日本中小企業学会大会と、「地方創生」の課題

2016年9月27日
日本中小企業学会の第36回全国大会が開催された。大会では「『地方創生』と中小企業ー地域企業の役割と自治体行政の役割」と題し、まさに日本の経済社会の当面する最大の問題とも言える「地方創生」を正面から掲げるものであった。
 今年の9月9日から11日の間、明治大学で日本中小企業学会(http://www.jasbs.jp)の第36回全国大会が開催された。私はこの学会の元会長で、現在も理事をやっているので、いろいろな意味で個人的にも重要な行事である。

 学会大会では、主に若手の研究者らの研究発表の各分科会とともに、その時々の「統一論題」にもとづく全体会、またこれに関連する「国際交流セッション」(信金中金の協賛により開催)を開催する慣例となっている。今次大会では「『地方創生』と中小企業ー地域企業の役割と自治体行政の役割」と題し、まさに日本の経済社会の当面する最大の問題とも言える「地方創生」を正面から掲げるものであった。

 国際交流セッションでは、米国アイオワ大学都市地域計画学部のHaifeng Qian助教授、英国エジンバラ大学ビジネススクールのFumi Kitagawa専任講師が登壇し、「地域の起業家エコシステムにおける大学の役割」、「英国の大都市地域圏における起業家エコシステムの力を引き出す中小企業の役割」との講演をそれぞれ行われた(司会は寺岡寛中京大学教授・学会会長と私)。ちなみに、北川文美氏はもちろん日本出身、英国バーミンガム大学で博士号を取得した才媛で、私は10年以上前に在学中の同大学都市地域研究センターで出会っており、久しぶりの再会だった。

 大会第二日の統一論題の方では、冒頭に豊永厚志前中小企業庁長官が登壇され、本年版『中小企業白書』を踏まえ、「中小企業の変化と稼ぐ力」と題して、近年の中小企業と地域経済をめぐる状況、中小企業政策の課題と取り組みを詳しく紹介し、生産性を高め収益力を増す中小企業の多様で活力ある成長発展の追求、国富の増大・一億総活躍・地方創生に寄与する可能性を指摘した。

 続いて、久保田章市島根県浜田市市長が「地方都市における地方創生、地域中小企業への期待と自治体支援」と題し、また岡室博之一橋大学教授(次期の中小企業学会会長)・西村淳一学習院大学准教授が「自治体による地域中小企業への研究開発助成」と題し、それぞれ基調講演を行った、これらにもとづき、予定討論者の松永桂子大阪市立大学准教授、本多哲夫大阪市立大学教授をまじえ、6名の登壇者による自由討論が、安田武彦東洋大学教授、今喜典21あおもり産業総合支援センター理事長の司会のもとで活発に行われた。統一論題のみならず各分科会発表でも、地域経済や地域産業の研究が目立ったのも特徴的である。

 言うまでもなく、多くの地域経済の直接の担い手は地元の中小企業であり、その盛衰がいわば運命共同体の関係にある。そして残念ながら、多くの地域は深刻な経済不振と人口減少という衰退状況を迎えている。久保田氏が市長を務める浜田市など、島根県西部・石見地方には私も調査に参ったことがあるが、過疎化は顕著なものがあり、最盛期は9万人近くを数えた浜田市(合併前の町村を含めて)の人口は5.6万人にまで減少し、65歳以上が占める高齢化率は35%を超えている。

 3年前に就任した久保田市長は、なんとしても人口減少を食い止め、経済を活性化し、就業と所得の機会を広げるように行政あげて取り組んでいる状況を語り、特に地域の中小企業や農漁業者らの生み出す優れた産品や製品の市場を広げるべく、浜田市産業振興機構を市直轄として、市長が先頭に立って売り込みに努めているという。また同市は「ふるさと納税(寄附)」の金額でも全国有数であり、「お礼の特産品」に注目が集まっているという。

 実は久保田章市市長は銀行員を長く勤め、私の指導担当下に横国大大学院でも学び、その後法政大学教授を務めたのち、故郷の浜田市長に迎えられたのであり、「三足のわらじ」を履いた人生を歩んでいることになる。文字通り「学究・教壇から現場へ」と挑戦を続ける久保田氏の不屈の魂には本当に頭の下がる思いだが、この学会の場では十分に言及されなかったところにも、私は注目した。

 ひとつには、近年メディアでも取り上げられた、「シングルペアレント」家族らを招き、高齢者福祉などの仕事と住まいを提供し、人口減に歯止めをかけ、地域に若い力を取り込もうとする浜田市の動きである。私が以前に同市を訪問したのは、こうした地域福祉や社会的課題に取り組み、地域を活性化しようとしている「社会的企業」の動向を見るという目的があった。石見地方での最大規模事業所の一つは社会福祉法人であり、それらの活動なしには地域の生活基盤も失われかねず、またその流れには若い世代の力も生かされつつあるのである。

