急速にFIT化するインバウンド市場。新しいタイプのバス商品が登場

2017年12月28日
第5回「高速バス・マネジメント・フォーラム」では、「自動運転バス」「個人旅行化が進む観光」「バス事業者の広報」という3つのテーマに沿って、多くの講師が登壇。興味深かったセミナーを紹介しよう
 12月5日(火)に東京・新宿で当社が開催したセミナー、第5回「高速バス・マネジメント・フォーラム」(全国のバス事業者から営業担当の役員、管理職ら145人がご参加)では、「自動運転バス」「個人旅行化が進む観光」「バス事業者の広報」という3つのテーマに沿って、多くの講師(専門家や、事業者の企画担当者ら)に代わる代わるご登壇いただいた。

 特に興味深かったのは、「テーマ2:個人旅行化が進む観光とバス事業」の講師をお願いした中のお一人、神姫バスツアーズの阪田悦規取締役による新サービスのご紹介であった。同社は、兵庫県に拠点を置く乗合バス事業者、神姫バスのグループ会社である。神姫バスをはじめ乗合バス事業者の多くは、「地元の名士」企業として観光事業や不動産開発、生活関連事業などを幅広く営んでいるが、同社もその中の一つだ。地元の人を対象にした従来型の旅行ツアー(発地型ツアー)のほか、広く関西全域を対象にテーマパークツアー、スキーツアーの若年層向けブランドや、最近ではFITを対象とした着地型ツアーも手掛ける。

 このうち発地型ツアーでは、以前にご紹介したとおり、水戸岡鋭治氏デザインの上級車両による本物志向のバスツアー「真結(ゆい)」ブランドを2016年に立ち上げた。FIT向け着地型ツアーは、宿泊客の多い大阪を起点に関西を手軽に回る商品が不足していたので人気商品に育っている(京都や奈良に特化した定期観光バスは以前から存在するものの、それぞれ地元のバス事業者が京都駅、奈良駅発着で運行するのみだった)。いずれも、乗合バス事業者系旅行会社ならではの特徴のうち、強み(資金力や人的リソース)を活かし弱み(保守的な社風)を排除した顧客志向の強い新サービスで、同社には以前から注目している。

 さて、発表いただいた新サービスの骨子は以下のようなものだ。

・大阪~京都~金沢~白川郷~高山~富士五湖~東京のルートで、バスが毎日1往復する(実際の運用上、バスは片道当たり2台必要で、上り下り合計で毎日4台走る)
・旅行者は、一人当たり20,000円を支払って「大阪→東京(またはその逆)」または「大阪→高山→大阪(または東京→高山→東京)」の区間で、一定期間内で乗降自由となる。(法的な立て付けは募集型企画旅行である)
・FITに人気の観光地では、バスは観光施設などに立ち寄り、下車観光の時間を確保する。昼時には昼食も用意される

 バスは毎日1往復、ダイヤ通りに運行される。旅行者は、高山など途中で降りて自由に観光、宿泊し、24時間(または48時間)後に来るバスで次の地点まで移動すればいい。

 実は、この商品が運行される区間の多くには、並行して多くの高速バスが走っている。富士五湖~新宿では30分間隔と頻発している。1往復だけのこの商品を運行(催行)する価値はどこにあるのだろう?

12月5日に開催されたセミナー、第5回「高速バス・マネジメント・フォーラム」。テーマは「自動運転バス」「個人旅行化が進む観光」「バス事業者の広報」という3つ

 高速バスなど公共交通を乗り継いで個人旅行する際の大きなストレスが、手荷物である。特にFITは、昼間の観光に必要な小さいバッグ(カメラなど)と、宿泊先でしか使わない大きいバッグ(着替えや洗面用具)を持って旅行していると考えられるが、大きい方を持ったまま観光するわけにいかず、とはいえ観光の度にロッカー等に預けるのも無駄が多い(費用ともに、「預けた場所に必ず戻る必要がある」のも無駄である)。だが、この新商品では、バスは観光地の駐車場に入り、参加者が戻るまで待機する。大きい方のバッグは、バスの床下トランクに入れたまま、小さい方のバッグだけを持って観光することができる。

 一方で、従来型のバスツアー(中国や台湾など発地の旅行会社が企画するツアー)と比較すると、気に入った地点でバスを降り、その地で宿泊し存分に観光することもできる点が異なる。あるいは、日本滞在中の一部の日程のみこのツアーに参加し、残りは個人で自由旅行を楽しむこともできる。高山などでの宿泊先も、好みのホテルや温泉旅館を旅行者自身が選択することができる。出発から帰着まで丸抱えの発地型ツアーだと「お仕着せ」感が強いが、「自分のペースで旅行できる」点が、発地型ツアーへのアンチテーゼといえる。

