どうする?事業承継! 貸切バス業界の今すぐ取り組むべき課題

中小規模貸切バス事業者対象の「事業承継支援プログラム」

2018年7月26日
中小企業の事業承継は日本全体の大きな課題です。バス業界も同様ですが、これまで事業承継はほとんど問題となってきませんでした。しかし、今後は一気に急増することが予測されます。その解決の一助となるのが、貸切バス事業者を対象にした「事業承継支援プログラム」です。

高速バスマーケティング研究所株式会社 代表 成定竜一氏

 この度、筆者が経営する高速バスマーケティング研究所株式会社では、主に中小規模の貸切バス事業者を対象に、「事業承継支援プログラム」の提供を開始した。当社および事業パートナーである株式会社サポートエクスプレス(ともにバス事業者を対象としたコンサルティング会社)の2社が、事業承継支援を得意とするコンサルティング会社ら2社と新たに提携し提供するサービスである。

 中小企業の事業承継は、多くの業界に共通する、我が国全体の大きな課題である。高度経済成長期からバブル期にかけて独立起業した、主に「団塊の世代」にあたる創業経営者がいっせいにリタイアの時期を迎えることが背景にある。後継者難により経営を引き継ぐタイミングを失い、創業経営者はずるずると高齢化し変革を目指す意識や投資への意欲も低下する中、企業の体力が失われるのだという。また、創業経営者が突然亡くなったりすると社内が大きく混乱するうえ、技術も営業もすべて経営者一人に依存していて事業の継続さえ難しいことがあるようだ。

 バス業界においても、今後、そのようなケースが増えるであろうという点は、他の業界と共通である。ただ、これまで事業承継はほとんど問題となっておらず、それにも関わらず、今後は一気に急増することが予測される。業界固有の事情とその事情の変化により、問題が急速に噴出することになりそうである。その事情とは以下の通りだ。

「バス事業者向け『事業承継支援プログラム』発表会」風景。事業承継を考えるバス事業者の経営者を中心に、多くの参加者が熱心に耳を傾けた

 まず、貸切バス業界では、2000年の道路運送法改正により需給調整規制が撤廃された。それにより新規参入が自由となった。あわせて、運行の安全性や経営の安定性を担保する目的で設定されている最低車両数が5台に引き下げられた。すなわち、保有車両5台、従業員7~8人といった小規模な事業者でも貸切バス事業に自由に参入することができるようになったのである。2000年に2112社であった貸切バス事業者は、5年後(2005年)には3581社にまで急増した。2016年現在では4512社ある。
 規制緩和による新規参入ラッシュから本年で18年が経過し、たとえば50歳前後で大手バス事業者から独立起業したような経営者であればまもなく70歳を迎える。規制緩和という明確なトリガーがあった分、経営者の高齢化も一気に進む。

 さらに、市場環境の変化がある。このコラムでも何度か紹介したように、インバウンドが急激にFIT(個人自由旅行)化したことで、団体ツアー用の貸切バスの需要が急減した(代わりに、個人旅行に使われる高速バスや定期観光バスの利用が増えている)。インバウンドの団体ツアーは、以前はコスト(貸切バスのチャーター代)に非常に敏感であったうえ、当日になって急に乗客数や立ち寄り地点が変更になるなど大手事業者の運行管理体制では対応が難しかったので、中小事業者の独壇場であった。その市場が急にしぼんだのである。
 また、貸切バス運賃(チャーター代)は、2000年の新規参入ラッシュ以降、低価格競争が進んでいた。ところが重大事故が相次いだことを請け、2014年から新運賃・料金制度が導入され、勝手に割り引くことが許されなくなった。インバウンドツアーの急増による稼働率上昇と新運賃・料金制度による単価上昇が重なり、2016年までの2年間ほどは貸切バス事業者にとって「バブル」であった。だがそのバブルが終わってしまえば、今度は新運賃・料金制度が足かせとなって低価格を提示することさえ困難になった。

 彼らは、規制緩和後の参入以降、運行コストを切り詰め(それは、ほぼ、乗務員の人件費と安全対策を最小限に抑えた、ということと同義であり誉め言葉ではない)低価格で仕事を獲ることを続けてきた。自転車操業が続き、経営者も生活のために稼ぐだけで「社長」としてのいい思いはできなかったかもしれないが、逆に言えば、少なくとも低価格を提示すればさえ最低限の仕事はもらえた、ともいえる。だが、わずか2年の「バブル」のあと、おいしい市場も、価格という武器も失ってしまった。

