熱海の奇跡! シャッター商店街を人気スポットに変えた戦略

2018年11月2日
長らく低迷にあえいできた熱海が復活を遂げ話題となっています。1960年代には年間500万人を超える宿泊客で賑わった一大観光地でしたが、2011年には246万人にまで落ち込みました。しかし、そこからわずか4年、宿泊客数は308万人へ、奇跡とも呼ばれるV字復活を果たしました。その起点の一つとなったシャッター商店街の再生にフォーカス、”熱海の奇跡”を起こした挑戦とその戦略に迫ります。

「熱海銀座商店街」では、平日の朝から商店街を訪れる若い人の姿が見られる

 近年、長らく低迷にあえいできた熱海が復活を遂げ話題となっています。1960年代には年間500万人を超える宿泊客で賑わった一大観光地が衰退し始めたのは1990年代半ば。以降、客足の減少は留まることを知らず、2011年には246万人にまで落ち込みました。しかし、そこからわずか4年、熱海市の宿泊客数は308万人へ、奇跡とも呼ばれるV字復活を果たしました。

 今回はその起点の一つとなったシャッター商店街の再生にフォーカス、”熱海の奇跡”を起こした挑戦とその戦略に迫ります。

ゼロからスタートした熱海復活への挑戦

 今年6月『熱海の奇跡』と題した一冊の本が出版され、注目を集めました。著者は市来広一郎氏、1979年熱海市生まれ、熱海市育ち。東京都立大学大学院修了後、3ヶ月海外を放浪した後、IBMビジネスコンサルティングサービス(現日本IBM)に勤務。2007年熱海にUターン、ゼロから熱海の活性化に取り組んできた人です。

 その歩みをみると07年熱海に戻るやいなや地域情報ポータルサイトやSNSを開設。翌08年には遊休農地の再生を目指す「チーム里庭」の立ち上げや、熱海の7つの商店街と連携し「マチが舞台の音楽祭」を開催。
 09年まちづくりNPOの「atamista(あたみすた)」を設立すると地域資源を活用した体験交流ツアー「熱海温泉玉手箱(オンたま)」を市や観光協会と協働で開催。
 11年中心市街地を活性化させる民間のまちづくり会社「株式会社machimori」を設立すると地域の遊休不動産をリノベして新たな魅力とする手法で、12年シャッター街となっていた熱海銀座商店街に若者を呼び込むカフェ「CAFÉ RoCA」をオープン。
 その後、15年にクラウドファンディングを活用した「ゲストハウスMARUYA」を、16年にコワーキングスペース&シェアオフィス「naedoco」を相次いで開業すると商店街はいつしか若い女性や若者が集まる街に変貌。

 新たな熱海の魅力が様々なメディアで広く紹介されると観光はもとより、起業や移住等、熱海に新たな可能性を見出す人を増やしました。

 こう書くと、事業は順風満帆。地元出身で人脈もあり、前職のITスキルやコンサルティング経験を生かせば、スタートアップからここまで苦もない成功だったようにも見えます。どこがゼロから? と言いたくなるような理想のアントレプレナー像。

 しかし、2007年どん底の熱海に戻ってきた市来さんに明確な戦略はなかったといいます。

“熱海の奇跡”の成功因子 〜 ルーツ、出会い、戦略

(写真左上)人気の熱海プリン2号店を商店街に誘致 (右上)熱海におけるリノベまちつづくり第一号「CAFE RoCA」 (左下)「コワーキングオフィスnaedoco」が入るサトウ椿ビル (右下)クラウドファンディングを利用してオープンした「熱海ゲストハウスMARUYA」

熱海の衰退が始まった90年代半ば、市来さんは高校生。両親が熱海で企業の保養所の管理人をしていたこともあり、年々寂れていく街を見て何とかしたいという思いが芽生えたといいます。

 一度、熱海を出たものの、いずれ熱海に戻ってくることが前提でした。ただ、こんなに早く戻って来るとは想定していなかったとか。しかも市来さんが熱海に戻った28歳当時、熱海はまさにどん底。熱海市の宿泊客数は02年度以降300万人を割り込む低空飛行。そこに08年のリーマンショックと11年の東日本大震災が追い打ちをかけ、過去最低の246万人を記録。戻るタイミングとしては最悪でした。

 ただ、地方創生の観点からはこのタイミングはむしろ絶妙だったのではと感じる面もあります。危機感が薄い地域では官も民も本気で変革することが難しいからです。

 そういう意味では当時、熱海市の危機感は相当に高まっており、それが市来さんの活動とリンクし、その後の官民協働の流れにも繋がったと考えられるからです。

 次に市来さんが熱海に戻って最も注力したことは、ポータルサイトやSNSという箱を作ることではなく、そこに入れる中身。つまり熱海に何があるかを取材、埋もれた資源を発掘、その魅力・価値を再編集し発信することであり、その過程で出会った地域のキーマンとつながるきっかけを作ったことにあります。

