地域経済社会の創造と発展に求められる「多様性」「異質性」

2016年11月17日
地域のポテンシャルと産業集積、諸方面の力を糾合連携させるだけでは「十分条件」にはならないというのが、この10年余のさまざまな地域での経験が示すところである。ではなにが足りないのか?
 前回のコラムで、地域の諸方面、特に大学などの力を集め、地方創生を担う起業家と新事業を生み出さねばならないと書いた。このこと自体は間違いないと思うのだが、言葉足らずの面もあったように感じる。

 地域のポテンシャルと産業集積、さらには諸方面の力を糾合連携させる、それだけでは「十分条件」にはならないというのが、この10年余のさまざまな地域での経験が示すところである。ではなにが足りないのか、それを一言に表現すれば、「多様性」、あるいは「多元性」ないし「異質性」の発揮だと思う。

 かつて日本でも米国シリコンバレーの発展に羨望の目が注がれ、世界のIT産業を牽引するシリコンバレーの経験を学ばなくてはと盛んに説かれた。「第二、第三のシリコンバレーをめざす」という意気込みも、15年前の日本のITミニバブル崩壊を機にポシャった観があり、いまはそれこそ、米国内でもテキサス州オースチンだ東海岸ボストンだといったところにまた注目が集まっている。

 けれども、シリコンバレーを詳細に研究し、その社会経済と事業展開の有り様から教訓を引き出した、アナリー・サクセニアンやリチャード・フロリダらがなにを指摘していたのか、それは日本の現実に照らしてどうなのかと正面から論じる意見は、過去も現在もまれのままである。

 たとえばフロリダは、シリコンバレーを擁するカリフォルニア州の持てる創造性の環境条件の一つの指標として、「ゲイへの寛容度」(今風には、LGBTを認める程度)をあげた。サクセニアンは、シリコンバレーの活力源がインド系、中国系などのエスニックマイノリティの活躍度合いにあることを指摘した。もちろんそれらのみがシリコンバレー形成発展の原動力というわけではないが、突拍子もない発想ではなく、きわめて興味ある見方である。

 言い換えれば、もともと移民の国であり、「人種のるつぼ」とされ、さまざまな人々の自由な活躍の機会を国是としてきたアメリカ合衆国、そのなかでもとりわけ「自由で開かれた社会」を特徴としてきたカリフォルニア州だからこそ、シリコンバレーがゼロから誕生し、未知のものとしてのIT産業を発展させる原動力になれたのである。「異質性」「多様性」の接点には、新しい発想と創造へのパワーが生まれる。異なる文化同士を結びつけるところに要する努力と時間は、むしろ活力を生み出すためのコストなのである。

 これを別の角度から考えてみれば、知識の創造と応用、新しい原理や方法の確立実践といったプロセスには、一方では実践を通じた「知恵」の生成蓄積が必要であり、他方では絶えざる刺激と発想の転換、新たな視点と枠組みの追求といった、試行錯誤とやりとりが求められる。そうした動きの中で、未知の思考様式や文化的枠組みとの接触、対話と刺激、摩擦とトラブルの克服、またコミュニケーションのための努力といった作業が、決定的な意義を持っているものとできるだろう。自由な環境下での「異質性」「多様性」こそが、こうした過程の前提条件なのである。

 一つの「思想」や「文化」、「制度」をもって「効率」と「安定」を実現できるとした「体制」が過去において、非創造的・硬直的なものとなり、効率性にもほど遠く、自己崩壊を招いたのは、まさしく歴史の反面教師である。

 他方でまた、地域社会のなかで形成された人間関係やフォーマル、インフォーマルな組織間関係は、事業の展開を円滑にし、コストを抑え、信頼の形成を容易にしている。そこにR.パットナムらの「ソーシャルキャピタル」の効果を見ることも可能である(日本地域経済学会関東支部の2016年秋研究会で、多摩大学の奥山雅之氏は、「地域の創業促進」を含めて、ソーシャルキャピタルの果たす機能を指摘した)。それは一面の姿であるが、同時にまた、既存の関係や組織がえてして、新たな事業の展開、ブレークスルーを阻害する傾向も否定できない。当事者たちに悪意や既得権意識があるのではなく、結果として組織の慣性や無意識的な現状維持の行動原理が働くものでもある。

