地方の行政官と話がしたい! 日南市のマーケティング専門官

2017年4月20日
■第2回 宮崎県日南市 マーケティング専門官・田鹿倫基さん
地方自治体と中小企業。ふたつを合わせてひとつの共同体というようなくくり方をすることがあります。実はHANJO HANJO も「地域が活性化するためには、中小企業が元気でなければならない」と考えています。ただそのふたつの間には超えがたい壁があったりして、なかなかうまくいかないことも事実。そんななか、ビジネスの活性化を切り口に、地域を目覚めさせている行政の人々がいます。連載「地方の行政官と話をしたい!」では、壁を乗り越え継続的な関係を中小企業と結んだり、新しい産業をおこすことに成功している自治体に焦点をあて、状況をリニューアルするために「行政官」は何を行ったのかについて話を聞きます。

第2回は、宮崎県日南市のマーケティング専門官、田鹿倫基さんです。地方の行政に「儲ける」というこれまでになかった領域が生まれています。田鹿さんは「儲ける」の先鋒となるマーケティングを導入するために日南市が置いたポストで次々とプロジェクトを企画。地元の中小企業とともに活動するなかで市に「外貨」を呼び込むことに成功しています。そしてマーケティングのプロとしてたどり着いた先は「人事」と「生産性向上」の必要性でした。

日南市マーケティング専門官 田鹿倫基さん

■マーケティングに縦割り行政は似合わない

ーー地方自治体の肩書きで「マーケティング専門官」とはあまり聞き慣れません。

田鹿 地方自治体として初めてではありませんが、かなり珍しい業種かもしれませんね。日南市では「儲ける」というテーマを崎田恭平市長のときに掲げました。儲けるためには市場分析が必要になります。そこでできた専門職がマーケティング専門官というわけです。(*崎田の「崎」は正しくは旧字体)

ーー行政が「儲ける」を正面から捉えるとは刺激的ですが、問題はなかったのですか?

田鹿 マーケティングとは極論すれば「ターゲティングする」ということです。つまり顧客をセグメントすることになる。行政はすべてを公平に扱うということを基本としていますよね。これまでの常識だとマーケティングという発想は生まれません。崎田市長が「市がマーケティングを行う」ことを公約して当選したことで、民間企業でマーケティングに携わってきた私にお声がけをいただきました。

ーー実際にはどんな仕事をされているのでしょうか?

私の仕事は「外貨」を獲得して地域に若者の雇用を生むことです。日南市以外から入ってくるお金のことをそう呼んでいます。観光産業やふるさと納税はもちろんのこと、農産物や工業製品による収入も含まれます。具体的には、企業との協業事業、農林水産業の振興、日南市全体のPRなどを行っています。

江戸時代から伝わる日南市の郷土舞踊「泰平踊」。身分を超えて一緒に踊るという風土が今も残る日南市。官民の垣根を超えて地域創生に取り組んでいる

ーージャンルが異なる業界を担当していますね。よく言われる非効率な「縦割り行政」とは異なります。

田鹿 一般的に行政の管轄は業界ごとに分けられています。しかし、日南市のマーケティング推進室では、市の産業を「中」と「外」に分けて捉えています。同じ小売業でも地元の人を顧客にしているスーパーと観光客を顧客にしているお土産屋では地域経済の中では役割は違います。業界別の縦割り行政では同じ小売業になりますが、外向け、内向けを分けて考えると行政に求められる施策も違うわけですね。

■「お前の代わりはいくらでもいる」という時代は終わった

ーー田鹿さんはもともとは民間出身(リクルートを経て在中国の広告代理店)です。着任当時は地元の中小企業・事業者の状況はどのように映りましたか?

田鹿 中小企業に特に問題点があるわけではありませんでした。日南市は林業が盛んな地域ですが、バイオマス発電と中国への輸出という追い風が吹いているので、いま木材単価は高値になっています。製造業の売上も安定していました。しかし「人事」のところで課題を抱えている経営者が多かった。人材を採用したいのにうまくいかないという問題です。

かつて若者が多かった時代にはハローワークと縁故採用で事足りました。高校の場合は学校とのパイプで高卒社員を採用できた。終身雇用も普通だったので、地方の中小企業は「ひと」については困らなかったんです。しかしいま、宮崎県では高校卒業後に半数は県外に流出しています。地元の企業はこれまで、人事、採用を計画的に行ってきたわけではないため、ひとがいなくなって「さてどうしよう?」という状態だったんです。人事の設計ができる経営者が少ないし、そもそも人事まわりでの目標設定ができていない場合も多くあります。そこで私は、県内の人材系の会社を日南市に招き、企業との意見交換から始めることにしました。

ーー地方の中小企業の衰退の根底には「ひと」の問題があるということなんですね。

田鹿 「お前の代わりはいくらでもいる」と経営者が言えた昔とは違うんです。いまは辞められたら誰も会社にはいなくなってしまう。人事設計ができないと、売上がたっても社員が採用できず供給が追いつかない。最悪場合だと事業がなりたたなくなる。そんな時期に入っているんです。人事が地方の中小企業の肝なんです。

