旅館業の人材不足をどう解決すればいいのか/第3回 働き続けられる環境を整備する
■ばさら邸と陣屋はどうやって人材不足を解決したのか?
ーー連載第2回では「人事的な取り組みと業務や経営面と一体にして改革すること」の重要性を理解しました。その先進事例を教えていただけますか。
ばさら邸さんは伊勢志摩の都市部からかなり離れた地域に立地しており、そこで人材を確保するのは大変なことです。しかも宿泊業全般の給与水準は他業界より低いため、人材はなかなか集まりません(図1)。そこで、ばさら邸の経営者が判断したのは、人材獲得のために「まず賃金を上げる」ということでした。そしてUターンやIターンの人材も視野に入れると、東京や大阪の企業もライバルになるため、地域水準よりも3割も高い賃金を設定することにしたのです。
ーー地域の水準より3割アップ! 相当な英断ですね。
-
(図2)宿泊施設接客の場合、教育研修(研修やOJT)を受ける機会が全体に比べ少ない。総労働時間の圧縮・安定稼働によって時間を生み、教育研修の機会をつくることが、サービス向上や従業員の定着率につながる -
(図3)1週間の平均労働時間の比較図(上)。宿泊施設接客の半数以上が45時間以上と答えている。サービス業(全般)と比べても高い。勤務時間を自由に選ぶことができた割合も宿泊施設接客は低い(下)。サービス業(全般)が自由に選ぶことができる割合が高いのに対し、宿泊施設接客が硬直的なことがわかる
ーー「人への先行投資」のための余裕がない旅館はどうすればいいのでしょう。
一方、陣屋さんですが、改革を始める前は多額の赤字を抱えて倒産寸前の状況でした。投資する余裕などありません。そこでまずは「客単価を上げる」という方法をとりました。サービスの内容を変えずに単価アップはできないので、料理のクオリティを上げて、料理でお客様を引きつけることにしたんですね。
陣屋さんは明治天皇も宿泊した歴史ある旅館です。もともと施設自体がとても魅力的なので、その魅力を活かした改善をすることにしたのです。まず料理でお客様を呼び込み、客単価を上げることで収益を改善する。そこに加えて、効率化のためにITに投資し、さらに持続的に従業員が働けるよう定休日を設け、最終的に賃金を引き上げる。これらいくつかのステップを踏んだ改革のストーリーで名門再建へとつなげました。
■長く勤められる環境を整備して、従業員のモチベーションにつなげる
ーー若い世代が旅館業には少ないようです。旅館業の将来を考えると大きな問題をはらんでいます。
ばさら邸さんは都市部からも人材を採用するというスタンスで何年も進めてきたので、従業員の平均年齢は他と比べて随分と若くなっています。若い世代が数年~十数年後に結婚や出産などの理由で辞めなくて済むように、旅館近くに託児所を作るなど環境整備に力を入れています。若い人が中堅になってもずっと働き続けられる仕組みを作るということが、採用の後の重要なステップです。
陣屋さんは月火水が定休日なのですが、木曜日の午前中を研修にあてており、従業員が互いに教え合う場を作っています。「社員が教えて社員が学ぶ」という内容です。陣屋さんの離職率は4%、業界としては極めて低い数字です。「きちっと休める」ことが離職を防いでいます。
ーー「教育はお金がかかる」「社員みんなが集まるのは大変だ」という問題は生じなかったのでしょうか。
■高齢者はITに弱い、は思い込み
ーー若い世代の人材獲得難の一方で、高齢者の積極的活用も求められています。
ーーITは効率化以外にどんなメリットを旅館業にもたらしますか?