 地元出身とはいえ、市来さんが熱海にいたのは高校の時まで。ビジネスに活かせる人脈があったわけではありません。

 たとえば、遊休農地の再生を目指すプロジェクトは、地元農家が行っている小学生の田植え体験を取材に行ったことがきっかけで生まれました。この活動では行政とのつながりも得ました。

 熱海市は06年市長が交代。新たな市長は40代と若く、政策の転換や世代交代も進み、そうした中で官民が連携したまちづくりのスキームも確立されていきました。その後、11年の「熱海市第4次総合計画」ではシティプロモーションの本格化が掲げられ、13年その基本指針を定めると戦略的なプロモーションを推進。こうした官の動きが連動することで、熱海ではダイナミックな変化が生まれました。

 もう一つ、市来さんの挑戦で大きなことは、熱海復活の拠点を中心市街地の商店街にしたことです。今でこそ、若者や女性を惹きつける魅力的な店舗があり、賑わいをみせる熱海銀座商店街ですが、07年当時は11もの空き店舗があるまさにあるシャッター街。正直、ここから熱海の復活を図るなど妄言暴挙、普通なら考えもしません。

 当時の熱海市に中心市街地に関し共有化されたビジョンや基本計画は存在しませんでした。しかし、それこそが市来さんの戦略の要となりました。熱海でまだ誰も手をつけていない、何もしていない分野に可能性を見出すブルーオーシャン戦略。

 もちろん、そこには根拠もありました。きっかけは2010年熱海市が中心市街地活性化事業の一環で招致した現代版家守の活動で知られる清水義次さんと出会いです。

 市来さんはそこでリノベーションまちづくりによる中心市街地活性化という手法に触れ、清水さんに弟子入り。こだわったのは熱海の温泉や観光地を訪れる人を街なかに呼び込み、そこに新たな人の流れを創ることでした。

 12年「CAFÉ RoCA」から始まった熱海銀座のリノベまちづくり。15年にオープンしたゲストハウス利用の多くは20代から30代前半の若者で、半数が女性、外国人の比率も2割を占めます。コワーキングスペース&シェアオフィスの 会員数は二十数名に及び、熱海での起業や二地域居住を目指す人を呼び込む玄関口になっています。

人気の熱海プリン2号店を誘致! 今後の構想は?

熱海プリン2号店、お風呂をイメージしたポップでカラフルな店内、女性に人気のかわいい店頭(画像提供:熱海プリン)

 今、熱海銀座で平日午前から行列ができる人気店「熱海プリン2号店」。熱海温泉街で初めてのプリン専門店「熱海プリン」は2017年、熱海の駅前商店街に1号店を構えるとすぐに行列の絶えない人気店へ。熱海プリンの年間販売本数は40万本を突破、熱海の新名物として注目を集めました。

 市来さんはその人気店を熱海銀座へ誘致しようと動き、熱海プリンはそれに応え、2号店の出店を決めました。そもそも熱海プリンは「熱海に昔のような賑わいを取り戻したい」という想いからオープンした店。徐々に賑わいを取り戻しつつある熱海ですが、かつて熱海の中心地だった熱海銀座の復活はこれから。その起爆剤になりたいという思いがありました。

 その思いが強く滲むのが、熱海の商店街の雰囲気に合わせ、牛乳屋をイメージした昭和レトロなデザインの1号店とは異なる2号店のコンセプト。お風呂をイメージしたポップでカラフルな店構えに、店内にはタイル張りの浴槽や風呂桶のテーブルを置き、1号店にはないイートインスペースも設けました。2号店限定メニューも多く、1号店とはまた違うSNS映えスポット、行列店となっています。

 熱海銀座におけるリノベまちづくりは今後、2階3階の再生へ力を入れるほか、将来は「熱海銀座公園化計画~道路から公園へ」をコンセプトに公共空間である道路や屋上など、商店街を全部芝生にしてシームレスにしたいといいます。

 もしそんな商店街が実現できたら、世界から人が呼べそうです。

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執筆者: 水津陽子 - 地域活性化・まちづくりコンサルタント
合同会社フォーティR&C代表、地域活性化・まちづくりコンサルタント。地域資源活かした地域ブランドづくりや観光振興など、地域活性化・まちづくりに関する講演、企画コンサルティング、執筆を行う。2014年地方創生法に関連し衆議院経済産業委員会に参考人出席。著書に「日本人だけが知らないニッポンの観光地」(日経BP社)などがある。

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