 特に、まさしく「経営革新」を実行推進するにあたっては、新起業のみならず既存企業のうちからも「破壊的イノベーション」にもあえて挑戦する企業家行動が望まれるが、それには主体客体ともに、「既成のかたちや概念、通念にとらわれない」、また短期的な損得利害を度外視しても、大胆に思考行動する姿勢が必要なのである(現在行政用語として普及している「経営革新」とは、広義の「イノベーション」を指すものと、経産省の和英辞書には書かれている)。シュンペーターが看破したように、イノベーションとは新機軸・新結合であり、そのための「創造的破壊」でもある。
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 もう旧聞にも属するが、北陸の伝統ある産地で、長年の製品がじり貧状態に陥ってきたなか、まったく新しい商品群を開発販売し、大きなヒットを生み出すとともに、産地の全般的な活性化にもつなげた有名な事例がある。その主役となった社長自身がこの地域とも業界ともまったく無縁の人であり、「家庭の事情」で後継者となってしまった、またそれゆえにこそ、産地の技術や取引関係等を客観的に考察し、その持てる力と限界を冷静に見つめ、新しいデザインと商品コンセプトの可能性に賭け、経営革新を成功させたのである。

 既存の取引関係を守りながらも、新たな市場に向けて「売り方」自体も変えていった、近年の地域経済社会の変革の担い手としてよく言われる、「よそ者」「若者」「バカ者」を見事に地でいったのであった。

 もちろん当のN社長はそこに至るまでに、非常な勉強と努力を重ねている。まったく未知のものづくり企業に加わってしまったので、まず製造現場等に入り、職人たちとともに働き、仕事のすべてを身につけ、社員たちの信頼を勝ち得ていった。また国際事業展開のプロジェクトに参加し、すぐに「世界で売れる」「世界のトップデザインを事業化する」などは難しくとも、自社と産地のものづくり技術は世界第一級であることを確認し、その力を生かす道を求めた。

 この例が示すように、「若者」のエネルギーと新しい発想は別として、「よそ者」の果たす役割というのはかなり多くの地域などで認められている。そこには「同質性」「協調性」を超える、新たな外からのショック、しがらみを離れた自由な発想と行動、ないしは「いまあるものへの再発見・再評価」があるのである。異質なもの同士、異なる文化や思考様式がぶつかるとき、摩擦や混乱もあるが、そこから創造と発展への契機も生まれる。いまや死語化しつつあるとはいえ、まさしく「弁証法的展開」である。

 逆に、同質なもの同士の密な関係性、高コンテクストに支えられた紐帯は、ルーティンの効率性、安定性とトラブル回避には向いているが、大きな環境変化には弱く、新たな発見の契機に乏しく、またしばしば現状維持へのしくみともなる。日本の大企業の企業文化、また中小企業を含む産業システムにそうした盲点はなかったか。そこに、国際化の時代における日本の社会経済の限界は現れていないか。

 かつて戦後日本の中小企業研究を形づくった山中篤太郎氏は、中小企業は「異質多元な存在」であるとし、さまざまなありようを前提においた、その「異質多元な」姿を超えた、共通する性格と問題性を「中小企業論」は対象とすべきであると説いたのであるが、以来70年近くを経て、この「異質多元な」性格にもあらためて注目し、意味を考えるべき時でもあると感じる。実際欧米の中小企業研究でも、その「heterogeneity」は研究の出発点のキーワードとされている。

 前回引用した、日本中小企業学会第36回全国大会国際交流セッションでの、米国Haifeng Qian氏の基調講演においても、大学を中核とする地方都市の起業家エコシステムに求められるものとして、「diversity」の積極発揮を指摘された。女性やエスニックマイノリティなどの参加貢献をはからねばならないというのである。生物生態系の頑強さと共進化の可能性が「多様性」にあるとされるのは、自然科学の常識でもある。

 まさしく時代は、「多様性」(diversity)「異質性」(heterogenity)「多元性」(plurality)こそを求めている(20年以上前に私は、産業社会の変化によって、かつての「規模の経済性」を超える「範囲の経済」「連結の経済」といった原理が重要となってきたものの、今後は国際化多元化のもとで、「多様性の経済」が新たなイノベーションとブレークスルーの手がかりとなると説いてみたが、当時反応はゼロであったー『中小企業と組合』第583号、1993年)。

 こうした課題に対するさらなる実践的な答えは、フロリダが主張し、また欧州での「地域イノベーションシステム」の議論で強調された、「学習地域」の概念であると思う。それについては、また日をあらためて考えてみたい。

●関連リンク

執筆者: 三井逸友 - 横浜国立大学名誉教授
横浜国立大学名誉教授、嘉悦大学大学院客員教授。慶應義塾大学経済学部 大学院を修了後、駒澤大学、横浜国立大学に勤務。日本中小企業学会の常任理事で、07年から約3年間に渡り同会長を務める。主な著作に『中小企業政策と「中小企業憲章」』『21世紀中小企業の発展過程』がある。

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