ーー2020年は目前です。旅館業の改革はまだ間に合いますよね。
そしてもうひとつは旅館同士のネットワークです。情報交換や成功事例をどんどん公開して共有し合うことが重要になってくると思います。情報交換の場があれば業務を見直すきっかけにもなりますし、食材や備品を共同購買する、ということができるかもしれない。ひとつでも成功事例が共有されれば良い連鎖が生まれると思います。
(インタビュー/加藤陽之 構成/川口裕樹)
リクルートワークス研究所 研究員。2004年東京大学文学部思想文化学科卒業後、大手航空会社、日系コンサルティングファームを経て、2012年株式会社リクルート(現株式会社リクルートホールディングス)入社。グループ人事労務を担当する部門のマネジャーとしてグループ各社の人事業務を支援。その後、ITベンチャー企業での人事を経て、2015年10月リクルートへ復帰し、現職。
●関連リンク

インタビュー新着記事
-
地域に新しい共創を生み出す! 本業との一体型社会貢献を目指すリノベーション会社
中小企業や小規模事業者にとって「地域」というのは非常に大切な場所です。そこで人と出会い、そこで仕事が生まれるからです。その最新形の「リビングラボ」という方法で成果をあげているリノベーション会社が横浜市にあります。「株式会社太陽住建」は、「本業との一体型社会貢献」を掲げ、地域社会にしっかりと根付くための施策を次々と打ち出してきました。
2019年1月25日
-
教育と人材で「介護」の未来を変える! 前例なきビジネスモデルの革新者
超高齢社会を迎える日本。その中で「介護」の重要性は増すばかりですが、そこに携わる人材が不足していることは、皆さんもご存じの通りです。その危機的状況を打破するべく、介護業界の未来を担う人材の育成、引いては業界全体における労働環境の健全化に取り組んでいる会社があります。2008年創業の「株式会社ガネット」が運営する「日本総合福祉アカデミー」は、これまでにはない「分校」というビジネスモデルで急速にその展開数を拡大し、いま注目を集めています。
2018年12月14日
-
ローカルビジネスの活性化で日本を元気にする! 個店のマーケティングをまとめて解決するITの力
「ローカルビジネス」という言葉をご存知でしょうか? 飲食店をはじめ地域で店舗ビジネスを行っている業態の総称です。これまで総体として考えてこなかった、ある意味では遅れていた領域だったかもしれません。そんななか、日本の経済を活性化させるためにはローカルビジネスが鍵を握る、という思いをもって起業したベンチャーがあります。いま話題のEATech(イーテック)で、誰でもがすぐに個店のマーケティングを行える仕組みを提供する株式会社CS-Cです。
2018年12月7日
-
「自動車整備工場」の二代目女性社長という生き方
町工場を思い描く時、脳裏に浮かぶ代表的な業種のひとつが自動車整備工場です。どこの地域にもあり、油まみれで働く工員の姿が“勤勉な日本の労働者”をイメージさせるのでしょう。そんな日本の高度経済成長を支えた会社を事業承継し、新たな時代に向けて活力を与えようとする女性社長がいます。横浜の町の一角で昭和39年に創業した「雨宮自動車工業株式会社」代表取締役の小宮里子さんです。
2018年11月26日
-
21世紀の金融を革新する! 投資型クラウドファンディングが世界を変える【後編】
世界中を震撼させた2008年のリーマンショックは、お金について私たちに再考を余儀なくさせる世界史的出来事となりました。果たしてお金とは、金融とは何なのか? その問いに対して徹底的に考え抜き、新たな手法で金融に革新を起こそうというベンチャー企業が日本から生まれました。投資型クラウドファンディングのクラウドクレジット株式会社です。後編では代表取締役・杉山智行さんの現在のビジネスに至るストーリーをお送りします。
2018年11月22日
-
21世紀の金融を革新する! 投資型クラウドファンディングが世界を変える【前編】
世界中を震撼させた2008年のリーマンショックは、お金について私たちに再考を余儀なくさせる世界史的出来事となりました。果たしてお金とは、金融とは何なのか? その問いに対して徹底的に考え抜き、新たな手法で金融に革新を起こそうというベンチャー企業が日本から生まれました。投資型クラウドファンディングのクラウドクレジット株式会社です。金余りの国・日本から資金を必要とする発展途上国へとお金の流れをつくる「インパクト投資」がいま、国内外で大きな注目を集めています。金融の新しい波とは何か? クラウドクレジット代表取締役の杉山智行さんに前後編の2回で話を聞きます。
2018年11月20日
-
移住者への事業承継を積極推進! 七尾市の地域創生はここが違う
地方の中小企業において最重要といってもいいのが「事業承継」です。後継者不足が「黒字なのに廃業を選ぶ」という事態を招いています。中小企業がなくなることはそのまま地域の衰退につながるため、それを食い止めなければ地方創生も危うくなります。その課題に官民ネットワークという手法で解決しようというプロジェクトが石川県七尾市で始まりました。「家業を継ぐ」という家族経営的な風土を排し、首都圏の移住者からも後継者を募るという試みです。
2018年10月26日
-
社長業は突然に。経営破綻をV時回復させた「ひとり親方」の覚悟
いま、東京近郊では2020年に向けた鉄道関連の工事が盛んに行われています。電車の中から窓越しに見える風景で印象的なのは、狭い場所ながら太い鉄の杭を打ち込むダイナミックな重機の姿です。そんな特殊な条件をものともせず、日本の建設・土木業の優秀さを示す仕事を50年にわたって続けてきたのが、横浜にある「恵比寿機工株式会社」です。しかし、創業者の晩年に会社が経営不振に陥り、倒産寸前まできてしまいました。その窮状を救ったのは職人たちのリーダーであるひとりの職長でした。
2018年10月15日