「横浜のストーリー」を練りこんだ「あられ」「柿の種」は、なぜこんなに美味しく感じられるのか?

地元企業とのコラボでファンを増やしていく/美濃屋あられ製造本舗

2018年10月1日
ナポリタン味のあられ「横浜ナポリタン」やビールにピッタリの柿ピーの「横濱ビア柿」をご存知でしょうか。これらユニークな商品を製造・販売しているのが、横浜で創業89年になる「株式会社美濃屋あられ製造本舗」です。ビール、ナポリタン、BARなど横浜が発祥とされるものをモチーフにした、どこにもない横浜オリジナルの米菓子は、どのような背景から生まれたのでしょうか。

9月に株式会社美濃屋あられ製造本舗4代目社長に就任した小森健太郎さん。ケチャップやビールなど横浜発祥の飲食品と「あられ」「柿の種」を融合し、どこにもない横浜オリジナルの米菓子を作り出している

ナポリタン味のあられ「横浜ナポリタン」やビールにピッタリの柿ピーの「横濱ビア柿」をご存知でしょうか。いまお土産としても人気のある米菓です。これらユニークな商品を製造・販売しているのが、横浜で創業89年になる「株式会社美濃屋あられ製造本舗」です。今年、4代目として社長を継いだ小森健太郎さんの戦略は横浜の企業やストーリーとのコラボレーション。ケチャップやビールなど横浜発祥の飲食品と「あられ」「柿の種」を融合し、どこにもない横浜オリジナルの米菓子を作り出しています。地元愛にあふれた商品はどのような背景から生まれたのでしょうか。小森社長に話を聞きます。

横浜をテーマにしたコラボレーションが人気の秘密

ーー小森さんは先月、社長に就任されました。

美濃屋あられ製造本舗の4代目になりました。先代の父が満65歳になったことを機に正式に会社を承継しました。

ーー創業から今年で89年目を迎えました。新社屋も9月に完成しました。

新社屋建設は創業88周年の記念事業の一環なんです。当社は米を原料としたお菓子を製造していますので、米寿(88歳のお祝い)と掛けてゲンを担いで始めた事業です。今の地に我が社が移転してきたのは昭和30年代前半のことで、もう60年以上経っていることもありますが、創業100年に向けて継続的に良い商品を提供するための投資と考えています。工場も統合整備をして新しい製造ラインを準備しています。

ーー柿ピーの「横濱ビア柿」やナポリタン味のあられ「横浜ナポリタン」が話題を集めています。

横浜をテーマに、自分なりに横浜のストーリー性を考えて商品開発をしています。基本的には横浜にある企業さんとのコラボレーションなので、なによりも地元でのご縁を大切にしています。

「横濱ビア柿」はビールに合う柿の種というコンセプトです。味付けは辛口・濃い口にしました。横浜はビール発祥の地なんです。横浜ビールの太田社長からアイディアをいただき完成にいたりました。

日本ナポリタン学会との絡みでできたのが、横浜発祥シリーズ第二弾の「横浜ナポリタン」です。ナポリタン発祥の地とされているのが横浜、そしてケチャップもまた横浜が国産初なんです。横浜での関係性のなかで「清水屋ケチャップ」の復刻を作られた方とつながりました。「横浜のナポリタン」と同時に、味付けのケチャップも横浜発祥だというご縁も伝えられる商品を作りたかったんです。

最近では1857年創業の老舗である岩井の胡麻油さんとのコラボした「横濱ぶぶあられ」が話題になりました。これは先方のブランドでの発売です。「調味料として使えるあられ」というのがコンセプトです。

(左)横浜のストーリーや企業とコラボレーションしたあられシリーズ。ビール、ナポリタン、BARなど横浜が発祥とされるものをモチーフにしている。(右)美濃屋あられ製造本舗の顔ともいえる「柿の種」

