「2017年版 中小企業白書」と、創業支援策の課題(後編)

2017年6月23日
「フリーランス」と言おうが、「フリーター」としようが、「副業」に精出すか、「内職」と呼ぶか、そうした言霊の印象を離れ、自分で自分自身を雇い、自分で仕事と稼得をつくりだす、そうしたかたちをもっと正面からとらえ、今日の経済社会に生かす道を考えるべきだ
(前編から続く)

「副業起業」といった話題への傾斜の一方で、私には興味あるファクトであったのは、「起業無関心者の年収は低い」という調査結果である。

『白書』第2-1-14図というのに依ると、1万人以上を対象としたアンケート調査で、「起業無関心者」の約半数は個人年収200万円未満、逆に「起業希望者・従事者」(その絶対数は前者の16.5%でしかないが)ではこれが32.7%にとどまり、むしろ36.2%は年収400万円以上層であるという。両者の構成に顕著な違いが出ているのである。
  • 今年の4月に発表された『中小企業白書』
  • 創業支援策の多義性
 言い換えれば、「年収200万円以下」(もちろんその中には主婦層や年金生活者層もかなりいるだろうが)という、これから人並みの生活を維持できるのか、相当な不安を感じさせる層こそが、「いちばん起業しない」部分なのである。こんな申しようでは失礼とも言えるが、「起業したときのリスク」よりも、このままで生活を維持できるかの心配の方が、はるかに大きくはないか。

 我が国では、「創業支援」が「ベンチャー支援」に置き換えられてしまったこともあり、新たに起業する、事業を起こすというのは、よほどの才能と機会に恵まれたひと、第二第三のホリエモンや孫正義氏のようなイメージがつきまとい、だから自分には無理、できるわけもないというあきらめの悪循環を呼んでいる面が見られなくもない。しかし、そんなひとは世の中ではごく希なのは世界中どこでも同じで、だから現実には「まちの起業家」(『2002年版 中小企業白書』)が圧倒的多数なのである。基本は「働くひと」であり、「社長業」でもない。しかも、日本以外の多くの国では、いま職がない、よい仕事がないといった人たちの新たな就業稼得の機会として、事業を起こす、これを支援する政策というのが大きな流れを作ってきている。

 私自身、30年前に在外研究で英国に参った際に、「サッチャーリズム」のリストラの嵐の中で、失業者に手当を出して創業を支援する制度EAS企業開設手当が盛んに用いられており、その実態や開業者のその後などの調査研究を行った。これに関して執筆した論稿(「英国における『中小企業政策』と『新規開業促進政策』(1)(2)」『駒沢大学経済学論集』第20巻4号/21巻1号、1989年)は当時誰も読んでくれなかったが、私は先見の明ありだと思っている。

 こうした経験見聞や諸資料から、私は「創業支援政策」というのは多義的なものであり、新たな事業を起こすというかたちを通じ、さまざまな方向を指向していると主張してきた(図 参照)。ところが、日本においては「個人の独立の機会」はもとより、「雇用機会確保」という指向性はほとんど無視されたままできている。ために、2年前には「失業者・フリーター、ビジネスを起こす」という挑発的な題名の小稿(『しんくみ』第62巻2号、2015年掲載)を出したが、これも反応はゼロであった。

 そこにも記したように、日本でも実はこうした指向からの政策は実施されている。2003年から始まった雇用保険財源での「受給資格者創業支援助成金」で、失業手当をもらっているひとが起業すれば、将来雇用機会を増やすという期待の元で助成金を貰えるのである。この制度は約10年ののち、事業仕分けで廃止されてしまったが、のべ1万人以上が、100万円以上の補助金を受給している(嘉悦大院生・谷口彰一氏の研究による)。雇用保険財源というところに基本的な矛盾もあるものの、明らかに「雇用機会確保」としての創業支援策なのである。しかも、現在も雇用保険による「再就職手当」の支給対象には、1996年に追加された「自営業開業」も含まれている。

 失業者や低収入に悩んでいる人たちのためだけに創業支援策はあるとは言わない。しかし、世界ではそうした政策も「あり」なのであり、またごく当然のことなのである。現実に、日本以外の国では失業率と開業率は正の関係にある。逆に言えば、よりよい仕事と収入の道を求めるなかに、自分たちで事業を起こし、稼いでやろうという考え方があってなんの不思議もない。「200万円以下」の収入に悩む人たちが新たな仕事のかたちを築く、それを当然国は支援すべきではないだろうか。

 あえて申せば、いわゆるフリーターなどの人たちを含め、「雇われる」ことにしか仕事の機会がないと考える思考様式はいつからこれほどまでに広まったのだろうか。江戸時代、勤労者の大多数は、農民、商家、職人らを含めて基本「自営業」だった。「雇われている」のは、主君の家に仕える武士や、奉公人や丁稚や見習いを含めても、少数派だった。明治以来も、自営業層は相当人数を維持し、一挙にサラリーマン化がすすんだのはほんの半世紀あまり前のことでしかない。また、欧米の労働組合というのは半ば、職人らの共済助け合いと技能保護、仕事探しのための組織に発しているのであって、「特定企業に雇われている人たちの組織」でさえない。いま日本中で、それが当然のように錯覚されている大企業に雇われ続けるサラリーマンというイメージを相対化し、さまざまな働き方を考えるのも何もおかしなことでもない。

「フリーランス」と言おうが、「フリーター」としようが、「副業」に精出すか、「内職」と呼ぶか、そうした言霊の印象を離れ、自分で自分自身を雇い、自分で仕事と稼得をつくりだす、そうしたかたちをもっと正面からとらえ、今日の経済社会に生かす道を考えるべきなのは、なによりもいまの日本ではないだろうか。

●関連リンク

執筆者: 三井逸友 - 横浜国立大学名誉教授
横浜国立大学名誉教授、嘉悦大学大学院客員教授。慶應義塾大学経済学部 大学院を修了後、駒澤大学、横浜国立大学に勤務。日本中小企業学会の常任理事で、07年から約3年間に渡り同会長を務める。主な著作に『中小企業政策と「中小企業憲章」』『21世紀中小企業の発展過程』がある。

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