映画『シン・ゴジラ』が描く“組織の美学”

2016年8月24日
 映画『シン・ゴジラ』の快進撃が続いている。興業収入は8月19日に40億円を突破した。SNSでは議論が盛り上がっており、リピーターも後を絶たない。50億円突破も確実と言われており、今年一番の話題作となりそうだ。
 映画『シン・ゴジラ』の快進撃が続いている。興業収入は8月19日に40億円を突破した。SNSでは議論が盛り上がっており、リピーターも後を絶たない。50億円突破も確実と言われており、今年一番の話題作となりそうだ。
 東京湾・羽田沖に水蒸気爆発とともに姿を現した巨大不明生物。日本政府の楽観的な観測をよそに巨大不明生物は東京に上陸。政府の対応が遅れる中、巨大不明生物は急速に進化を遂げていき、やがて東京を火の海に変える。
 キャッチコピーは現実(ニッポン)vs虚構(ゴジラ)。本作は圧倒的な力を誇る巨大不明生物・ゴジラに対して政治家、官僚、自衛隊、民間企業が力を結集して立ち向かう姿が描れている。ストーリー自体は単純明快だが、もしもゴジラが現実に現れたら、日本はどうなるのか。どう政府は対応するのか、という手続きの部分を徹底的に描いている。
 総監督はアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』(以下、『エヴァ』)で知られる庵野秀明。監督は平成ガメラシリーズの特技監督や映画『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』の監督で知られる樋口真嗣。特撮やアニメが好きならオタクにとっては、文句なしの最強の制作陣だ。
 とはいえ「怪獣が出てくるような映画にはそもそも興味がわかない」という人も多いだろう。しかし、この『シン・ゴジラ』に関しては、アニメや特撮には興味がない人「怪獣映画なんて自分には関係のない」と思っている人が見ても面白いのではないかと思う。

 もちろん、庵野秀明と樋口真嗣が作り上げたゴジラが東京を破壊するシーンは凄まじく、一番のみどころなのだが、そんなゴジラがもたらす破壊の恐怖を描くために繰り返されるリアルな会議場面こそが本作の面白さを支えている。

(C)2016 TOHO CO.,LTD. もしもゴジラが現実に現れたら、日本はどうなるのか。どう政府は対応するのか、という手続きの部分を徹底的に描く『シン・ゴジラ』。アニメや特撮には興味がない人が見ても面白い内容だ

 そこに、10~20代の時に『エヴァ』を見て育ってきたオタク世代にとっての“仕事における組織の美学”が描かれている。

(C)2016 TOHO CO.,LTD. 意思決定が遅い政府に対して災害対策本部は極めて合理的で、自分のやるべきことを一人一人が邁進していく。10~20代に『エヴァ』を見て育ってきたオタク世代にとっての“仕事における組織の美学”を感じとる瞬間である

 政府の対応が遅れる中、内閣官房副長官(政務担当)の矢口蘭堂(長谷川博己)を中心に、ゴジラに対応するために、各省庁のはぐれ者たちを集めた巨大不明生物特設災害対策本部、通称「巨災対」が結成される。
 意思決定が遅い政府に対して「巨災対」は極めて合理的で、自分のやるべきことを一人一人が邁進していく。
 本作を見て圧倒されるのは、情報量の異様な多さだ。登場人物が多く早口でしゃべり。画面には次々とテロップが登場しては、カットがすぐに切り替わっていく。そこには、情報の塊がひたすら押し寄せてくるような威圧感がある。それは映画としてはいびつで、11年の東日本大震災の時にネットやテレビから速報が押し寄せてきた時のメディアパニックの時の感触をそのまま再現しているかのようだ。
 物語性が弱く登場人物に感情移入できないという批判もあるが、おそらく本作は物語である前に、巨大生物上陸という現象を、膨大な情報の塊として処理しようとしているのだろう。そのスタンスはそのまま「巨災対」にも当てはまる。彼らはゴジラをあくまで生物だと捉えて、冷静に分析することで最良の結果を導き出そうとする。
 アニメや映画に限らず、日本人は物語の中で組織を描くことが苦手である。もっと言うと組織自体を嫌悪している。『エヴァ』はその最たる作品なのだが、その根底には第二次世界大戦時における軍国主義化に対する反省がある。戦後の日本は、国や組織にがんじがらめになるよりも自由にふるまえる個人の方が素晴らしいという戦後民主主義的な考え方で進んできたのだが、だからこそ組織を肯定的に描くことができなかった。

(C)2016 TOHO CO.,LTD. 物語の中で組織を描くことが苦手な日本人。戦後民主主義的な考え方は、組織を肯定的にとらえることを阻んできた

 そんな中、唯一描かれたのが理想の組織が、組織内のアウトロー集団だ。

 『シン・ゴジラ』に影響を与えたとされるアニメ『機動警察パトレイバー』やその影響下にある『踊る大捜査線』(フジテレビ系)や『相棒』(テレビ朝日系)といったポリティカルフィクションの要素が強い刑事ドラマにそれは顕著で、『シン・ゴジラ』も、その構造から、完全には逃れることはできていない。
 本作では、日本政府のふがいなさを散々描いた後、生き残った矢口を中心とした「巨災対」が対ゴジラ戦の指揮をとることになるのだが、逆に言うとゴジラが出てくるくらいのパニックがなければ、世代交代も組織の合理化も今の日本では難しいのかもしれない。だが、矢口を『相棒』の杉下右京のようなアウトローの天才にしないで、あくまで組織の調整役としたのは大きな一歩だといえる。本作では繰り返し書類のやりとりや、何かをする際に許可を貰う場面が登場するのだが、そういった煩わしい手続きを一つ一つクリアしていく姿がカッコよく見えるのが何より素晴らしい。

(C)2016 TOHO CO.,LTD. 政務担当・内閣官房副長官の矢口蘭堂(長谷川博己)。組織人として政府の煩わしい事務手続きを一つ一つクリアしていく姿がカッコいい

 国家規模の話だと大きすぎるが、根底にあるのは膨大な情報を処理して、複数の人間の利害を調整し、いかに合理的に回していくのかというシンプルな組織論だ。本作ではそれを政府の問題として描かれているが、民間企業で働いている人が見ても、本作が描いた“組織の美学”は共感できるのではないかと思う。

●関連リンク

執筆者: 成馬零一 - ドラマ評論家
1976年生まれ。ライター、ドラマ評論家。WEBマガジン「ich」(イッヒ)主催。主な著作に『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の評論家』(河出書房新社)がある。
https://twitter.com/nariyamada
https://note.mu/narima01

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