ドラマ『火花』(又吉直樹)に会社員の人間関係を見る

2016年7月15日
昨年、お笑い芸人の又吉直樹が芥川賞を受賞し累計発行部数251万部のベストセラーとなった小説『火花』(文藝春秋)がドラマ化された。放送枠はNetflixというインターネットの有料動画配信サービス。昨年、日本で一番売れた小説のドラマ化がテレビ局ではなくNetflixだったことは多くのテレビ関係者に衝撃を与えた。
 昨年、お笑い芸人の又吉直樹が芥川賞を受賞し累計発行部数251万部のベストセラーとなった小説『火花』(文藝春秋)がドラマ化された。放送枠はNetflixというインターネットの有料動画配信サービス。昨年、日本で一番売れた小説のドラマ化がテレビ局ではなくNetflixだったことは多くのテレビ関係者に衝撃を与えた。
 本作は若手芸人の徳永(林遣都)と、徳永が心酔する先輩芸人の神谷(波岡一喜)という師弟関係にある二人の芸人の物語だ。物語は2001年から始まり、一話で約一年が経過していく。そのため、00年代を「お笑い」という側面から切り取った青春ドラマとなっている。
 総監督を廣木隆一が務め、沖田修一、白石和彌といった映画監督が各話の監督として参加している本作は、ドラマというよりは500分弱の映画を見ているかのような完成度を誇っている。一挙全話放送で途中にCMもないため、映像の緊張感が並はずれており、ここまで硬派な作品作りは、地上波のテレビでは難しいだろう。

(C)2016YDクリエイション ドラマと言うより500分弱の映画を見ているかのような完成度の『火花』。一挙全話放送、CMもないため、緊張感が並はずれている。作品をじっくりと見てもらう回路を生み出せる可能性を秘めている。Netflixは「ポストものづくりの時代」のヒントになりえる動画配信サービスだ

 芥川賞を受賞した純文学というと、ついつい堅苦しく見えて、小説が好きじゃない人には、むずかしい世界ではないかと敬遠したくなってしまう。しかし、本作はとても読みやすく、かつ青春を描いた物語として普遍的な仕上がりとなっている。
 それはドラマ版も同様で、夜の歓楽街を呑み歩きながら「お笑い」について語り合う徳永と神谷の姿は若手芸人でなくても、多くの人々が若い頃にそういう時代があったなぁと懐かしく思うだろう。そんな普遍的な青春像のバックボーンとして配置されているのが、00年代のゲーム化したお笑い業界の姿だ。
 00年代のお笑いは作りこまれたコント番組がどんどんなくなっていき、代わりに観客からの支持を競うトーナメント型の番組が増えていった。同時に芸人の地位はプロスポーツのアスリートのような尊敬を受ける存在へと変わっていき、若者にとってはミュージシャンやプロスポーツ選手と匹敵する人気職業となったが、その分だけ競争率は激化している。

(C)2016YDクリエイション ミュージシャンやプロスポーツ選手と匹敵する人気職業となった00年代のお笑い。その分だけ競争率は激化、資本主義的になった状況は芸人間の関係性を変えていく

 徳永が山下(好井まさお・井下好井)と組んでいる漫才コンビ・スパークスは、所属する芸能事務所からあるオーディションを紹介される。それはライブハウスのオーディションで、徳永たちは漫才の持ちネタを披露し、そこで合格すると主催ライブに出演することができる。徳永は、そこで開催されるライブで放送作家やテレビ関係者から注目され、そのツテで深夜のラジオ番組に出演するといった感じで、少しずつ駒を進めていくのだが、テレビ番組に出演することなど遥か先で、コンテスト番組で優勝して、やっとバラエティ番組の雛壇に座れるという競争率の激しい世界だ。
 そこで求められるのは、場の空気を読んでいかに面白いキャラクターを演じるのかというコミュニケーションスキルなのだが、徳永は途中から髪の毛を銀髪に染めて、笑いのネタも観客に受けやすいようにキャッチ―なものへと変えていくことで、人気芸人の足掛かりをつかんでいく。一方、神谷のような芸(作家性)にこだわり、自身のキャラクター化に否定的な芸人は、中々テレビの世界に入り込む隙がない。

(C)2016YDクリエイション 芸=作家性にこだわり、自身のキャラクター化に否定的な神谷(波岡一喜)は、テレビに入る隙がない。技術に自信があるのに商品化に苦しむ中小企業の姿と重なる

 お笑いの世界というと、特殊な人々の世界だと思われがちだが、彼らもまた、私たちと同様、人間関係の中で右往左往する同じ人間だというのが本作を見ているとよくわかる。
 事務所に所属していても、会社員ではない芸人たちは基本的にフリーランスの集まりで、だからこそ先輩後輩といった人間関係を重んじている。勢いのある先輩芸人には自然と仲間が集まる一方で、売れない芸人の元からは人が離れていく。こういうところはまるでサラリーマンのようで、もしかしたら会社員以上に人間関係に気を使って生きているのかもしれない。
 このようなゲーム化した芸人の世界で徳永と神谷は翻弄されていくのだが、本作が面白いのはそういった現実を、物語レベルでは丁寧になぞりながら、配信方法においては、そこから脱却する糸口を見せているところだ。
 Netflixの特異性は、インターネット発の動画サイトでありながら、制作にも力を入れており、映画やテレビに引けを取らないクオリティを保っている点にある。
 同社が制作した政治ドラマ『ハウス・オブ・カード 野望の階段』は、『ソーシャル・ネットワーク』や『ゴーン・ガール』で知られる映画監督のデヴィッド・フィンチャーや、俳優のケヴィン・スペイシーが制作総指揮を務めており、全世界で高い評価を受けている。制作能力において、もはやテレビとネットの境界はなくなりつつあるといえよう。
 SNSを筆頭とするインターネットの発展は、映画や小説といった旧来の物語コンテンツを弱体化させ、多くの人々は短い時間で楽しめる単純な作品にしか興味が持てなくなっている。しかしNetflixを見ていると、もしかしたらもう一度、作品をじっくりと見てもらう回路を生み出せるのかもしれないと期待させられる。その時こそ、神谷のような芸人が復活する契機となっていくのだろう。

●関連リンク

執筆者: 成馬零一 - ドラマ評論家
1976年生まれ。ライター、ドラマ評論家。WEBマガジン「ich」(イッヒ)主催。主な著作に『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の評論家』(河出書房新社)がある。
https://twitter.com/nariyamada
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