ーー新商品開発時にはどんなところに気を配るのですか。

ひとつには味付けですね。目先を変えるようにしています。そしてお土産品となること。キャッチーな打ち出しで「あ、こんなおもしろいものがあるんだ」というところでお客様には関心を持っていただき、あられ・おせんべいに親しんでいただくきっかけになればと思っています。特に若い世代に受け入れられるように意識しています。

「お土産」としてのあられや柿の種で新たな客層を開拓

ーー米菓業界全体の景気はどうなんでしょうか。

昨年はジャガイモが不作でポテトチップスが品薄になったため、大手企業には特需がありました。でもここ数年を見れば、米菓の国内需要はゆるやかな下降をたどっています。若い方はポテトチップに代表されるような、揚げた柔らかいお菓子を好むため、需要層は先細りの状況です。

しかしそんななかでも「柿の種」というジャンルは元気があり、ひとつのジャンルとなり得ています。若い層にも親しみをもって召し上がっていただいています。当社も力を入れている分野ですし、昔からご好評いただいています。

ーー横浜というと洋風のイメージがありますが、米菓子は昔から地場産業としてあったのですか。

伊勢佐木町のあたりは戦前に芝居小屋があったり、非常に賑やかな繁華街でした。ひとが集まってくるところにはお菓子屋さんが必ず出てきます。うちの初代となる曾祖父は岐阜から横浜に出稼ぎに来ました。そして横浜あられで修業をし、その後、小森商店として独立、そして現在の美濃屋あられ製造本舗につながっていきます。

美濃屋あられ製造本舗は昭和4年創業。初代は岐阜から横浜に出稼ぎにきて、横浜あられで修業をし、その後、小森商店として独立、そして現在の美濃屋あられ製造本舗につながっていく

ーー100年前は競合もいっぱいあった。そんななか美濃屋あられ製造本舗が生き残ったのはなぜなんでしょう。

まず、ご一緒させていただいた企業さんとのご縁でしょうね。製品としての要因は大きく二つあります。ひとつは自社ブランドの柿の種にこだわり、それを守り続けてきたこと。そしてもうひとつは、B2Bの取引として永谷園さんと長い間お取引をさせていただいていることです。お茶づけに入っているあられです。それらが会社の安定につながっています。

ーー販売エリアは神奈川に限られているのですか。

ほぼ神奈川県内です。手の届く範囲での経営を主としてきましたので、無理してまで設備投資をしてきませんでした。高度成長期に横浜だけでなく神奈川県域にまで広がりましたが、全国的な展開はしませんでした。

ーーそれでも海外への輸出はありますね。

それは横浜という土地柄ですね。横浜からハワイに行った日系1世の方と、横浜の輸出商社さんで海外輸出を始めたことがきっかけです。現在、当社の輸出先はグアム、サイパン、ハワイが中心です。生産量の1割程度を輸出しています。このところ3世や4世の方も自身のルーツたどりであられやせんべいを買われているようです。横浜でもインバウンドのお客さんがちらほら増えてきました。会社の直売所にまで買いに来られる外国人観光客もいます。

ーー若い客層に向けてどんな工夫をされているのでしょうか。

このところ新しい販売ルートを開拓しています。「お土産ルート」です。かつて卸先は菓子店、酒屋さんがメインでしたが、店舗数が減ってきて、いまはスーパーやディスカウント、量販店がメインとなっています。しかし、ここ10年ほどの中で、お土産として購入されるお客様がいることに気がつきました。「お土産」というコンセプトで練り直して、新しい味付けやパッケージを考え、新しい売り場で提案しています。特設会場や期間限定売り場を設けていただいたり、百貨店にもお声がけさせていただいています。最近では試しに本屋さんにも置いてもらったりもしています。

もち米100%の生地に独自の濃口醤油と厳選した唐辛子を使った本物志向の「柿の種」。若い層からも人気があり、ひとつのジャンルとなっている

100年企業への道を切りひらく4代目

ーー社長就任前も専務として経営を引っ張ってきました。大変だったことは何でしょうか。

やはり人の問題ですね。年配の社員は職人的な感覚でやっていますが、新しい人はサラリーマン的です。職人さんの働き方は「いわずとも察して」で、ある意味ニュアンスで仕事を続けてきたところがあります。それをいかに「見える化」するかに苦心しました。一足飛びにはできませんので、徐々に変えていきました。