 かつ、中国や台湾など訪日観光客市場が大きい国であれば、多様な日本ツアーを現地旅行会社が企画しているが、遠方の国など訪日市場が大きくない国からの訪日客を混乗させることができるので、発地(母国)も多様化すると考えられる。

 さらに、海外の旅行会社がハンドリングしやすい座席管理方法など、着地型ツアーで実績のある同社の海外セールスのノウハウも注ぎ込まれる。前回のコラムで書いたように、「バスを走らせれば勝手に乗客が集まってくる」わけではないので、この点も大きな強みである。

 もっとも、毎日、定期的に催行するというのはリスクが大きい。大阪~高山~東京というメインルートでのみ成立しうるといってもいい商品だろう。

 メインルートから外れた(とはいえ一定のFIT集客を見込める)地域では、高速バスの出番ということになる。日本中を効率よく駆け回りたければ鉄道(JRに乗り放題の「Japan Rail Pass」)が有効だが、訪日リピーターも増えており、地域を絞って「より深い日本」を味わうには、乗り換えなしでデスティネーションに直行できるバスが強い。ところが、「地方の人の大都市への足」として成長してきた我が国の高速バスは、観光客よりむしろ地元在住のヘビーユーザーを向いており、地方部では地元の人向けのパーク&ライド駐車場に停留所がある一方、観光施設や宿泊施設に直接乗り入れる例はさほど多くない。

 なにせ「地方の人の都市への足」であるため、地方側の朝に発車し大都市へ向かう便(路線によっては早朝4時台に出発し9時前に新宿や梅田に着く便は人気だ)と、夕方以降に大都市を出て地方に帰る便(これも、最終便は24時を優に超えて地元に帰着する)の乗車率は高めである。逆に、観光客の利用を見込める、大都市を朝に出る便と、夕方以降に大都市に戻る便の乗車率は今一つだ。それらの便について、まずは観光施設への乗り入れ、最終的には立ち寄り観光など「バスツアー」的な要素を上乗せした商品へ昇華させる必要がある。

 最終的には、例えば、「チェックアウト時に宿泊施設に荷物(着替えなどが入った大きい方)を預ければ、当日の夕方に次の宿泊先に届けてくれる」手荷物託送サービスなど、個人旅行者支援の仕組みも必要だ。宅配便は、域内での集配は日中に行うが、広域の輸送は深夜の夜行トラックが中心のため、通常サービスだと一晩かかってしまい「今晩泊まる宿で、着替えや洗面用具がない」状態になってしまう。域間の輸送を、規制緩和によって認められた「貨客混載」モデルを活用し高速バスの床下トランクで行うようにすれば、当日の夕方までにその日の宿泊施設に荷物を届けられるようになる。

 観光地どうしを結ぶ二次交通の充実もまた求められる。国内市場だけを相手にしていた頃は、「お隣の観光地」はライバルであったが、FITを想定すると「お隣の観光地」はチームメイトに変わる。それらを横ぐしに刺して旅行する環境整備が必要である。

 もっとも、「全国にまんべんなくFITが旅行しやすい環境を」というわけにもいかない。だからこそ、ある程度人気のある周遊ルートにリソースを集中させる「観光回廊(コリドー)」作りが重要なのである。

 高速バス事業者の多くは「自分たちは“運輸”の仕事。地味で目立たないが、地元、沿線の人の役に立つ存在」という自画像を描く。むろん、それは間違ってはいない。だが、その自画像にもう一つ「観光という、この国の“次の生きざま”の一翼を担う」という色を上塗りすることこそ、第一歩である。逆にデスティネーション側では、従来の、国内大手旅行会社の「仕入れ」担当や、中国や台湾など発地の旅行会社(またはその手配代行業者)に加え、高速バスや鉄道など交通事業者もまた、観光の重要なプレーヤーだと認識いただきたい。

 神姫バスツアーズが挑戦する、「高速バスとバスツアーの中間」という新サービスが、高速バス事業者らとツーリズム産業をどう変化させていくか、楽しみである。

「テーマ2:個人旅行化が進む観光とバス事業」で興味深いサービスを語った、神姫バスツアーズ 阪田悦規 取締役

●関連リンク

執筆者: 成定竜一 - 高速バスマーケティング研究所株式会社代表
高級都市ホテルチェーンを退社後、06年に楽天バスサービス株式会社に入社。楽天トラベル「高速バス予約」サービスの事業責任者を経て、同社取締役に就任する。11年に退職すると、高速バスマーケティング研究所を設立。国土交通省「バス事業のあり方検討会」委員(10年度)、「国内観光の振興・国際観光の拡大に向けた高速バス・LCC等の利用促進協議会」(15年度~)などを歴任する。

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