「旅行の民主化」への、二つのミッシングリンク

2019年、 高速バス業界は次なる成長分野「観光客市場」を見逃すな!

2019年1月11日
2019年の国内の旅行消費は「意欲的」と予測されています。年間のべ1億1500万人に利用され、鉄道に次ぐ第二の幹線輸送モードである「高速バス業界」ですが、そのプラスの流れを受け止めて市場を拡大することができるのでしょうか? この業界を長く見つめてきた成定竜一さんが、今年の行方を展望します。

高速バス業界は次なる成長分野「観光客市場」を見逃すな!

 2019年は、わが国に高速バスが誕生してから55年目にあたる。この年に、高速バスやその周辺の産業にどのような変化が求められているか、新年に当たり整理したい。
 高速バスは、年間のべ1億1500万人に利用されている。航空国内線が9000万人台であるので、航空を上回り鉄道に次ぐ第二の幹線輸送モードである。内訳は、あくまで感覚値だが、およそ8割が地方在住者の都市への足(地方出身で都市在住者の帰省需要を含む)である。長野県や静岡県から首都圏、岡山県や徳島県から京阪神、熊本県や大分県から福岡など片道100~250km程度の距離を、20~30分間隔と高頻度で運行する昼行路線が中心を占める。パーク&ライドなど地方在住者に特化したサービスを提供し、安定した需要がある。

 約1割が、首都圏~京阪神、名古屋、仙台という大都市間路線である。路線長が350km(約5時間)を超えるため夜行便が中心で、かつ、ウェブマーケティング活用により2005年頃から急成長した背景も加わり、体力がありコスト重視の若者が中心だ。豪華座席、女性向けサービス、逆に「格安」便など、多様化した商品をウェブ上で比較検討しながら予約する市場である。

 「地方→大都市」市場は安定しているが、中長期的には沿線人口の減少という脅威を抱える。「大都市←→大都市」市場は若年層に限定されることから常に顧客が入れ替わっており(仮に大学4年間のみ夜行高速バスを帰省や就職活動に活用するとするなら、顧客の4分の1が毎年入れ替わる計算)、バスどうしの競合もあってマーケティング負荷が大きい。

 そして、残りの1割ほどが、観光需要だ。「バス=観光」イメージとは裏腹に、観光客の高速バス利用は決して多くない(「バス=観光」イメージは、貸切バスを使うバスツアーや団体旅行から生まれたものだ)。高速バス業界は、「地方→大都市」、「大都市←→大都市」市場をすでに握っているのだから、この「大都市(あるいはその背後にある海外)から全国津々浦々へ」という観光客市場が、次なる成長分野になるであろうことは容易に想像できる。

観光産業は予約サイトによる旅の多様化に対応できているのか?

 一方、旅行業界を中心とした観光(ツーリズム)産業に目を転じると、戦後以来、同産業の成長を支えてきた団体旅行やパッケージツアー中心のあり方が、限界を迎えている。近年、宿泊施設の販売が「紙」ベースの既存旅行会社から「ウェブ」すなわちOTA(Online Travel Agent。予約サイト)中心に変わったことで、旅行者が手にする情報が一気に増加し比較検討が容易になった。それに応じて、宿泊施設は、従来の「金太郎あめ」から脱却し多様化が進みつつある。自家用車やレンタカーによるクルマ旅行については、旅程の作成が比較的容易で、カーナビゲーションの普及も追い風となり、旅行者一人ひとりの興味関心に基づいた、個性的で自由な旅行を楽しめる環境が定着した。

 だが、「非クルマ旅行」については状況が複雑だ。旅行者の旅慣れが進み、またウェブを通して事前に把握できる旅先についての情報量が圧倒的に増加したいま、旅行会社のパッケージツアーは「お仕着せ」と受け取られているだろう。特に、総花的に多数の観光地に立ち寄るようなバスツアーは、旅行者に飽きられてしまっている。2000年以降、たまたま貸切バス分野の規制緩和により貸切バス運賃(チャーター代)が下がったことで「格安」を売りに多くの参加者を集めた旅行会社もあった。だが、相次いだバス事故を受け制度が改正され貸切バス運賃が再び上昇したため、「格安」を売りにしたバスツアーは、設定数、催行率ともに再び低下した。

 むろん、職域(社員)旅行や町内会の旅行といった「社会的旅行」は減少し、教育旅行(修学旅行など)は少子化により市場が縮小している。余暇の過ごし方が多様化しており、旅行に行くことそれ自体は、もう旅の目的とはなりえない。旅行者個人の興味関心に基づき、「分化」し「深化」した旅行を提供しなければ旅に出てもらえなくなりつつある。

 それでも、既存旅行会社は、パッケージツアー販売や団体営業中心から変化できない。「旅行者自身がウェブ上で自由に旅行を組み立てる時代が来る」ともてはやされたダイナミック・パッケージも、一定の規模には到達したが、日本人の旅行スタイルを変えるとまでは、とうてい至っていない。

高速バス業界とツーリズム産業、なぜリンクできないのか?

