貸切バス業界は「安全の可視化」を!

ボタン操作でバスを自動停止するシステム「EDSS」、乗客に知ってもらうことの必要性

2019年3月1日
今年の2月以降、国内で製造される大型高速バス、貸切バスにはすべてEDSS(ドライバー異常時対応システム)が搭載されることになりました。「非常ブレーキ」と言える装置です。相次いだ事故を受け国がガイドラインを制定し、各メーカーが開発を進めたものです。しかし、搭載したものの、乗客でそれを知っている人はあまりいません。貸切バス業界は乗客にEDSSについて積極的に説明することが求められています。

ボタン操作でバスを自動停止するシステム「EDSS(ドライバー異常時対応システム)」。 いわゆる「非常ブレーキ」だ

 日野自動車といすゞ自動車が販売する大型高速バス、貸切バス車両には、2018年式からEDSS(ドライバー異常時対応システム)が標準搭載されている。乗務員(ドライバー)が運転中に急病などで意識を失った際、バスガイドや乗客のボタン操作によってバスを自動停止するシステムである。いわば「非常ブレーキ」だ。本年2月には、三菱ふそうトラック・バス製の車両にも標準搭載されることが発表された。これにより、今後国内で製造される同型のバスにはすべてEDSSが搭載されることになった。なお、衝突被害軽減ブレーキ(衝突の危険をシステムが感知した際に自動的に減速または停止する、いわゆる「自動ブレーキ」)については、新製車両について以前から搭載が義務付けられている。

 貸切バス事業者の幹部を対象に講演などする際、EDSS搭載車両がすでに稼働している事業者がどれくらいあるか聞いてみると、3分の1程度の手が挙がる(搭載開始からまだ半年しか経過していないので、今後は急激に増加するはずだ)。しかし、その中で、バスツアーなどの乗客を乗せて発車する際に「この車両には“非常ブレーキ”がついているので、乗務員に万一のことがあった際はこのボタンを押してください」と案内している会社を尋ねると、1社の手が挙がるかどうか。

 EDSSは、相次いだ事故を受け国がガイドラインを制定し、各メーカーが開発を進めた。最前列の客席天井部にスイッチが設置され、万一の際には乗客による操作が想定されている。当然ながら、乗客に説明しなければ、そのような機能を搭載したところで役に立たない。全乗客とは言わずとも、せめて、旅行会社の添乗員や団体の幹事(遠足の際の引率教師ら)には、出発前にその機能を説明する必要がある(乗務員本人が体調急変を認識した場合や、同乗するバスガイドらが操作する場合のため、運転席横にもボタンがある)。

 この機能は標準搭載され、当然ながらコストは車両価格に上乗せされている。それにもかかわらず、今のままでは無駄な機能になってしまう。バス業界では、これまで、安全対策とは見えないところでコツコツ行うもので、説明しすぎると逆に乗客の不安感を助長するのではないかと考えられてきた。しかし、EDSSの登場で、安全対策をより積極的に説明することが求められていることを認識すべきだろう。

最前列の客席の天井部に設置されているボタンを押すとバスが自動停止する。乗務員(ドライバー)が急病などで意識を失った際に乗客に操作してもらう

 B to C事業である高速バス分野では、2002年の規制緩和により競争が始まったことを踏まえ、ウェブサイトなどに具体的に自社の安全対策を記載する事例が増えた。「高速ツアーバス」と呼ばれる業態で後発参入が続いたときに、迎え撃つ「既存事業者」らは当初、「脱法スレスレの海賊バス」などと罵倒し「安全投資に手を抜くことでコストを抑え、低運賃で客を奪っている」と非難した。しかし彼らは、そう主張するなら自らの品質を可視化し消費者に伝わるよう努力すべきだ、と気づいたのだ(現在では、制度上は両業態が一本化されたが、事業者間での品質の差がなくなったわけではなく、品質可視化の重要性は変わらない)。一例を挙げれば、JR東海バスの公式サイトでは、「安全への取り組み」として、各種安全装置の装着率や乗務員の運転基本動作の内容まで具体的に実数や画像を示して説明している(http://www.jrtbinm.co.jp/secure/index.html)。
 一方、貸切バス分野は、主に旅行会社から発注を受けるB to B事業であり、そもそもウェブサイトさえ持たない中小事業者も少なくない。貸切バス分野では、高速バス分野より2年早く2000年に需給調整規制が撤廃され、新規参入者が急増した。しかし繁忙期に事業者間で受注の融通をする習慣(「傭車」などと呼ばれる)もあり、エンドユーザー(旅行者)の目に触れる旅行会社のツアーのパンフレットや行程表のうえで、事業者名が明記されないこととなった。航空会社や宿泊施設については、「全日空利用」などと固有名詞で表記されるのに対し、バス移動部分は「貸切バス」と表記するだけで済んだ。

 この表記は、オペレーション上、旅行会社にとっても貸切バス事業者にとっても都合いいのは確かだ。しかし、この表記によって、貸切バスが「簡単に取り換えが効く汎用パーツ」となってしまったことも間違いない。今思えば、2000年のあの時、それ以前の厳しい参入規制があったころから事業を営んできた事業者らは、新規参入者を迎え撃つにあたり差異化戦略を選ぶべきであった。旅行会社がツアーを企画する際、ツアーの目的に応じて旅館や航空会社を使い分けるように、貸切バス事業者を選んでツアーに組み込むような市場の確立を目指すべきであった。

