「フリー乗車券」は高速バスのFIT対策に有効か?

2016年12月21日
2016年春に中国の関税制度が改正され、海外製品を「お土産」を持ち込むより「越境EC」でウェブ購入した方が得となり、「爆買い」目的の団体ツアーの勢いがピタリと止まった。一方、訪日外国人の総数は、国の統計では依然として増加中だ。「団体客は減少、訪日客の総数は増加」の差分がまるまる「FIT(個人自由旅行)化」と言うことができる。「高速バスのFIT対策」というと、行政や業界からはすぐに「フリー乗車券(乗り放題きっぷ)」というアイデアが挙がる。「全国の高速バスを1枚のきっぷで」「いや、まずは地域単位で」という話になる。だが、それは少し安直な発想だ。
 2016年春に中国の関税制度が改正され、海外製品を「お土産」を持ち込むより「越境EC」でウェブ購入した方が得となり、「爆買い」目的の団体ツアーの勢いがピタリと止まった。一方、訪日外国人の総数は、国の統計では依然として増加中だ。「団体客は減少、訪日客の総数は増加」の差分がまるまる「FIT(個人自由旅行)化」と言うことができる。
 以前のインタビュー記事(16年8月12日「訪日客、次のゴールデンルートを探せ!」)で触れたように、もともと訪日観光客は団体ツアーからFITへとシフトが進んでいた。関税の件がその動きを加速させただけだ。バス業界内では、団体ツアー向けの「貸切バス」事業者(旅行会社などから発注を請け希望に合わせ運行)から、「高速バス」「空港連絡バス」「定期観光バス」など個人向け商品を運行する「乗合バス」事業者に主役が入れ替わるということだ。
「訪日4000万人」を目標とする国も、高速バスに期待する。「ゴールデンルート(東京~富士山~京阪)」以外に観光客を送り込まねば、同地域の空港やホテルのキャパシティが、訪日客の増加を制約するからだ。筆者もメンバーになっている「国内観光の振興・国際観光の拡大に向けた高速バス・LCC等の利用促進協議会」等で施策を進めている。
 ところで、「高速バスのFIT対策」というと、行政や業界からはすぐに「フリー乗車券(乗り放題きっぷ)」というアイデアが挙がる。「全国の高速バスを1枚のきっぷで」「いや、まずは地域単位で」という話になる。だが、それは少し安直な発想だ。
 たしかに、全国のJR(鉄道)に乗れる訪日客向け「JAPAN RAIL PASS」は好評だ。北海道から九州まで広域を周遊するには鉄道が最も効率的な移動手段だからだ。だが、海外旅行者が、滞在時間を消費してまで所要時間の長い高速バスを乗り継いで旅するだろうか。
 また、都市部(東京都内や京都市内等)において、地下鉄やバス、JRや私鉄に小銭で支払う手間なく乗れる域内のフリー乗車券は重要な施策だが、座席指定制の路線が多い高速バスでは、乗車手続きの手間がなくなるわけではない。さらに言うと、こうしたフリー乗車券を設定する際は、運賃収入の配分方法等を巡り事業者間の調整に多大なエネルギーもかかる。
 FITが高速バスを好むのは、鉄道だと乗り換えが発生するデスティネーションに向かうケースである。富士五湖や富士山五合目、御殿場のアウトレット、飛騨高山、湯布院や高千穂、それに白馬やニセコといったスノーリゾートがその典型である。鉄道直通がないような地域にこそ、外国人が望む日本らしさ、日本の魅力が残っているということなのだろう。最初の訪日では、貸切バスを使う団体ツアーや「JAPAN RAIL PASS」で全国を駆け足で回った訪日客も、二度目からは「より深い日本」を求めてこれらの地域に分け入っていくのだ。
 であるならば、まず取り組まねばならないのは、広域を網羅的に周遊できるフリー乗車券の造成ではない。アクセスは不便だが訪日客が魅力を感じる珠玉の(小さいけれど輝いている)デスティネーションを、ストレスなく旅することができる環境づくりの方が先決だ。
 我々高速バス業界で言えば、フリー乗車券よりも、空港や大都市からこれらの地点をつなぎ別の空港へと抜ける「回廊(コリドー)型の乗継乗車券」だ。中部国際空港から飛騨高山→白川郷→金沢をつなぐ「昇龍道」を高速バスで乗り継いで旅行する「昇龍道高速バスきっぷ」が最たる成功事例である。決して、広域フリー乗車券が不要だという気はないが、「FIT=JAPAN RAIL PASS」といった連想ゲームで企画するのではなく、旅行者のニーズに立ち返り必要な施策を検討するべきだ。
 乗車券だけの問題ではない。第一回目のコラム(16年10月28日「大都市で知られていない『高速バス』の成長」)でご紹介したように、高速バスはこれまで「地方から都市への足」として沿線住民の利用が多く、(日本人であれ外国人であれ)観光客の比率は大きくなかったため、路線やダイヤ設定が地元向けとなっている。そういった商品性そのものにも、観光色を加えていかねばならない。
 また、(「はとバス」等の一部を除き)定期観光バスは各地で衰退しており、着地型ツアー(現地ツアー)のニーズに対応できていない。場合によっては、高速バス(移動)と定期観光バス(観光)の両方の要素を兼ねた新しい業態が必要かもしれない。
 バス業界だけでは解決しない問題もある。貸切バスでの団体ツアーと比べると、個人旅行の最大のハンディは手荷物だ。国も「手ぶら観光」の愛称でその解決を目指している(補助金の対象にもなっている)。たしかに、ホテルをチェックアウトする際に荷物を預け、その日に宿泊するホテルに夕方に届いていれば、旅行者は手荷物のストレスなく観光することができる。

