斜めから見る〜今月の一冊 ① 『アリ対猪木』

何が “the Greatest”なのか? 何が “King of Sports”なのか?

2018年5月22日
新参者は負けてはいられません。若いうちに負けが込むと、益々萎えさせられてしまうひどい時代だからです。それで今こそ読んでいただきたいのが、モハメド・アリ、そしてアントニオ猪木についてです。

 「アントルプレナーシップが必要だ」などと言いながら、どうにも手詰まり感のある現代です。何を始めようにも大概は先客が座っていて既にルールを決めている。まずいことに、世の中全般に知恵がついてきてるから、そいつらはちょっとやそっとじゃ下手を打たない。おまけに金までもっていて、席を譲ってくれない。グラスシーリングというやつです。

 だけど、新参者は負けてはいられません。若いうちに負けが込むと、益々萎えさせられてしまうひどい時代だからです。それで今こそ読んでいただきたいのが、モハメド・アリ、そしてアントニオ猪木についてです。圧倒的な才能があっても、人の数倍努力しても破れない壁がある。そこで彼らはをどうしてきたか。本書はその入門書です。

 この2人には、マニアや信者が大勢おり、そのレジェンドについても内幕についても語り尽くされている感はありますが、特に2人に思い入れのない方を対象に、彼らのビジネスセンスやセルフマネジメントについて読んで学んでほしいのです。

 もっともアリも猪木も、結果だけみると、ビジネス面で、マネジメント面でヤレヤレと思う場面は多々ありますし、特に晩節はどうにもこうにも、といったものです(猪木は存命中)。それでもなお2人が開拓し続けてきた“自分マーケット”は、教訓に満ちています。

 2人のやり方の基底にあるのは、「見下されているとき、軽んじられているとき、敵が多いときにどうふるまうか」ということです。新参者は、余程の幸運に恵まれているか、銀のスプーンを咥えてきたかでなければこのマナーは学んだ方がいい。

 アリ(最初のうちはカシアス・クレイ)は公民権運動以前にアメリカのどちらかといえば南の方で生まれ育った黒人です。プロボクシング界はすでに黒人ボクサーが主流でしたが、ボクシング界のルールと構図を決めていたのは白人社会です。ざっくりいえば「白人社会が〈好ましい〉と感じるような筋立ての成長物語を地で演じている黒人ボクサーが勝つしくみ」になっていました。つまり「ならず者の少年時代を送ったけれど、求道的な自己抑制が勝つための条件であるボクシングにふれたがゆえに紳士的になり成功もする」という筋立てです。

 しかし、それではいつになっても、ルールを決めている者以上にはなれない。そこで、アリが選び学んだマナーは「悪役であることがむしろ人気(=お金と名声)に近づける」というプロレスの流儀です。「お前は見た目がよくて体もすばらしいから、お前の大口を閉じさせるやつが現れないかと、大勢がカネを払って見にくるだろう」「だから自慢をして大口を叩き、言語道断な奴でいつづけろ」とプロレス界の先達(ゴージャズ・ジョージ)にいわれて、嫌われ役(ヒール)に開眼します。その流れの先に、1976年のアリ-猪木戦でアリ側のセコンドに居たプロレスラー、フレッド・ブラッシーがいます。そうだ、この「敵役を演じることで、実力突破以上の可能性(=金と成功)を得る」という手法とロジックについては、『フレッド・ブラッシー自伝』(エンターブレイン)のほうがより実践的に学べるかもしれません。

 一方、猪木のほうです。猪木の前半生期、日本のプロレス界は優良産業であったにせよ、入門時、すでに“先客”として力道山を頂点としたピラミッドがあって、それを出し抜いて目立ち、成功(=金と名声)を得ようなどとは“許されない”状況でした。ピラミッド(秩序)を守るというストーリーの上に立った産業だったのです。おまけにプロレスそのものがいぶかしがられている産業です。「見下されている、軽んじられている」わけです。先客の敷いた破ってはならない秩序の下、必殺技で目立つのを許されない下、猪木が差別化として行ったのは「他の選手との練習量の差を試合の中で強調することだったという」(流智美)。つまり、実力はそれ自体で正面突破できないときでも、援護射撃としての“物語”は構築できるということです。

 本書は、アリそして猪木のそういう、“現状突破のための物語構築”が昂じ昂じた末の「アリ-猪木戦」を軸に書かれているものです。

 こうつらつらと書きつつ、傑物の評伝から成功の鉄則を読み取るというのは他にもっといいのがあるだろう、という方も多いでしょう。それでもなおこの2人がおすすめだというのは、両人が「詩人だ」ということです。社会のいちばん厚みのある層に直撃する、挑発的で、心動かす言葉をもっている。本書にも他の評伝にもいくらでも埋まっているので、拾って真似るといいです。

 他にも「自分の粗忽さ、軽率さをいかに味方につけるか」とか、「ルールと枠組みにはこだわり続けよ。その主導権をとれ」等々、いろんな教訓が得られます。

 ちなみに本当のことをいうと、もっとクドクドと書いてある本でアリ、猪木について読んだ方が得るものは多いでしょう。前者でいえば『モハメド・アリとその時代』(未来社)、後者でいえば『1976年のアントニオ猪木』(文藝春秋)ですが、本欄の読者の多くは、おそらく本を読むことそのものがお金になるという仕事ではないと思うので、このあたりにしておきます。

 読んだ後は・・・おそらく精神や頭だけでなく、なぜか身体まで鍛えてみようかな、そういう気になっているはずです。無論、それも悪くない。
●今月の一冊
『アリ対猪木 アメリカから見た世界格闘史の特異点』
ジョシュ・グロス著/亜紀書房
  • 斜めから見る〜今月の一冊 ④『シリコンバレー式頭がよくなる全技術』

    今月の一冊は、シリコンバレーの経営者で、かつてはすごく不健康に太っていたこれまた典型的なアメリカ人で、それを単純で前向きで疑わない方法で克服した、最強の脳をもってスタイルも改善した経営者によるハウツー本です。今どきのアメリカの経営者スタイルがぷんぷん溢れてて、そうなりたい人には、おすすめしたくなる内容です。この一冊を長沖さんが「斜め」から分析します。

  • 斜めから見る〜今月の一冊 ③ 『自己愛過剰社会』

    現代人の傾向としてあげられるのが「自分のことが大好き、自分を実際以上に素敵にみせる営み、それが成功の近道。しかもそれは気持ちいい」。企業の発するメッセージにも同様の傾向が出てきています。とくにSNSを通じたPR活動において顕著です。さてその流れをどう分析すればよいのでしょうか?

  • 斜めから見る〜今月の一冊 ② 『戦争にチャンスを与えよ』

    サッカーのフィールド上や土俵上で起こることの行動基準について、一般社会の常識を被せるのがブームとなっています。道徳や精神を世の中で一本化するというのは、“わかりやすく”“便利で”“正しい”とは思いますが、経営という場面でそれが絶対的に正しいアプローチなのかどうかはわかりません。

執筆者: 長沖竜二 - スモールビジネス調査員
『現代用語の基礎知識』編集長、『小さな組織の未来学』編集長などを経て、現在、公共施設業界のコンベンション運営、中小事業者やまちづくりについてのメディア取材・編集などを行っている

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