ーーそのあたりは3代目や4代目の悩みどころですね。

正直、まだやっている途中なので、まだやりきれていないとは思います。会社を継続していく上では組織化をいかにうまくやっていくかが課題になってくると思っています。景気のいい時には無駄な部分にも目をつぶって「まあまあ」と済ませられましたが、いまのように景気が悪いと「そこにそんなにお金かけてられないよね」という風になってきます。システムを入れてひとを減らせば余裕がでてくるかもしれませんが、そう簡単な話ではありません。

ーーITの導入は?

今年はいろいろな助成金もでているので、活用させてもらっています。うちでは労務管理や会計でITを新しくしました。これまでもシステムはあったのですが、20年も昔のものなんですよ(笑)。

ーー製造業の人手不足もいわれています。

特に若い世代の絶対数が少ないのが悩みです。大企業のように余裕をもったリソース確保はできませんし、求人サイトやヘッドハンティングサービスなども採用コストを考えると二の足を踏みます。そんななか、意識しているのは地元でPRしていくことです。「こんな美味しいお菓子をつくっていますよ」「面白いことをしている会社ですよ」ということを生業を通してしっかり伝えていきたい。「そんな会社だったら働いてもいいかな」と思ってもらえるようにいくしかありません。

創業88周年の記念事業の一環である新社屋建設。「創業100年に向けて継続的に良い商品を提供するための投資と考えています」(小森さん)

点と点をつなぎ、新しい横浜をつくっていく

ーー小森社長はいま、おいくつですか。

37歳です。若いと思われがちですが、菓子業界ではいま世代交代が進んでいるので、40歳前後で継がれる方が多いんです。その関係でつながっている企業さんもあります。横浜の経営者とは異業種交流会などでよく言葉を交わしています。そこで大きな刺激を受けています。会社にこもってばかりではできないことも多くあります。外からのエネルギーをもらい、そして会社の中に風を吹かせることが大切なんです。

ーー名実ともに会社のトップになりました。リーダーとして心がけていることを教えてください。

基本的には率先垂範です。先陣を切って道を作りながら進んでいく。会社の下整備を自分でやっていこうと思っています。

ーー横浜にこだわってきた小森さんにとって「横浜的」とは何でしょう。

横浜と聞くと「都会」「開けている」と思われる方が多いかもしれませんが、私としてはどちらかというと「田舎」なんです。地域の商店主さんなんかも同じ印象の方が多いと思いますね。横浜は町やエリア単位で考えることが多い。馬車道エリア、関内エリア、元町エリアという単位なんです。お互いの顔が見えるなかでご縁があるから、コラボ商品も生まれやすいんだと思います。

ーー2020年に向けて横浜も変わりつつあります。

「点と点をつなごう」という動きが出てきています。私はもちろん、同世代の経営者層も動き始めています。これまで点=エリアで完結していたのを、点から線、そして面につなげていきたい。横浜開港150周年が2009年でした。今年は159年目になります。かつて記念イベントは山下公園エリアだけで行っていましたが、今では関内をはじめ複数のエリアでも開催しています。来年はY160=160周年です。メンバーも増え、いろいろな場所が交流することで新しい横浜を盛り上げていきたいと思います。

来年の横浜開港160周年に向けて横浜の企業経営者も活動している。「点と点をつなぎ、いろいろな場所が交流することで新しい横浜を盛り上げていきたいと思います」(小森さん)


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執筆者: 加藤陽之 - HANJO HANJO 編集長
コンピュータ関連の出版社からキャリアを始め、カルチャー雑誌などの編集長を歴任。これまで数多くの著名人をインタビューしてきた経験を活かし、HANJO HANJOでは中小企業経営者の深く掘り下げた話を引き出し続ける取材の日々。

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