今月の1冊『「富士そば」は、なぜアルバイトにボーナスを出すのか』

2018年1月30日
中小企業やスモールビジネス関連の書籍をとりあげ解説する「HJHJ書評」。今月の1冊はおなじみ「富士そば」の丹道夫会長による新書です。富士そばが従業員を大切にする理由は何なのか? いわゆる「ブラックーホワイト」論から、富士そばの経営哲学を考えます

『「富士そば」は、なぜアルバイトにボーナスを出すのか』(丹道夫/集英社新書/799円)

■富士そばの何がホワイト経営なのか?

 経営者本は分が悪い。「どうせ金払って書かせてるんだろう」「都合のいいことしか書いてないだろう」「良い人っぽいふりしてるけど実際は違うだろう」「ほんとに大事なことを人にいうわけがないじゃん」「自慢を聞かされるだけだ」「この前読んだのと事実関係が違うぞ」などなど、手に取られる前からそういう辛口の目線にやられている。毎日読める「私の履歴書」で食傷気味だということもあろう。

 しかし、この際だから言っておこう。読み手の皆さんは、どうして経営者本に対しては、急に批評家や研究者になるんですか。ともあれ流して読んでみたらどうですか。また、経営者本を経営書だと思って、TIPSなどを期待するのもやめましょう。何しろ本書では、丹道夫会長みずからが「いくら会っても情報をくれない人もいます。それは経営者です。…甘い話は流れてこないのです。」と書いているくらいだ。じゃぁ、この本だめじゃないすか(実はそうでもない)。

 とはいえ、余所の社長に嫉妬するとか、毒づくというのも、人の愉しみのひとつなので、そういう読み方を否定はしませんが。

 さて、本書の著者である丹道夫さんの生涯については他でも読むことができて、また人間というものへの信頼を根底においた彼のフリースタイルな経営についても採り上げられることが多い。“ホワイトな人”“ホワイト経営”の代表格なので、“ブラック経営”が取り沙汰される昨今、本書が出るのも頷けるところ。

 ただ、その丹社長ですらが、経営者本読みの意地悪な目線からは逃れられまい。血の繋がらない父から冷たくされ不遇~何度も上京~上手くゆかずに職を転々~よい人との出会い~いい時期もあれば借金だらけの時期もある、時流と客の心をつかむことと感謝の気持ちの大事さ~後継の息子へ託す…ざっと言えばこのような“履歴書”には、読者は既視感があるかもしれない。典型的な話なんじゃないか? おまけに会長は、演歌が好きで作詞家になる~店でも流す、「ワンマンか?」となれば、いかにホワイト経営者の誉れ高い丹会長でも、「ダウト」の気持ちは高まってゆく。退屈そうだ。よくみるあの手の本でしょ。

 しかし、ま、そうは言わず、読みすすめよう。何しろパワーに溢れている。

 さて、世の中の仕事はふたつに分けることができる。悪意や敵意、騙しや出し抜き、追い込み、マウンティングがなしには成り立たない仕事と、そういうものがほぼない仕事だ。そして、立ち食いそばは後者の仕事だ。立ち食いそばを憎んでいるひとはほぼ居るまい(むかしは町の蕎麦屋が憎んでいたかもしれない)。そしてフード系が全部そうかというと、そうでもなかったりするところは難しい。ともかく丹社長はそういう“場”に巡り合った。──そば屋だけに“ダシ抜く”ようなことはしない、か。

 となれば、客を迎え、営業していくに際して、迷いは要らない。「やる」だけだ。お客と従業員の信頼と幸福感の環が膨らむようにアクセルを踏む込むのみだ。そう確信した時の、丹会長の踏み込み具合は、本書をエンタメとして読んでも価値があるレベルだ。言葉のキレも抜群だ。

 一方、“反対側”の仕事に出会っている人にとっては、この「イイ人話」は積極くさく、道徳くさく感じるだろう。違うレールに乗っている人に道案内をされても見当違いだということだ。レールを敷き直すのはまた別の話なのだし。

 ちなみに、前者(誰かにストレスを加える側)の仕事が悪いとは言わない。悪いというのは「肉食動物は悪だ」というのに近いもの言いだ。業務内容に要求される客対応の構造的なハードさ-ソフトさと、従業員に対する待遇のブラックーホワイトが、どれほど関連しているものかわからないが、しばしば両者は混同されている。そこが、巷間、ブラックーホワイト論のまとまらないところだ。だからブラック会社をホワイトにしようというのは、この本の守備範囲ではない。ブラックーホワイト論の解答を求める人は別の本を読んでください。

 何やら上げたり下げたりだが、本書にある個々の考え方やフレーズは、掛け値なしに「経営について考えさせる種」として質が良い。種明かしになるのでここでは書かないが、冒頭に記した意地悪目線を捨てて最後まで読み着いた人はそれを得ることでしょう。
執筆者: 長沖竜二 - スモールビジネス調査員
『現代用語の基礎知識』編集長、『小さな組織の未来学』編集長などを経て、現在、公共施設業界のコンベンション運営、中小事業者やまちづくりについてのメディア取材・編集などを行っている

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