形”で言うのは、事実上、負けが確定したからだ。勝つべき勝負に負けたからです。

 今回紹介するのは、前回の改元までは、いや世紀がわりのビジネスチャンスには上手くやれていた「ノスタルジー需要コンテンツ戦争」で、今次どうして負けたかの分析用、そして今後の戦略策定用の参考資料としての一冊です。

 本書のような、事例や文献をおいつつ推論を重ねるという方式は、学術方面に慣れないひとにはクドめで硬めに感じるかもしれないけれど、懐かしアイテムが盛りだくさんに載っているので、すんなり読み進めることができるでしょう。そして感傷的に時代を振り返っている類の本ではないので、「戦略策定」には強い味方なのです。

 さて、ノスタルジー、懐古趣味、懐かし需要、趣味における保守派、原典・オリジナル愛好家、古典・古物愛好というのは、昨日今日に始まったものではありませんが、現代を生きる人々の目に入ってくるのは昭和懐古とりわけ、『ALWAYS 三丁目の夕日』に出てくるような昭和30年代、西暦で言えば1950年代〜60年代を愛でるものです。

 その趣味人口たるや多く流行期間たるや長い。本書によれば、1970年代からずっと「昭和ノスタルジー」ブームです。その理由を推測するに、該当人口が多く、だから動くお金も大きい、文化的に前後の年代と文脈上のつながりがある、『ALWAYS 三丁目の夕日』のような決定打がたまに出てくる、などが思いつきます。しかし、いやいやそんな単純なものではないよ、ということを丹念に分析し解説してくれるのが本書の全体です。昭和30年代を現役で過ごしていない“最近のこども”まで、どうして昭和30年代を好むのか。現物を見たわけでないのに「ナツい」と言っては「懐かしがる」のか。

「「ALWAYS」の画面に映っていたのは、70年代からみた昭和30年代であり、80年代からみた昭和30年代であり、90年代からみた昭和30年代であり、そしてゼロ年代前半からみた昭和30年代でもあった。」つまり、各年代の各視線が「いま出会う昭和」を再構築し、「すべての世代が当事者」となれたのがその秘密、昭和30年代への関心が何十年も続いてきた理由だという。

 しかし、そんな盤石な昭和ノスタルジーがあるのならそれでいいじゃないか、とはいかないのが今般起こっていることです。

 「すべての世代が当事者」のノスタルジー市場とはいえ、本来、そのなかで、半ば独占的な「オリジナル原料」供給者としてのおっさん・おばさんの優位性が危ういということです。自分たちしか当時のことを知らないわけですから、かつては、多少脚色したり多少プレミアムを乗せることもできました。しかも現代人はそこそこの年齢まで元気で長生きなのでその栄華を長い期間保てたわけです。それに加え、ノスタルジー市場の主要な顧客層も自分たちと同じ年代なので、顧客ニーズも手に取るようにわかっていました。前回の改元時までは。

 30年を経た今回はどうか。記憶媒体の巨大化、検索技術の神がかり的な進歩によって、おっさん・おばさん個人の記憶や物語は個々人では競争力を失っています。それ以前より、書籍・雑誌・音楽・映像も大量複製時代に入っていてマスメディアによる大量拡散時代に入っていたので、「私だけが知っている」の守備範囲が年々狭まっていたということがあります。単純にみせるだけのノスタルジー・コンテンツ供給ということで言うと在庫過剰で、職人芸の出る余地がありません。

 加えてインターネットサービスとくにSNSの発展によって、節目でもお祭りでもないのに年がら年中、懐古番組のような状況です。さすがに飽きる。新しいものをなかなか受け付けられず懐古だけが愉しみになっている高齢層ですら飽きるでしょう。このところ、テレビ番組も広告も「平成時代振返り」をしていましたが不発な様子でした。

 そうした空気を分析して「平成は明るい躍動的な時代じゃなかったから」「今どき元号という期間の括り方がアナクロだから社会が醒めた目で見ている」「若い世代はこういう人らを〈懐古厨〉と言って侮蔑する」などと言う見解がみられますが、もっと根本的なのは、この“飽き”だと思います。

 オリジナルの昭和を、飽きられないように再構築すること、これがノスタルジー市場(でしか生きられない)おっさん・おばさん世代の生存戦略でしょう。それをどのようにしたらいいか、というヒントが本書に詰まっているのです。

 まだ何十年かコンテンツを絞り出し続け、若者に伍して仕事しなければならない皆さん、ぜひ本書を読みましょう。
●今月の一冊
『昭和ノスタルジー解体ーー「懐かしさ」はどう作られたのか』
 高野光平/晶文社

★長沖竜二の連載

  • 斜めから見る〜今月の一冊 ⑦『演技と演出のレッスン 魅力的な俳優になるために』

    「芝居がかっている」「演技が上手い」というと、ビジネスでは0点の評価です。というより、日常コミュニケーションの場でも、大概はだめな方です。しかしなお、「ビジネスも俳優じみていこう! 意識的にそういこう!」というのが今回のすすめです。俳優という生産性のまるでなさげな、ビジネスの対極にいるような人の真似をしてみましょう、という話をします。

  • 斜めから見る〜今月の一冊 ⑤『大本営参謀の情報戦記』

    今年は戦争、特に太平洋戦争の際の日本軍(の失敗)についての本が、ビジネスとの絡みでよく読まれました。そのなかでも定番とも言えるポジションを得ているのが、今月の一冊『大本営参謀の情報戦記』です。文庫本の帯では田端信太郎さんも絶賛されています。70年前の戦史をいま、どうビジネスに活かせばいいのでしょうか? 長沖竜二さんが斜めから読み解きます。