株式会社サポートエクスプレス代表 飯島勲氏。基調講演では「バス業界の次の課題 “事業承継”の基礎」を語った

 さらに、相次いだ事故を受け行政の監査体制は強化されており、一度の監査を端緒に事業許可取消処分につながった例(いわゆる「一発退場」)さえ生まれるなど、法令順守と安全性向上のために回すべき費用は明らかに上がっている。国から与えられる貸切バス事業許可は、5年ごとの更新制がこのたび導入され、初年度(2017年度)には、対象事業者の1割以上にあたる87社が許可更新を辞退し廃業に追い込まれた。さらに、国全体の人出不足により乗務員不足も顕著で、待遇を改善しなければ「人手不足倒産」のリスクさえある。中小貸切バス事業者を取り巻く環境は急速に悪化しているのである。
 この苦境に必要なのは、「イケイケどんどん」の創業経営者ではない。だが、そのような経営者の元では、親族(たとえば息子)や役職員(いわゆる「番頭さん」)といった後継者候補は、経営者のパワーの前に委縮しつつも依存しきってしまい、次期経営者としての当事者意識やリーダーシップ、経営に関する知識やセンスを体得していない。業界が、一部の「老舗、大手」と「新規参入、中小」に完全に二分されており、「後継ぎ息子が学校を卒業したら、大手事業者や取引先にあたる大手旅行会社などに就職して勉強させてもらう」というような習慣も生まれていない。
 そこで、この度の「事業承継支援プログラム」では、まず「後継者候補が親族または社内にいるか、いないか」を確認する。「いる」場合は、組織づくりやリーダーシップを得意とする経営コンサルティング会社(G-ソリューション株式会社)が後継者を育成し、組織を固める。「いない」場合は、外部への売却を目指し、それをM&A支援を得意とする株式会社AllDealがサポートする。経営者の年齢に余裕がある場合は、必ずしも最初にどちらかに絞ることなく、一緒に戦略を描くことになろう。

G-ソリューション株式会社 代表取締役 三宅潤一氏。後継者が「いる」場合を担当。組織づくりを得意とする経営コンサルティング会社として、後継者を育成し、組織を固める

株式会社 AllDeal 代表取締役 松葉重樹氏。後継者が「いない」場合、外部への売却を目指し、M&A支援をサポートする

 筆者が見る限り、このような中小事業者の経営者らは、決して怠慢ではない。バス事業への熱意は大きく活動量も多い。一方、バス事業には安全性担保のため驚くほど細かい部分までレギュレーション(法令)が定められているが、そのような法令に関する知識、およびそれを現実のオペレーションに落とし込むノウハウが少し足りない人が多い。「意識」はあるが「知識」が不足しているのだ。法令順守や安全性の問題は、創業経営者ならではの嗅覚やリーダーシップによって「なんとかしてきた」というのが現状だろう。
 もし、彼らが年齢や体調の問題で突然リタイアを余儀なくされたり、バス事業に関する知識を持たない異業種企業に売却したりすれば、企業としての経営以前に、法令順守や安全な運行さえ心もとない。この点が、これまでまったく関心のなかった事業承継の分野でも、彼らのお手伝いせねばと筆者が考えた理由である。

 なお、筆者としては、今回提携した2社のような様々な分野の専門家と提携し、その知見をバス業界に投入いただくお手伝いも自分の役割の一つだと考えている。筆者が「通訳」役を担うことで、専門家はバス事業への理解を深め、バス事業者は「いつもの言葉」で話せば専門家に伝わるのである。バス乗務員に特化した求人情報サイト『バスドライバーnavi(どらなび)』や、バス事業の現場(乗務員やバスターミナルのスタッフ)に特化した英会話研修といった事例は既に業界で好評を頂いている。今後とも、バス事業者のニーズを先読みし、彼らに必要と考えるサービスを提供し続けていきたい。
  • 事業承継と親族後継者の「学び」

    今日の中小企業の最大の問題でもある、円滑な事業承継による存続と発展。問題は、「うまく受け継ぐ」ことだけにあるのではない。広い意味での「学び」をどう位置づけ、実行するかにより、事業承継と世代交代の「成否」も相当に左右されると痛感する。

  • NHKドラマ『マチ工場のオンナ』 事業承継を克服する姿に希望を見出す

    NHKで金曜夜10時から放送されている『マチ工場のオンナ』は、父の有元泰造(舘ひろし)の死によって、自動車用のゲージを作る町工場の社長に就任することになった32歳の主婦・光(内山理名)が主人公のドラマだ。思った以上に物語の展開が早いので、どこに着地するのかわからないが、町工場の苦しい現状を描きながらも、希望を感じさせるような結末となるのではないかと期待している。

