旅館業の人材不足をどう解決すればいいのか/第3回 働き続けられる環境を整備する

2017年11月22日
★旅館業の人材不足をどう解決すればいいのか? 第3回 成功事例編:働き続けられる環境を整備する
 サービス業の人手不足が社会的な問題となっているいま、宿泊業、中でも旅館業における人手不足は深刻だ。インバウンドの増加により日本国内の旅行消費が増加している中、ハイシーズンでも人手が足りないために部屋を開けられず、泣く泣く宿泊を断るというケースも出てきており、今後廃業に追い込まれる旅館は増える可能性が高い。その一方で業務改革を推進し、着実に業績を上げている旅館もある。この違いは一体何なのか。旅館業は今何をすべきなのか? 旅館業界の人材不足の現状とその解決策について3回に分けて、リクルートワークス研究所の城倉亮氏に話を聞く。最終回となる第3回は成功事例編として、二つの旅館の先進事例から「働き続けられる環境を整備する』をおおくりする。

リクルートワークス研究所 研究員 城倉亮氏

■ばさら邸と陣屋はどうやって人材不足を解決したのか?

ーー連載第2回では「人事的な取り組みと業務や経営面と一体にして改革すること」の重要性を理解しました。その先進事例を教えていただけますか。

 三重県志摩市の「伊勢志摩賢島温泉 汀渚 ばさら邸」(以下「ばさら邸」)さんと、神奈川県秦野市の「鶴巻温泉 元湯 陣屋」(以下「陣屋」)さんは、旅館業に関わる皆さんが参照できる良い例だと思います。

 ばさら邸さんは伊勢志摩の都市部からかなり離れた地域に立地しており、そこで人材を確保するのは大変なことです。しかも宿泊業全般の給与水準は他業界より低いため、人材はなかなか集まりません(図1)。そこで、ばさら邸の経営者が判断したのは、人材獲得のために「まず賃金を上げる」ということでした。そしてUターンやIターンの人材も視野に入れると、東京や大阪の企業もライバルになるため、地域水準よりも3割も高い賃金を設定することにしたのです。

(図1)年収の比較図(上)。サービス業(全般)は全体より約100万円低いが、宿泊施設接客だとそれよりさらに40万円低い。(下)また宿泊施設接客は「自分の働きに対し正当な評価を得ていない」と考えている人が全体に比べ多い

ーー地域の水準より3割アップ! 相当な英断ですね。

 それくらい賃金を上げないと人を採用できないというのが地方の旅館の現実です。しかし賃金だけで継続的に働いてもらえるわけではありません。ばさら邸さんは従業員の教育にかなりの時間を割いています。さらに、残業も基本的に発生しないよう業務分担も綿密に組み合わせられています。賃金で優秀な人材を引きつけて、次に継続的なパフォーマンスのための教育に力を注ぐという流れです(図2)。
  • (図2)宿泊施設接客の場合、教育研修(研修やOJT)を受ける機会が全体に比べ少ない。総労働時間の圧縮・安定稼働によって時間を生み、教育研修の機会をつくることが、サービス向上や従業員の定着率につながる
  • (図3)1週間の平均労働時間の比較図(上)。宿泊施設接客の半数以上が45時間以上と答えている。サービス業(全般)と比べても高い。勤務時間を自由に選ぶことができた割合も宿泊施設接客は低い(下)。サービス業(全般)が自由に選ぶことができる割合が高いのに対し、宿泊施設接客が硬直的なことがわかる

ーー「人への先行投資」のための余裕がない旅館はどうすればいいのでしょう。

 ばさら邸さんに関しては改革当初の段階から人への投資ができる状態だったので、まずは人材採用に向けた賃金アップに投資されたわけです。

 一方、陣屋さんですが、改革を始める前は多額の赤字を抱えて倒産寸前の状況でした。投資する余裕などありません。そこでまずは「客単価を上げる」という方法をとりました。サービスの内容を変えずに単価アップはできないので、料理のクオリティを上げて、料理でお客様を引きつけることにしたんですね。

 陣屋さんは明治天皇も宿泊した歴史ある旅館です。もともと施設自体がとても魅力的なので、その魅力を活かした改善をすることにしたのです。まず料理でお客様を呼び込み、客単価を上げることで収益を改善する。そこに加えて、効率化のためにITに投資し、さらに持続的に従業員が働けるよう定休日を設け、最終的に賃金を引き上げる。これらいくつかのステップを踏んだ改革のストーリーで名門再建へとつなげました。