 個人旅行化の圧力にさらされるツーリズム産業。個人化する観光客こそ次の成長分野とみる高速バス業界。つながりそうでつながらない輪に、ここ数年、筆者はジレンマを感じ続けている。輪がつながらないのは2ヶ所だ。

 一つは、旅行流通のあり方だ。たしかに、鉄道やバスの時刻を調べたり宿泊を手配したりするのはウェブ上で旅行者自身が行えるようになった。だが、どんなに使いやすいウェブサイトやアプリが構築されても、一般の旅行者にとってハードルが高いのが、「旅程の作成」である。ダイナミック・パッケージも、種々の経路検索サービスも、けっきょくは「クローズ質問」だ。どこに行きたい、いつ行きたいと具体的な条件があって初めて、これらのサービスは最適な解を提示してくれる。

 しかし、ごく一般的な旅行者にとって難しいのは、それより手前のフェーズである。たとえば、クルマを運転しない女性が友人と旅行を計画する。女性誌で北海道旅行特集を見て、「富良野や美瑛に行きたい。旭山動物園も行ってみたい。小樽でお寿司も食べたい」と思ったときに、それは1泊で回れる行程なのか、2泊3泊の必要があるのか。その場合、どこで宿泊すれば効率よく回ることができるのか。経路検索サービスを駆使したとして、素晴らしい旅程を簡単に組めるだろうか? 

 もう一つの課題が、そのような旅行に向いた旅行素材が不足していることだ。つまり、着地型ツアー、あるいは二次交通としての高速バス。実は、高速バスとバスツアー(従来からの発地型ツアー)とは、見た目が似ているのと裏腹に事業モデルは正反対だ。前者が、出張や帰省など目的があって移動する人向けのサービス(前述のとおり観光客も乗車するが、あくまで目的地が先に決まっていてそこへの足として選択している)であるのに対し、後者は、特段の目的意識がない客に「行ってみよう」と思わせることで集客する。前者は、365日、それも一日に何往復も運行する必要があり固定費が大きいものの、軌道に乗ればさえ安定した需要を見込める。一方で後者は、特定の日だけ催行すればいいが、毎回、集客にリスクを抱える。前者が「農耕モデル」なら、後者は「狩猟モデル」だ。

 そうとらえると、いま求められている着地型ツアーや二次交通は、毎日(少なくとも一定期間、あるいは特定の曜日に)安定して催行、運行する必要があるから固定費はそれなりに大きいにもかかわらず、季節や曜日による需要波動も大きい。同じ内容であれば飽きられるから商品内容を入れ替えたり多様化したりする必要もあり、当たりはずれのリスクを負う。「農耕」の固定費の大きさと、「狩猟」の不安定さの両方を同時に抱えているのだ。

 一つ目の「旅程作成の困難さ」すなわち旅行流通のあり方における課題と、二つ目の「着地型ツアーや二次交通不足」に代表される旅行素材のあり方における課題は、「ニワトリと卵」の関係で、デッドロックの状態にある、というのが筆者の見立てだ。話題の「観光支援型MaaS」も、どちらかといえば後者の問題解消(小さい固定費で安定したサービスを提供する環境づくり)に寄与するだろうが、ネットワーク外部性を発揮しこの国の旅行の姿を変えるまでに至るかどうか、現時点では未知数だ。

高速バス業界が観光に挑戦するタイミングは今!

 高速バスを運行する事業者のほとんどが地域での路線バス事業を本業としており、彼らの使命感は、「地元住民の足の維持」に向いている。しかし、外部から観光客を呼ぶこともまた、今では地元への重要な貢献の一つになりつつある。「自画像」を描き替えろとは言わないが、観光という色を一つ、その自画像に上塗りする必要がある。かたや、旅行会社をはじめとするツーリズム産業は「昭和の旅行スタイル」への郷愁を忘れられず、彼らへのアンチテーゼとして登場したはずの国内OTAも、成し遂げた成長と引き換えに、既存のツーリズム産業への挑戦心を失いかけているように見える。

 誰もが、一人ひとりの興味と関心に基づいて自身で旅程を組み、オーダーメイドの旅行を簡単に楽しむことができる環境。言い換えれば、「旅行の民主化」。実現への道程は長くとも、実現を信じて進むよりほかない。

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執筆者: 成定竜一 - 高速バスマーケティング研究所株式会社代表
高級都市ホテルチェーンを退社後、06年に楽天バスサービス株式会社に入社。楽天トラベル「高速バス予約」サービスの事業責任者を経て、同社取締役に就任する。11年に退職すると、高速バスマーケティング研究所を設立。国土交通省「バス事業のあり方検討会」委員(10年度)、「国内観光の振興・国際観光の拡大に向けた高速バス・LCC等の利用促進協議会」(15年度~)などを歴任する。

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