【VRと中小企業:4】鋳物職人の五感を継承する最先端OJT

2016年8月22日
【記事のポイント】 ▼VRが生み出す伝承時間の短縮を、新たなクリエイティブに活用 ▼伝承やOJTにおける感覚的な要素を、仮想現実で補完する

■鋳物工場の技術伝承にVRを利用する

 ゲーム用のVRヘッドセット「PlayStation VR」が16年10月に発売されるなど、いよいよVRが我々の生活シーンに浸透しようとしている。臨場感のある仮想現実はエンターテイメント業界で話題を呼んでいるが、これを製造業における熟練技能の伝承に利用しようという動きもあるようだ。

 鋳物の街として有名な埼玉県川口市。職人の高齢化が課題となっている同市において、バーチャル空間で鋳物工場を再現し、熟練技能を習得できるシステムを開発したのが埼玉大学大学院の綿貫啓一教授だ。

埼玉大学大学院 綿貫啓一教授

 VR発祥の地として知られるイリノイ大学で客員研究員を務めていた際、「エンターテイメントでの活用だけでなく、将来的には産業面でVRを活用できるのではないか」と考えていたという綿貫教授。帰国後に訪れた川口の鋳物工場で、ベテラン職人から若手職人への技能伝承で苦労していることを知り、システムの開発に取り組み始めたという。

「技能をスムーズに伝えることで、その分、発想面で時間を取れるようになります。そうすれば、新しい発想の製品を作ることができるのではと思い、鋳物の世界に入りました」

■鋳造技能獲得のためのVRシステムを構築

 綿貫教授は05年に、VRを技能習得に活用するために2つのシステムを開発する。ひとつは映像や画像、音声、文書データ、3D CAD/CAEデータに直感的なナビゲーションでアクセスできる「マルチメディア技術による熟練技能伝承システム」。そして、もうひとつが3次元立体視システム、力覚提示装置、ヘッドトラッキング装置、モーションキャプチャ装置といったVR技術をバーチャルトレーニングシステムとして実用化した「VR技術を用いた鋳造技能獲得システム」だ。

「技能と知識を上手く組み合わせて、暗黙知と形式知を伝えるために、バーチャルトレーニングするシステムを作りました」と語る綿貫教授。両者を組み合わせ、OJTを交えた技能訓練のプログラムを組むことで、現場作業の効率的な技能習得に結びつけるのが当時の狙いだったという。

バーチャルトレーニングシステムの全体像。ビデオにはない臨場感で、五感を使って学習できる

「鋳物の世界では『鋳造便覧』という分厚い本があって、ここに技能のデータが蓄積されています。しかし、現場の声を聞くと『読むだけで習得する事は難しい』とのことで、同様に図面を使った場合も難しい。00年頃から、ビデオを回してベテランの動きを伝えるという取り組みが行われていたのですが、繰り返し見ることができるなど良い部分はあるものの、映画と同じで“見る人の技量”に応じて“見えるもの”が異なってくるという欠点もありました。見たい映像を瞬時に見れるようインデックスをつけるのも困難です」
また、OJTについても「五感を使って見る、聞く、触ることができるのは利点ですが、非常に時間が掛かる上、同じ状況を再現できません。工場内の環境、溶かした鉄の成分によっても状況は変化します」といい、これら既存の伝承方法の欠点部分の補完が、VRを用いたシステムに求められたという。

■VRが時間を超えて熟練の技を再現、それを自身と比較する

鋳物工場の現場では、若者へ技能を伝承する難しさが課題となっていた

 では、産業の現場におけるVRの強みとはなんだろう? これについて、綿貫教授は現実ではできないような「繰り返し同じ状況を作る」、「多種多様な状況を提示し、時間軸も変えて提示することができる」、「自分とベテランはどう違うのか、五感で比較できる」ことの3つを挙げている。しかし、VRの本質とは「物理量を瞬間的に変えられること」と綿貫教授は指摘する。

 以前に比べるとデバイスの価格も安価となり、時間的にも資金的にも制限のある中小企業や地域の工場にとって、VRは効率面に技能伝承を可能にする技術となった。いまや製造業だけでなく、医療、接客、調理といった業種でVRによるトレーニングが実現している。

 現在、綿貫教授は脳科学や感性認知など多岐に渡る学問分野の研究をVRに応用している。

綿貫教授が開発した技能継承のためのバーチャルトレーニングシステム

「単にバーチャルリアリティのコンテンツを作るだけではなくて、人間の感覚にあったコンテンツを作っています」

 VRはあらゆる業種において、伝承の課題を解決する技術として発展を続けている。その成果とは後継者問題の解決だけに限らない。伝承に時間を取られていたベテラン職人を解放することは、今後生産性の向上において重要な要素となりそうだ。
《本折浩之/HANJO HANJO編集部》

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執筆者: HANJOHANJO編集部 - HANJOHANJO編集者
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