 もうひとつは、「世代交代」を超え、新しい時代の企業家・経営者たちの知恵と活力を生かす方法である。久保田市長が執筆出版した著作には『百年企業、生き残るヒント』(角川新書、2010年刊)、『小さな会社の経営革新、7つの成功法則』(同、2013年刊)といったものがあり、長寿の企業の世代交代と経営革新を多くの事例から学び、教訓を世に問うている。それを地元に当てはめれば、地域企業の事業継承を積極的にはかり、経営の発展を期することが重要課題となろう。
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 その意味で、今回学会の研究発表のうちで、久保田典男島根県立大学准教授の「地方中小企業における後継経営者の能力形成」との研究成果は、まさしくこの浜田市の動きを補足説明するものでもあった。地元信金の主宰で、地域の企業の後継者を育てる「せがれ塾」が開かれてきており、市や地元大学である県立大の全面支援のもとで、10年余の歴史を数え80名近い次世代経営者を世に送っている。そこから国際的なビジネス展開などの経営革新の成果が生まれているという(久保田典男氏は市長と同姓である上、やはり横国大大学院で私のもとで学んでいるのだが、なんら縁戚関係などはなく、しかし二人の久保田氏が浜田でともに健闘しているというできすぎの偶然である。討論者の松永氏は、県立大での久保田准教授の前任でもある)。

 このように、困難を抱えた過疎の地域では、ともかく次の世代の企業家を育てる、あるいは「外から」入って来てもらうなりして、地域の経済に貢献する、そうした「ヒト」を生み出すことが決定的な意味を持っている。石見地域では、ほかにも地元出身でUターン後ソーシャルビジネスを起こしているなどの貴重な事例もいくつもあるのであり、まさしく「起業家エコシステム」が一定にワークしている側面にも注目すべきであろう。けれども、今次学会での米国や英国の経験の講演から学べば、その落差の大きさにいささか愕然とする思いもする。

 Qian助教授の語られたのは、米国の代表的な学園都市でもあるコロラド州ボルダー市とアイオワ州アイオワ市を例として、コロラド大学やアイオワ大学が地域経済にどのように関わっているのか、主には研究開発成果の事業化や大学からの起業家育成輩出の動向に関し、計量分析や事例研究などをもとにした研究結果であった。また北川講師は、英国での地域政策・産業政策の転変、特に労働党ブレア政権下での地方分権化とRDA地方開発庁の設置、地域の中小企業政策と地域政策の連携の試み以降、2010年代の保守党政権下でのRDA廃止とLEP地域企業パートナーシップへの移行、LGF地域成長ファンド設置、中小企業の直接参加の拡大とガバナンスをめぐる輻輳した状況などを説明した。

 こうした動向には私も以前に関心を抱き、著作も記している(三井編著『地域インキュベーションと産業集積・企業間連携ー地域イノベーションシステムの国際比較』御茶の水書房、2006年刊)ので、新たな機構・組織と財源体制のもとでは、RDAのあったころに比べて産学官連携や起業家育成の側面からは混乱もあるのではないかと質問したが、それは一面認められる、しかし次第に関係も整理され、あらためて大学の存在の意味と役割が明確になりつつあるということであった。また、Qian助教授の研究結果からも、大学の果たす積極的な役割を明示的に検証できてはいないとされたが、大学が起業家教育や事業化推進、地域経済への積極的貢献を大いに図っていることは明白であった。

 翻って、ニッポンの大学や教育機関と地域との関係はどうだろうか。そもそも大学などが、地域の「起業家エコシステム」の重要な構成要素だなどという認識自体、どこまで共有されているのか。一時期、文科省と経産省で「大学発ベンチャー一千社」という計画を打ち出したが、その成果のほどはどうなのだろうか。

 他方で、浜田市にあっても島根県立大学は企業後継者育成やさまざまな地域経済の分析、政策提言などに大いに貢献をしているが、それでも「新たな起業家を生み出す」存在であるとはまだ言い難いだろう。しかし、日本全国の大学で、起業家を育てる教育に積極的に取り組み、それによって地元貢献しているなどという例はきわめて希である(嘉悦大学はその希な例の方だろう)。

 大学のみならず、高校を含めて日本の教育機関の多くは、受験・シューショク(?)「偏差値」なるものに振り回され、それによって世間に「評価され」、一喜一憂をしている。欧米と日本では大学と地域との関係などに相違はあるにせよ、あまりに落差は大きい。だから、私は必ず申すことにしている、「こんな国、世界にないですよね」と。それで、「地方創生」「地域活性化」はなせるのだろうかと。

●関連リンク

執筆者: 三井逸友 - 横浜国立大学名誉教授
横浜国立大学名誉教授、嘉悦大学大学院客員教授。慶應義塾大学経済学部 大学院を修了後、駒澤大学、横浜国立大学に勤務。日本中小企業学会の常任理事で、07年から約3年間に渡り同会長を務める。主な著作に『中小企業政策と「中小企業憲章」』『21世紀中小企業の発展過程』がある。

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