斜めから見る〜今月の一冊 ③ 『自己愛過剰社会』

誰に向かってどういう効果を期待して話しているのがわかってない病

2018年8月9日
現代人の傾向としてあげられるのが「自分のことが大好き、自分を実際以上に素敵にみせる営み、それが成功の近道。しかもそれは気持ちいい」。企業の発するメッセージにも同様の傾向が出てきています。とくにSNSを通じたPR活動において顕著です。さてその流れをどう分析すればよいのでしょうか?

 以前所属していた会社で、「君が手続きなしで残業すると会社の利益が増えるから嬉しいんだ。そうして欲しいんだよね?」経理の人からパワハラでも皮肉でもない様子で平然と言われてたまげたことがあります。そのことで言いたいのは「あの会社はブラックだった!許せない!」ということではなくて、むしろかなり優秀だった彼が、自分と相手の利害を判断したうえで言う内容を変えるということができていなかったということです。彼の名誉のために言うと、その後、どれほどかの人生経験でわかったことは、内勤とくに総務・経理部門に長く居ると、こういう利害関係を見ながらの物言いを、社内とくに従業員に対して忘れがちです。営業職はこういうプロトコルを決して間違えません。間違えたら仕事がとれませんので。

 経済的利害だけでなく敵味方という感覚は、わりかし早めに身に付ける、子供でもできているコミュニケーションの儀礼というか鉄則です。嫌いな子や強い子がいたら迂闊なことを言わないとか、仲間だけの秘密があるとか。言うことにオモテウラがあるというと聞こえは悪いですが、社会を渡るうえに必須の使い分け能力です。比較的最近のコミュニケーション手段であるメールにおいても、To:とCC:、BCC:の使い分け、またそれぞれに何を言うかは極めて重要な問題です。とはいえ、相手が直接見えないだけにしばしば判断を見失いがちで、取り返しのつかない痛い目にあうことも多いです。

 そして昨今、大いに浸透してきているコミュニケーション手段であるSNS(TwitterやFacebookやLINEの類)について、こういう決め事が雑になっていると感じませんか。「言う側」でいうと、意識するしないにかかわらず周辺にいる人が偏ったり──つまり誰かに嫌われていたり、「言われる側」でいうと、定常的にイライラしたり焦ったり嫌な気持ちになったり──ふだん人を嫌わないような人でもそう感じます。

 「自分と相手の利害や敵味方の違いを判断して、相手に何を言うか、何を言わないかをか決める」という決め事を反対からいうと「誰に向かって、どういう状態になることを期してどういう形式で発言するか(あるいは発言しないか)を決める」ということです。相手がどういう気持ちになるか、どうしたくなるかをわからずに声を発しているのなら、それは犬猫や虫なんかと一緒です。いや、生き物も無駄吠えはしない。効果に向けて鳴いているでしょう。

 こういう困った状態に対して、「対話能力が欠如しているのだからそれを矯正するためにトレーニングしましょう」というのではなく、「ああ、それは社会に蔓延している病気なのですよ」というのが、今回ご紹介する本『自己愛過剰社会』から読み取れるメッセージです。──ようやく今回の本論。

 周囲の人がみせる行き過ぎたナルシシズム(自己愛過剰)をうけて、不愉快だと思う心、またかといって、いちいちイライラするのも大人げないなと思う心はごく自然な感情だと思います。ところが、社会全体が(本書によればアメリカ発で)、「ナルシシズム、結構じゃないか!むしろ、そうでなきゃ」とばかりに暴走してしまっている現状について憂いているのが本書です。註も含めて392ページもある難しそうな本ですが、研究書・専門書ではなくて、「こんな困った人がいるんですよ」「そういうひとは、こう解釈しないとやりきれません」ということが書き連ねられているので、共感できる人はすらすら読め、自分を省みて少しでも恥じるひと、昨今のSNSの世の中を苦々しく感じているひとはすらすらと読めます。

 本書の言うところ「自己愛過剰社会」が個々人の資質の問題ではなく、救いがたい社会的な病となっている原因と背景は以下の点です。

・「(世の中は苛烈な競争社会なのだから)自分を強く美しくみせ、ときには実高以上に強く美しく見せないと、生き残ってゆけないのだよ、という勘違い。
・さらに「成功者はそうしているし、あなたにもそう振る舞っていい資格があるのだよ」という空気。
・「わが子は褒めて褒めて、自信を持たせて育てた方が、良い子が育つのだよ」という思い込みが行き過ぎたものとなっていること。
・「自分のことが大好きで自画自賛することは気持ちのよいことで、それを見せられる人にとっても最初のうちは何だか気持ち良いということ」
・「自分大好き人間・見栄を張って自分を大きく見せようという人間と、それを見ながら〈いいなあ〉と感じている人間は、企業にとってはともに大消費を促してくれるとても都合のいい存在なので、この風潮を焚き付けることに躊躇がないということ」。
要は、ものを言う側・言われる側・企業・社会をあげての共益共犯関係。救いがないのです。

 「自分のことが大好き、自分を(実際以上に)素敵にみせる営み、それが成功の近道。しかもそれは気持ちいい。」という方針があまりに強力なので、企業・事業の発するメッセージもそういう傾向が出てきているように思います。とくにSNSを通じたPR活動において。私としては、その〈気持ちのいいリンク〉に乗っかる側というよりは、どちらかといえば〈本書に与する〉側に立つので、そうでない皆さんには古今亭志ん生師匠のことばを送りたいのです。「お客さんをたのしませるのが仕事であって、自分がたのしんじゃいけません」。
●今月の一冊
『自己愛過剰社会』
ジーン・M・トウェンギ、W・キース・キャンベル/河出書房新社

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執筆者: 長沖竜二 - スモールビジネス調査員
『現代用語の基礎知識』編集長、『小さな組織の未来学』編集長などを経て、現在、公共施設業界のコンベンション運営、中小事業者やまちづくりについてのメディア取材・編集などを行っている

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