執筆者: 成定竜一 - 高速バスマーケティング研究所株式会社代表
高級都市ホテルチェーンを退社後、06年に楽天バスサービス株式会社に入社。楽天トラベル「高速バス予約」サービスの事業責任者を経て、同社取締役に就任する。11年に退職すると、高速バスマーケティング研究所を設立。国土交通省「バス事業のあり方検討会」委員(10年度)、「国内観光の振興・国際観光の拡大に向けた高速バス・LCC等の利用促進協議会」(15年度~)などを歴任する。

成定竜一新着記事

  • 急速にFIT化するインバウンド市場。新しいタイプのバス商品が登場

    第5回「高速バス・マネジメント・フォーラム」では、「自動運転バス」「個人旅行化が進む観光」「バス事業者の広報」という3つのテーマに沿って、多くの講師が登壇。興味深かったセミナーを紹介しよう

    2017年12月28日

    成定竜一

  • どこかおかしい「バス」への期待 ~観光産業、行政の皆さんへ~

    高速バスを運行するバス事業者は、地元で幅広く生活関連産業を展開する「地元の名士」が多い。地元の中小企業経営者にとっては雲の上の存在になってしまっていて、その声を拾い上げることさえできていない。一方、デスティネーション側には、バスは、七福神が乗ってくる「宝船」のように、海の向こうから宝物を乗せてやってくる有難い存在だという誤った認識がいまだに残っている。

    2017年11月10日

    成定竜一

  • 新たな「フェニックス族」――都市と地方の新たな関係

    高速バスの歴史を考える際のキーワードの一つに「フェニックス族」という言葉がある。鉄道だと大回りで相当時間がかかる宮崎~福岡間で、宮崎交通と西鉄らが、共同運行の高速バスを運行開始したのは1988年だ。次々に増便を繰り返し現在では29往復という人気路線に成長した

    2017年9月12日

    成定竜一

  • バスツアーも「超豪華バス」の波。高速バスとの違いは?

    首都圏~京阪神を結ぶ夜行高速バスに、「完全個室」などの超豪華車両の登場が相次いでいることは以前ご紹介した。実は、都市間を結ぶ夜行高速バスのみならず、旅行会社が企画するバスツアー用の貸切バスの分野でも超豪華バスが続々と登場している

    2017年7月19日

    成定竜一

  • 「旅に出る価値を生む仕組み」を再構築できるか?

    我が国のツーリズム産業は、変化すべき方向性を理解しているように見えて、その変化はなかなか進まない。本当に「旅行者一人ひとりが、自身の興味関心に基づく内容のオーダーメイド旅行を、ストレスなく予約し、ストレスなく実行できる」環境が実現するためには、商品(往復の交通、現地での観光や宿泊)サイドと、流通(「行ってみたい」と感じる→旅程作成→予約完了まで)サイドの両方が、バランスを取りながら変化し続けなければならない。構造的な変化を求められているのだ。

    2017年6月26日

    成定竜一

  • 「爆買いツアー」終焉で貸切バス需要が急減、バス業界の今後は?:2

    インバウンドの旅行形態が昨年から急速に変化した。1.個人化 2.全国化 3.体験化した。バス業界では、貸切バス分野が失速し、インバウンド対応の主役が高速バス分野へと交代しつつある。では、貸切バス事業者にとってマイナスばかりなのだろうか?

    2017年5月29日

    成定竜一

  • 「爆買いツアー」終焉で貸切バス需要が急減。バス業界の今後は?

    2016年春から夏にかけてバス業界に大きな変化が起こった。中国からのインバウンド・ツアーが急減し、貸切バスの稼働率が低下したのだ。中国からのツアーへの依存度が大きかった事業者では、稼働は半減したという。インバウンドはバス業界にとって一時的な現象だったのか?

    2017年3月21日

    成定竜一

  • 「完全個室」超豪華高速バス競争が勃発、各社の戦略は?

    今年に入り、高速バスに「超豪華車両」の登場が続いている。先陣を切ったのは「ドリーム・スリーパー2」。超豪華車両は、主に東京~大阪間に投入される。東京~大阪というといかにも大動脈だが、実は高速バスにとって開拓が遅れていた市場だ。

    2017年2月9日

    成定竜一