グローバル化対応コミュニケーションと言葉の壁

2016年7月15日
欧州中小企業の日本での事業展開に関する調査を行ったが、ここでの悩みの一つは、日本でスタッフを採用したくても、技術や専門分野に秀でているひとも言葉でダメ、エイゴ使えない、むしろ避けたい人が多い現実で、人材問題で行き詰まるというのである。
 たまたまテレビをつけていたら、「メーデー」という番組をやっていた。これは航空機事故の再現と原因究明のドキュメンタリーシリーズで、ちょっと悪趣味かも知れないが、かなり見ている。

 今回は1991年に起きた、アビアンカ航空の052便というのがニューヨークケネディ空港着陸寸前に墜落、多くの死傷者を出した事故を取り上げたのだが、その直接の原因となったのが、乗員と空港管制の間のコミュニケーションギャップであったと解明されている。たまたま私の持っていたThe Black Boxという本にも、このときの交信記録がそのまま掲載されているので、よくわかる。

 長距離の飛行、悪天候、空港混雑などで同機は燃料切れに陥り、ともあれ緊急着陸できれば助かったのだが、空港管制は事態の緊急性を理解しないままであった。同機の副操縦士は交信の中で「emergency!」の語をついに発しなかった、その代わりに「priority」の表現を用いたのだが、これはスペイン語では相当の重大性を示すものだという。しかしその深刻さは理解されず、待機ののちにようやく着陸に入ったときには、エンジンが全部停止してしまったのである。

 事故寸前という危機状況下では、コミュニケーションのずれは致命的である。けれども、当然ながら異なる文化・言語の地に行けば、そのようなギャップを経験させられることも少なくない。グローバル化対応を否応なく求められる今日、日本の企業関係者も、どんなところで、どんな相手と対話し、意思疎通を図らねばならないか、想像を超える事態を常に覚悟せねばならない。

 日本語という、世界の言語のうちではかなり特殊で、「閉ざされた」性格の濃い言語を母国語とする立場からすると、ソトの世界での対話の困難は自明である。難しく言えば、日本語は日本の文化と生活に伴う「ハイコンテクスト」な状況下で機能しているのである。しかも、近年増加している中国からの留学生諸君と対話していると、同じ漢字圏だと言っても、コンテクストの違いからの理解のずれ、誤解は日常的にある。留学生諸君が日本語に相当堪能であっても、間違いは生じるのである。

 ましてや、我々が英語圏などに行って、英語などで対話しようとしても、苦労は絶えない。「だいたい、そんなこと学校の英語で教えてくれなかったよな」とぼやきたくなるようなことは少なくない。

 私も在英経験などから痛感するが、日本語のように敬語表現がいっぱいあってややこしいのとは違い、英語はシンプルだなどというのはとんだ勘違いであり、実は話し言葉書き言葉含めて、「敬語」的な言い回しは多々あるのである。そうした勘所を知り、困難と障害を乗り越える努力なしには、取引も仕事もなかなかはかどらない。

 最近私は欧州関係の委託で、欧州中小企業の日本での事業展開に関する調査を行ったが、ここでの悩みの一つは、日本でスタッフを採用したくても、技術や専門分野に秀でているひとも言葉でダメ、エイゴ使えない、むしろ避けたい人が多い現実で、人材問題で行き詰まるというのである。

 このご時世にと言いたくなるものの、それが現実なのだろう。そしてその壁を越えるには、学校のお勉強だけでなく、やはり異文化異言語の社会で経験を積み、コンテクストの差異を肌身で実感蓄積することが避けられないのではないだろうか。

 私の在英中の話しである。滞在していた大学研究所の所長、ロバートと会話していて、「私は歩いて行くよ」とのつもりで、「on foot」と言ったら爆笑されてしまった。「そういうのはby walkingでいいんだ、on foot なんて言われると、裸足でパタパタ歩いて行くみたい」という。こちらは学校でそう習ったんだけど、と言ってみても、どうやら古すぎるエイゴ表現らしかった。
執筆者: 三井逸友 - 横浜国立大学名誉教授
横浜国立大学名誉教授、嘉悦大学大学院客員教授。慶應義塾大学経済学部 大学院を修了後、駒澤大学、横浜国立大学に勤務。日本中小企業学会の常任理事で、07年から約3年間に渡り同会長を務める。主な著作に『中小企業政策と「中小企業憲章」』『21世紀中小企業の発展過程』がある。

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