  • 斜めから見る〜今月の一冊 ④『シリコンバレー式頭がよくなる全技術』

    今月の一冊は、シリコンバレーの経営者で、かつてはすごく不健康に太っていたこれまた典型的なアメリカ人で、それを単純で前向きで疑わない方法で克服した、最強の脳をもってスタイルも改善した経営者によるハウツー本です。今どきのアメリカの経営者スタイルがぷんぷん溢れてて、そうなりたい人には、おすすめしたくなる内容です。この一冊を長沖さんが「斜め」から分析します。

  • 斜めから見る〜今月の一冊 ③ 『自己愛過剰社会』

    現代人の傾向としてあげられるのが「自分のことが大好き、自分を実際以上に素敵にみせる営み、それが成功の近道。しかもそれは気持ちいい」。企業の発するメッセージにも同様の傾向が出てきています。とくにSNSを通じたPR活動において顕著です。さてその流れをどう分析すればよいのでしょうか?

執筆者: 長沖竜二 - スモールビジネス調査員
『現代用語の基礎知識』編集長、『小さな組織の未来学』編集長などを経て、現在、公共施設業界のコンベンション運営、中小事業者やまちづくりについてのメディア取材・編集などを行っている

コラム新着記事

  • 株式会社シンカができるまで Vol.2 ~ベンチャーはこうして世に羽ばたく~

    株式会社シンカ・江尻高宏さんのコラム、シリーズとして会社創業時から現在にいたる汗と涙の道のりを振り返ります。何が成功を導いてくれたのか? 何が足りなかったのか? どんな出会いがあったのか? どんな発想で切り抜けたのか?・・・ベンチャー企業創業者だからこそ語ることのできるリアルストーリーです。

    2019年6月14日

    コラム

  • <シリーズ>「地方創生」2期へ! 1期を検証する ①

    令和を迎えた2019年、地方創生は1期5年の最終年となり、国は2期に向け有識者会議を開催、自治体も次期地方総合戦略の策定に動いています。1期は各年1000億円の地方創生関係交付金を投じるなど、財政支援を地方創生版・三本の矢の一つとして多額の予算が次ぎ込まれましたが、果たしてその大盤振る舞いに見合った成果は出ているのか。水津陽子さんの新シリーズでは、地方創生の1期の現状と課題を分析、2期に向け必要なものは何かを探ります。

    2019年5月31日

    コラム

  • TVドラマ「きのう何食べた?」 性的マイノリティともし同僚や友達だったら・・・

    近年、性的マイノリティを主人公にした作品が、世界中で作られるようになってきています。テレビ東京の『きのう何食べた?』もまた男性カップルの日常を描いたドラマです。自分がもしも性的マイノリティの同僚や家族、あるいは友人だったら、どういう距離感で接するべきか? を常に考えさせてくれるのが、本作の魅力です。

    2019年5月24日

    コラム

  • 株式会社シンカができるまで Vol.1 〜ベンチャーはこうして世に羽ばたく〜

    株式会社シンカ・江尻高宏さんの連載、今回からはシリーズとして会社創業時から現在にいたる汗と涙の道のりを振り返ります。何が成功を導いてくれたのか? 何が足りなかったのか? どんな出会いがあったのか? どんな発想で切り抜けたのか?・・・ベンチャー企業創業者だからこそ語ることのできるリアルストーリーです。

    2019年5月9日

    コラム

  • NHK大河「いだてん~東京オリムピック噺~」 失敗から後続の人々は学び、次の時代へと進む

    オリンピックと日本人の関わりを描いた大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』(NHK)。戦国時代でも幕末でもなく、明治末から昭和にかけての日本を描く、とても画期的な挑戦です。誰かが最初に始めたからこそ道は生まれる。失敗から後続の人々は学び、次の時代へと進んでいきます。オリンピックを通して脚本の宮藤官九郎が描こうとしているのは、引き継ぎの連鎖なのです。

    2019年4月26日

    コラム

  • 「損して得取れ」のすすめ

    スタートアップで成長できている会社、継続できている会社の特徴は何なのでしょうか? これまでに数百の中小企業を見てきた李日生さんが、経験に基づいて検証します。

    2019年4月22日

    コラム

  • 在留外国人300万人時代!先進例に学ぶ、多文化共生のまちづくり(愛知県豊橋市)

    2018年末現在、日本に在留する外国人は273万人、前年比約17万人(6.6%)増で過去最高を記録。6年間で約71万人増加しました。今年4月の改正出入国管理法施行により、今後5年間で最大約35万人が増加すると見込まれていますが、このペースでいけば、2年を待たずに300万人を突破する可能性もあります。今後、多様な国や地域の人々とどう共生していくのか、日本社会のあり方が問われています。水津陽子さんの今回のコラムでは、人口の約5%を占める外国人住民との多文化共生のまちづくりに取り組む先進地にフォーカス。今後あるべき地域と外国人との関わり、多文化との共生について考えます。

    2019年4月15日

    コラム

  • 会話における必要な“非効率”

    デジタルはあらゆるものを効率化しました。しかし、心理学の「ザイアンスの定理」は「相手の人間的な側面が見えると感情が深まる」と述べています。人と人のつながりで進めていくのがビジネスだとするなら、つながりを深めるために、会話にはある程度の“非効率”が必要なのです。

    2019年4月8日

    コラム