ーー昨年9月には、首都圏から日南市への人材還流の取り組みとして「オトナのインターンシップ」を実施しています。

田鹿 日南市の中小企業経営者の右腕になるようなひとを採用したいという考えで始めてみました。3泊4日という短期間でご家族と一緒に日南市にきてもらい、ご本人は地元企業の課題解決を目指す就業体験に参加していただく。ご家族には保育施設など生活環境を見てもらいました。週末にはご本人も一緒に観光ツアーなどに参加してもらうという試みです。このイベントでのポイントのひとつは「家族」。家族ごと日南市にきてもらい、奥さんや子どもさんには地元での生活を体験してもらう。30名ほどの応募があり、実際には2組が体験留学しました。協力会社であるビズリーチさんの「ビズリーチ」や「スタンバイ」に登録している方なので、応募者はみなさんスペックが高い。地元企業も喜んでいます。この企画は結構いけそうな気がしています。

ーーほかにも人材についてアイディアをもっていそうですね。

田鹿 これからは人事のアウトソーシング機能が大事だと考えています。会社単位ではなく「地域の人事部」を作ることができれば、地域全体の生産性を高める手段になるのではと思っています。例えば「午前はこちらの会社で、午後はあちらの会社」といった特定の会社に従属しないやり方や、「1社月額10万円、2社を掛け持ちで20万円」の人事担当者がいてもいい。個人の特性と会社の特長を把握して人事のマネージメントができれば、生産性の向上につながるのではないでしょうか。

■企業の本音を聞きたければ、現場に足を運ぶこと

日南市はインバウンドで人気が上昇中。「ディープな旅」を指向する3回目以上の来日層が多いのが特徴。飫肥城(おびじょう)城下町の武家屋敷を市が民間企業に委託、一棟まる貸しの宿泊施設に(現在改装中)

ーー外貨獲得の手段のひとつ、インバウンドについても話を聞かせてください。

田鹿 日南市を訪れる海外からの旅行者の特徴は「ディープな旅」を指向する3回目以上の来日層が多いという点にあります。個人旅行のできる、富裕層の欧米系、台湾・韓国系です。「東京も飽きた、京都大阪も飽きた、福岡だって飽きた。もっと田舎に行きたい」ーーそんな時に浮上するのが日南市なんです。飫肥城(おびじょう)城下町の武家屋敷を民間企業に委託して一棟まる貸しの宿泊施設に改装中なのですが、オープン前からとても人気があります。インバウンドには大きく二つの意味があると思っています。ひとつは地域に金を落としてくれること。もうひとつは商売が地域に生まれるということです。

ーーところで、中小企業や飲食店などのサービス事業者にとって、行政は身近な存在なんですか?

田鹿 他の行政職員の方と情報交換していると「なかなか企業の人が市役所に来てくれない」と悩んでらっしゃるケースがあるんですが、やはり市側から出向いたほうがいいと思っています。逆に企業が市庁舎に足を運んでくれるのは入札や補助金のときだけなので、本音で話してもらえないんですよね(笑)。もし市庁舎に来てくださっても、アウェイな雰囲気ではなかなか密度のある話はしてくれませんから。私たち行政側が相手のホームである会社を訪れる方がいい結果をもたらします。従業員の顔も見られるし、圧倒的に得られる情報量が多いですからね。

日南市にサテライトオフィスを設置したIT企業「ポート株式会社」。日南市で初めてのIT企業として、首都圏に行かなければできないと思われていた仕事を提供し、地方で働く一つのモデルづくりを目指している

ーーマーケティング専門官の目から見て、ビジネスを考える上で日南市の行政のいい点は何だと思いますか? 

田鹿 「民間との付き合い方がうまい、意識の壁が低い、よく官民で飲み会をやっている」(笑)。官民の協調には地域の歴史風土が関係しているような気がします。日南市は江戸時代、5万1千石の小さな藩でした。隣には強大な藩である薩摩藩がいる。有事の時は身分や立場なんか言ってられなかったんです。ひとたび事が起これば一緒に戦う。お祭りも一緒でした。そんな地域としての一体感が文化として根付いているんです。いまは少子高齢化で地域の存続は危ぶまれている「大有事」ですから、昔、身分を超えて一致団結したように、今は官民の垣根を超えて一緒に戦っている最中です。
●プロフィール
田鹿倫基(たじかともき)さん
1984年生まれ。2009年宮崎大学卒業、同年リクルート入社。アドオプティマイゼーション推進室でネット新規事業開発に関わる。2011年アドウェイズ上海法人を経て、2013年に日南市マーケティング専門官に就任。自治体のPR活動、から企業誘致まで幅広い活動を担う。

●関連リンク

執筆者: 加藤陽之 - HANJO HANJO 編集長
コンピュータ関連の出版社からキャリアを始め、カルチャー雑誌などの編集長を歴任。これまで数多くの著名人をインタビューしてきた経験を活かし、HANJO HANJOでは中小企業経営者の深く掘り下げた話を引き出し続ける取材の日々。

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