 その努力を怠った結果として、旅行会社の側に、貸切バス事業者のランクを「目利き」する力が養われることはなかった(せいぜい「白ナンバー(違法営業者)は使ってはいけない」とされる程度)。担当者として「このバス会社、不安だなあ」と内心は感じたとしても、上司に対し「こういう理由でこの会社ではダメで、コストは上がるがあちらの会社に発注すべきだ」と論理立てて説明する能力を育てられることはなかった。

 吹田スキーバス事故(2006年)、関越道高速ツアーバス事故(11年)、軽井沢スキーバス事故(16年)と、中小旅行会社が零細規模の貸切バス事業者に運行を発注したツアーで、社会的に問題になるような事故が起こった。いずれのケースも、低運賃で、かつ無理な運行内容を旅行会社が押し付けるように発注しており、今日では、判官びいきのメディア報道や世論も加わり「旅行会社悪者論」が定着してしまった。

 むろん、コストだけを重視し、自らの商品の質を顧みなかった旅行会社にも大きな非がある。旅行業法は消費者保護を目的としているから、結果として旅行者の安全を守れなかった点について旅行会社の責任は大きい。しかし、社会が「バス会社は旅行会社から“搾取”されてかわいそう」と味方してくれることに満足し、バス業界が旅行会社だけを悪者視し続けても、貸切バス業界の安全性が底上げされることはない。

 吹田スキーバス事故後の捜査や報道を経て旅行会社悪者論が湧きあがり、それ以降、バス事故が起こるとバス事業者のみならず旅行会社にもメディアの取材が集中する。関越道高速ツアーバス事故の際は、旅行会社役員が、明らかに誤った認識で「運行内容に法令違反はなかった」と言い張った。そして軽井沢スキーバス事故直後には、メディアに取り囲まれた旅行会社社長が「法令違反も、無理な運行もなかった」とテレビカメラの前で説明した。

 バスの運行に関する法令はあまりにも細かく、法令違反の有無を正確に説明できるのは当事者であるバス事業者のみである(運行記録などを証拠物として押収されてしまったケースでは、それさえも難しい)。しかし、旅行会社としても、押し寄せるメディアを前に「ウチは旅行会社だからバス運行の詳細はわからない」とは言えないだろう。「軽井沢」の際は中小旅行会社のオーナー社長だからその場しのぎのコメントをしたのだろうが、逆に、大手旅行会社であれば、口から出まかせも言えない中、どう答えるのが正解なのか。

 貸切バス運行を発注する旅行会社の立場に立てば、いま最も必要なことは、自社主催のツアーで万一大事故が発生した際、「どういう理由でそのバス事業者を安全だと判断し、その会社に発注したか」を、社会に対し明確に説明する基準である。その一つとして、日本バス協会による「貸切バス事業者安全性評価認定制度」も作られた。ツアーのパンフレットに利用予定バス会社名を明記することも義務付けられた。それを受け、貸切バス事業者が今なさねばならないのは、高速バス事業者が既に実現したように、自社の安全への取り組みを可視化することだ。そして、まじめに取り組んでいる事業者が自ずと選ばれるまっとうな市場を作ることだ。

 自社の取り組みを、言葉と画像にすることで社会につまびらかにする。「これだけの内容を着実に実行しています」と社会に約束する。その約束の内容と実効性を競い合う市場を作ろう。その流れを生み、育てることができるのは、自社の取り組み内容に自信がある一流のバス事業者のみである。具体的には、ウェブサイトや車両内での掲示といった手法が考えられる。まずは、EDSS搭載車両を担当する乗務員が、ツアーの出発前に「このバスには“非常ブレーキ”が付いていますから、万一、私が体調不良に陥っていたらこのボタンを押してください。もちろん、私は体調は万全で、さきほど営業所でチェックも受けていますが」と乗客の方を向いて挨拶することが、「可視化」の道のりの第一歩である。
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【成定竜一さん出演のトークイベント】

一般社団法人女性バス運転手協会が開催する「第2回女性バス運転手の会」(3月2日)に、成定さんが出演します。

慢性的な運転手不足の状況にあるバス業界ですが、バス運転手のうち女性の比率は1%台しかなく、業界全体で女性運転手の増加に取り組んでいます。今回のイベントはその取り組みの一環です。成定さんは女優の田中律子さんや現役女性バス運転手とのトークセッションで登壇します。(クローズドのイベントのため、一般の方の参加はできません)
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執筆者: 成定竜一 - 高速バスマーケティング研究所株式会社代表
高級都市ホテルチェーンを退社後、06年に楽天バスサービス株式会社に入社。楽天トラベル「高速バス予約」サービスの事業責任者を経て、同社取締役に就任する。11年に退職すると、高速バスマーケティング研究所を設立。国土交通省「バス事業のあり方検討会」委員(10年度)、「国内観光の振興・国際観光の拡大に向けた高速バス・LCC等の利用促進協議会」(15年度~)などを歴任する。

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