個人旅行の最大のハンディとなる手荷物の扱い。「手ぶら観光」のための実証実験が現在、中部国際空港~名古屋市内のホテル間において、名鉄バスとヤマト運輸で行われている

 普通に考えれば、ホテルでの集配は宅配便業者が行い、荷物そのものは高速バスの床下トランクで運べば実現するが、現実には、むろん様々な課題が存在し簡単な話ではない。まずは、ニーズが大きい特定の路線で実験的に開始するほかない(2017年2月まで、中部国際空港~名古屋市内のホテル間において、名鉄バスとヤマト運輸が実証実験中)。その他、多言語案内表示や、ITを活用した観光案内等を充実させるためにも、「回廊(コリドー)」を作り、そこにリソースを集中投資する手法が有効だ。
 そして、「回廊(コリドー)」完成に不可欠な要素が、隣接する観光地どうしの連携だ。1~2泊程度の国内旅行者のみを相手にしていた頃は、たしかに、お隣の県、お隣の温泉地はライバルだったかもしれない。だが、移動しながら観光と宿泊を重ねる訪日客を想定した場合、魅力的な観光地や温泉が横につながって集客力のある周遊ルートを完成させる必要があるのだ。
 本格的な「FIT時代」を迎え、交通や宿泊など観光産業にかかわる多くの業種で変革を迫られているのは、これまで国内マーケットにいかに恵まれていたかという点の裏返しだ。急速なFIT化は、これを機にもう一度、旅行者視点で商品や流通のあり方を見つめなおすチャンスを与えてくれている。着実に実現することが、その恵まれた国内マーケットを維持する助けにもなるはずである。

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執筆者: 成定竜一 - 高速バスマーケティング研究所株式会社代表
高級都市ホテルチェーンを退社後、06年に楽天バスサービス株式会社に入社。楽天トラベル「高速バス予約」サービスの事業責任者を経て、同社取締役に就任する。11年に退職すると、高速バスマーケティング研究所を設立。国土交通省「バス事業のあり方検討会」委員(10年度)、「国内観光の振興・国際観光の拡大に向けた高速バス・LCC等の利用促進協議会」(15年度~)などを歴任する。

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