■長く勤められる環境を整備して、従業員のモチベーションにつなげる

ーー若い世代が旅館業には少ないようです。旅館業の将来を考えると大きな問題をはらんでいます。

 陣屋さんは、かつては新卒採用には力を入れておらず、主に中途採用を行なっていました。新卒がいないということは、中堅層による若手育成の機会やマネージメントの機会も失われてしまいます。そこで従業員の年齢構成を見直し、新卒を多く採用することにしたのです。若い層が入ってくると中堅層が教える機会ができてモチベーション向上につながりますし、若い人は仕事のやり方をすぐに吸収してくれる。お互いにとって良いということで、ここ数年新卒採用を増やしているようです。

 ばさら邸さんは都市部からも人材を採用するというスタンスで何年も進めてきたので、従業員の平均年齢は他と比べて随分と若くなっています。若い世代が数年~十数年後に結婚や出産などの理由で辞めなくて済むように、旅館近くに託児所を作るなど環境整備に力を入れています。若い人が中堅になってもずっと働き続けられる仕組みを作るということが、採用の後の重要なステップです。

 陣屋さんは月火水が定休日なのですが、木曜日の午前中を研修にあてており、従業員が互いに教え合う場を作っています。「社員が教えて社員が学ぶ」という内容です。陣屋さんの離職率は4%、業界としては極めて低い数字です。「きちっと休める」ことが離職を防いでいます。

業務改革を推進し着実に業績を上げている旅館のひとつ「鶴巻温泉 元湯 陣屋」(写真提供:鶴巻温泉 元湯 陣屋))

ーー「教育はお金がかかる」「社員みんなが集まるのは大変だ」という問題は生じなかったのでしょうか。

 陣屋さんは社員同士で教え合うので社外向けに発生するコストはゼロです。また週3日の定休日を作り、休み明けでお客様がいない午前中に集まれば、業務に支障をきたすこともありません。週3日も定休日にして経営が成り立つのか? という疑問を持たれそうですが、従業員目線で考えると、長期的に働こうと思ったらある程度の休みがないと仕事を続けることはできません(図3)。一時的に売上が多少下がっても働き続けられることが、持続的に経営をする上で必要だという考えでしょう。実際に、陣屋さんの場合は週3日定休日を入れても売上・利益ともに下がることはほぼありませんでした。

■高齢者はITに弱い、は思い込み

ーー若い世代の人材獲得難の一方で、高齢者の積極的活用も求められています。

 陣屋さんでは60代以上の方も大いに活躍されています。業務効率化にタブレット端末を導入されているのですが、タッチパネル式のタブレット端末であれば簡単に扱うことができます。高齢者だからITは使えないだろうというのはただの思い込みです。

ーーITは効率化以外にどんなメリットを旅館業にもたらしますか?

 効率が上がるのはもちろんですが、ITを使うと情報が蓄積されることも見逃せないメリットです。お客様の情報、例えば「夕食でこの料理を残しました」という情報はITを使えば簡単に蓄積できます。その情報があれば同じお客様が次に来たときに活用できますよね。効率化と情報蓄積がリピーター獲得という面で機能しているのです。効率化だけならITは必要ないと言う経営者も多いですが、効率化プラスアルファの付加価値を生み出す、アウトプットの質を高めるという観点でもITの導入はなくてはならないのです。

ーー2020年は目前です。旅館業の改革はまだ間に合いますよね。

 まずは徹底的に仕事の見直しをすることです。業務の棚卸しをして、どの仕事を捨てるか、どこをIT化するか、今ある仕組みを変えて決まった時間に集中してやるか、分散的にやるか、そういう課題を考える必要があります。お客様が到着するまでの待機時間に他の作業をするなど、工夫できる部分はたくさんあるはずです。

 そしてもうひとつは旅館同士のネットワークです。情報交換や成功事例をどんどん公開して共有し合うことが重要になってくると思います。情報交換の場があれば業務を見直すきっかけにもなりますし、食材や備品を共同購買する、ということができるかもしれない。ひとつでも成功事例が共有されれば良い連鎖が生まれると思います。
(インタビュー/加藤陽之 構成/川口裕樹)
●城倉 亮(じょうくらりょう)
リクルートワークス研究所 研究員。2004年東京大学文学部思想文化学科卒業後、大手航空会社、日系コンサルティングファームを経て、2012年株式会社リクルート(現株式会社リクルートホールディングス)入社。グループ人事労務を担当する部門のマネジャーとしてグループ各社の人事業務を支援。その後、ITベンチャー企業での人事を経て、2015年10月リクルートへ復帰し、現職。

●関連リンク

執筆者: HANJOHANJO編集部 - HANJOHANJO編集者
日本の中小企業の皆さんにとってビジネスのヒントになる「ヒトモノコト」を探し出し、日々オリジナルな視点で記事を取材、編集してお届けします。中小企業の魅力をあますところなく伝えます。

