富裕層インバウンドの法則その8

法則8:逸話を詳しく教えるという大切な姿勢

2017年7月5日
「こんなに深い歴史があるのになぜ外国人はこの街に興味を持たないのだろう?」それは「翻訳がなされていないから」ということに起因する。日本語を英語や中国語にという翻訳ではなく、「相手の頭に残るような形にしてあげること」なのだ
★法則8:逸話を詳しく教えるという大切な姿勢

 ハイネットワース(富裕層)が購入するものにはほとんどの場合ストーリーがある。逸話といってもよいかもしれない。ブルガリの歴史、ショーメの歴史、メルセデスの歴史、ジャガーの歴史、などなど、それぞれ逸話がある。購入するという行為は、その逸話に自分が主人公(あるいは脇役?)として参加する行為だと言い換えることができる。

 旅行で言えば、モナコの歴史、ニューカレドニアの歴史、ロンドンの歴史、などなどデスティネーションのそれぞれに逸話がだいたいあるもので、これはジャパンインバウンドにおいても当てはまる。東京の歴史、白川郷の歴史、桑名の歴史、など各地域に歴史があり逸話が存在しているはずだ。

 一方で、「こんなに深い歴史があるのになぜ外国人はこの街に興味を持たないのだろう」という意見も多く耳にする。結論から言うとそれは「翻訳がなされていないから」、ということに起因する。翻訳といっても、日本語を英語に、あるいは中国語に、という翻訳ではなくて、「相手の頭に残るような形にしてあげること」とも言えるので一朝一夕には残念ながら成り立ちえない。

 コミュニケーションという言葉の語源を探っていくと理解が進むかもしれないが、そこには「相手がいる」という意味合いが存在する。情報を整理して伝えようとするだけでは結局のところコミュニケーションにならない≒伝わらない、ということになってしまう理由はこのような一方通行的思考回路そのものの中にある。逸話そのものは単なるインフォメーションにすぎないので、これをインテリジェンスに高める必要があるというふうに言い換えることもできる。つまり「単なる情報」を「相手の頭に残る知恵」に昇華させなければならない。

 富裕層インバウンドビジネスの場合は相手が日本人ではないという大前提があり、まったくの情報ゼロからの出発となるケースが圧倒的に多いと思うのでなおさらこのような丁寧さが必要となってくるわけだ。と言っても、難しく考える必要などどこにもなく、足し算思考で十分で、例えば「こうこうこうだから、こうなんですよ」というインテリジェンス(この場合説明文と言ってもよい)を丁寧に単なるインフォメーション(「これはこういうものなんです」的な一方的情報伝達の類)に付け加えるだけで相手の理解が進む、要するにただこれだけのことなのである。

 この連載をお読みの読者の方々も小学生時代の先生を思い出してみるといいかもしれない。記憶に残る先生が少なからずいるはずだ。なぜ記憶に残っているのか? いろいろな理由があるかもしれないが、その先生が教えてくれたことが意外と理解できたから、が答えのひとつのはず。そんなことを考えながら、コミュニケーションのあり方をもう一度考えてみると、次のように注意することが肝要なのだと思う。

 悪い例:情報を整理する→伝える
 良い例:情報を整理する→相手のインテリジェンスにヒットするように教える→伝わる

 このように、情報を整理する→相手のインテリジェンスにヒットさせるように教える→伝わる、の回路でないと外国人にはなかなか本質的な伝わり方をしないというのが富裕層インバウンドビジネスに参入して感じている結論だ。ポイントは「伝えるようにする」ではなく「伝わるようにする」と考えること。

 この回路に即して言えば、イギリス人にはイギリス人への、トルコ人にはトルコ人への、まったく違ったコミュニケーションが必要になってくるはずだ。当たり前だろう、相手にも歴史と逸話があるのだから。単純なことを言っているようでかなり深い話だと思うのは、「伝わる」ためには「相手のことを知る」ハードルを越えなければならないという前提があるということだから。


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 情報(インフォメーション)が知(インテリジェンス)に変化するには、「教える」を継続しなければならない。富裕層インバウンドビジネスにおいては、継続的な情報<継続的な知、という不等式が成り立つという前提をおいてみてはいかがだろう。結局のところ商品を購入するという行為まで持っていくには、相手の価値観と商品性がマッチしていなければならない。ファンクショナルな部分は当然ながら、どのようにエモーショナルな部分に訴えかけるかが勝負であることは明白だ。

 ニューロン(脳神経)を研究するのがはやっているのをよく聞くが、確かにうなずけるところもある。ピンとくる、というのは、直感的な語感を伴うが、実は先んじて「知」が醸成されているからピンとくるのであって、本来は直感ではない。お客様の中で商品の逸話が知的レベルにまで高まった瞬間の行為のひとつが「購入する」という行為なのだ。「知」まで高めるには、継続しなければならないのが前提である。継続して勉強していると理解が進むことと全く同じことだ。

 富裕層インバウンドビジネスで購入に結びつく「知」の醸成に必要なもの、言い換えれば「外国人富裕層に伝わる」ということを成立させるために最も必要なことは、「丁寧に教えることの継続」なのだ。もっと言えば「刷り込み」にとても近いので、誰にでもチャレンジできる簡単なことと考えて、今までの思考回路から一歩進めてみてはいかがだろう。なお、富裕層インバウンドビジネス研究会については、以下のサイトを参照されたい。http://rpartners.jp/inbound/ibk/

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執筆者: 増渕達也 - ルート・アンド・パートナーズ代表取締役
1992年、東京大学卒業後、(株)電通入社、2002年、富裕層向け雑誌の草分けであるセブンシーズを発行する(株)セブンシーズ・アンド・カンパニー代表取締役に就任。2006年、富裕層向けライフスタイルマネジメントサービスを手掛ける(株)ルート・アンド・パートナーズ設立、現在に至る。2013年にはシンガポールに進出。日本、アジアを中心に富裕層ビジネスを手掛け、富裕層マーケティングに関する造詣が深い。「HighNetWorth Magazine」編集長、富裕層インバウンドビジネス研究会も主宰。

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