インタビュー新着記事

  • 生牡蠣を世界ブランドに変えるコンサルティング!挑戦こそが企業を再生させる

    欧米に比べて保守性が語られることが多いのが日本企業です。しかし、そんな日本の企業文化に、風穴を開けようとするスタートアップのコンサルティング企業があります。それは「挑戦」と「蓄積」を組み合わせた社名を持つ「TRYFUNDS(トライファンズ)」です。いま手がけるのは上場後わずか2年で債務超過に転落していた牡蠣の生産販売会社の立て直しです。そこには一体どんな挑戦があるのでしょうか。

    2018年6月13日

    インタビュー

  • 100年続く老舗建設会社の4代目は元テレビマン。伝統と革新で時代とあゆむ

    日本には数多くの「100年企業」があります。そこには底通する「何か」があります。今回ご紹介する株式会社三木組は、明治30年に福井県に創業、大正12年、横浜に進出し、昨年120周年を迎えた「100年企業」です。5年前に創業家から三木康郎さんが4代目社長として就任、元テレビ局員という新たな視点から会社の変革に乗り出しています。三木社長に話を聞きます。

    2018年6月7日

    インタビュー

  • スマホとWiFiでお客様を招き寄せる! O2Oマーケティングの決定版登場

    スマホでの動画視聴の機会が増えるにつれ、通信量の節約となるフリーWiFiの需要が急激に高まっています。その状況を背景に、フリーWiFiを自動で検索/ログインし、全国35万スポット以上でWiFiにつなげるサービス「タウンWiFi」が今、爆発的に数字を伸ばしています。そのメリットは一般ユーザーだけでなく、飲食店やモール、商店街などの中小企業や小規模事業者の誘客ツールとして大きな効果を発揮します。スマホからお店への流れは小売店のマーケティングのあり方を一変する可能性を秘めています。株式会社タウンWiFi CEOの荻田剛大さんに聞きます。

    2018年6月4日

    インタビュー

  • 100年続く企業を目指せ! 信念の不動産会社の格闘記

    東京オリンピックを前にして、不動産業界は活況を呈していますが、浮き沈みの激しい業界の代表とも言えます。そんな不動産業にあって、安定して好業績を出し続けている会社が横浜にあります。(株)ハウスコーポレーションはビルを多数所有、ストックの構築により不況にも耐えうる経営を実践してきました。ハウスコーポレーション代表取締役の柿内一浩さんに聞きます。

    2018年5月29日

    インタビュー

  • タピオカドリンクをもっと身近に〜郊外から攻めて十代の人気を獲得!

    いま、台湾発のタピオカドリンクがブームです。原宿や代官山では海外資本が続々と専門店を出店しています。そんな中、タピオカドリンクを郊外からじわじわと人気商品にしている日本の中小企業があることをご存知でしょうか。そこにはどんな戦略があったのでしょうか。J・Jの忠岡鴻謹社長に聞きます。

    2018年5月25日

    インタビュー

  • 固定電話をITで生産性向上につなげる〜CTIを低価格で便利に

    中小企業や小規模事業者では、固定電話でのお客様とのやり取りが経営を支えています。ただ、共有化やデータ化などができず、効率が非常に悪いのが問題でした。生産性向上するにはどうすればいいのか? ITを使ってその答えを出したのが、株式会社シンカの「クラウドCTI『おもてなし電話』」です。シンカ代表取締役の江尻高宏さんに聞きます。

    2018年5月24日

    インタビュー

  • 次に来るのはバスのシェアリング、目指すは旅行業の民主化

    今、ビジネスを大きく成功させるために必要なのは、パイを奪い合うことではなく、新たなパイを生み出す「新業態」の開発です。では、どうすれば成功する新業態を生み出すことができるのでしょうか? 急速に広がるシェアリングビジネスに登場したのが、貸切バスの手配を手がける「ワンダートランスポートテクノロジーズ株式会社」です。代表取締役の西木戸秀和氏に話を聞きます。

    2018年5月17日

    インタビュー

  • アサヒグループホールディングス会長 泉谷直木氏に聞く②/経営者は「山頂の松」に学べ

    顧客価値を創出するための、卓越した経営。それを実践するロールモデルとなる組織・団体を表彰するのが、1995年に設立された「日本経営品質賞」です。この活動を支える経営品質協議会の副代表を務めるのが、アサヒグループホールディングス株式会社代表取締役会長の泉谷直木氏です。インタビュー後編では、変革の時代に多くの課題に直面する中小企業経営者が持つべき考え方や信念についてお話を伺います。

    2018年5月11日

    インタビュー