「社会的行為」から「個人的体験」へ。変化を迫られる観光

2016年11月29日
「マス・ツーリズムの終焉」が旅行業界で言われ始めてから、ずいぶん経った。  戦後の経済成長を背景に、大型宿泊施設や航空路線の拡充とパッケージ旅行の充実により、低価格かつ気軽に一般市民が旅行を楽しむことができるようになった現象が、マス・ツーリズムである。だが、社会が成熟すると、旅行目的の細分化が進み、有名観光地を巡るだけの定番化された旅行では、消費者が満足しないというのだ。
「マス・ツーリズムの終焉」が旅行業界で言われ始めてから、ずいぶん経った。

 戦後の経済成長を背景に、大型宿泊施設や航空路線の拡充とパッケージ旅行の充実により、低価格かつ気軽に一般市民が旅行を楽しむことができるようになった現象が、マス・ツーリズムである。だが、社会が成熟すると、旅行目的の細分化が進み、有名観光地を巡るだけの定番化された旅行では、消費者が満足しないというのだ。

銀座の免税店前。個人旅行化で団体ツアー用貸切バス需要に一服感

 さらに、我が国では、修学旅行や社員旅行、町内会などの団体旅行が、観光に携わる産業の中で大きな存在感を持っていたが、そのような「社会的行為としての旅行」それ自体が、存在意義を問われていることも間違いない。
 20年前、社会に出てホテルに就職した筆者は、観光産業の仲間たちと、居酒屋でそのような話題でよく盛り上がった。ウェブ普及により(使う側のリテラシー向上という要素を含む)流通する情報量が圧倒的に増加し、宿泊や交通の予約まで簡単に行えるようになれば、個人個人が希望する旅行を、彼ら自身が組み立て予約することができる。「旧来型の旅行会社は不要になるはずだ」と。議論仲間には当の旅行会社の社員もいたが、誰も遠慮しなかった。というより、既存旅行会社の存在感低下は自明の理だと、そこにいた皆が感じていたのだ。
 だが、あれから20年経った今、どうだろう? 既存旅行会社の利幅は相変わらず低いが、それでも、ショッピングモール内の旅行会社の店舗などは来店客で溢れている。幸か不幸か、あの時の議論と裏腹に、旅行会社はその役割を終えてはいない。
 筆者にはそのことがずっと謎であった。旅行ガイドブックは白黒印刷のA6サイズからカラーのムックになり、情報量は増加した。それどころか、ウェブ上には観光に関する情報が溢れている。有名観光地に出かけても、ハイビジョン放送の旅行番組で一度見た映像の追体験にしかならない。旅行に行くことそれ自体が特別な意味を持った時代ならまだしも、今の時代に、旅行会社が総花的に組んだパッケージ旅行に参加する意義がわからない……。趣味やスポーツなど、旅行者一人ひとりに関心ごとが違う以上、パッケージ旅行は「お仕着せ」でしかないはずだ。
 先日、喫茶店で原稿を書いていると、隣席のカップルがガイドブックを手に連休の旅行を計画していた。おのずと聞き耳が立つ。彼らは、地元(横浜)と御殿場のアウトレット、さらに浜松市との物理的、時間的距離を大きく勘違いしているようだったが、最後の最後になんとか現実的なプランに収斂してその作業を終えた。レンタカーを借りての車旅行でさえこうである。ましてや、公共交通を乗り継いでの旅行の計画など、苦行なのかもしれない。

 期せずして一般的旅行者のプランニング過程を盗み聞くことになり、なるほどと気づくことがあった。筆者自身が自分の旅行を計画する際には、
【1】「自分が行きたい旅行の姿」(目的地やテーマ)が生まれる
【2】その目的地やテーマなら、例えば往復は航空機だとか、何泊で回れそうだとか、中間地点にいい温泉があるからそこに泊まろうといった全体像をぼんやり絵に描く
【3】それを実現するため、ウェブで情報を集め詳細な旅程を作成し、予約する

という過程を、無意識に踏んでいる。そして、その3過程のうち、ウェブ化によって進化した部分は【3】だけだ。
 ウェブ化が進めば旅行会社の役割は低下し、一般的な旅行者も自ら旅程を作成し、個人個人に「分化」し、より「深化」した自分なりの旅行を楽しむようになるだろう……という見立ては、もともと旅行好きでそれを仕事にまでしてしまうような、その分野の基礎知識が多い私たちの思い上がりだったのだ。一般的な旅行者は、そもそも【1】自分が行きたい旅のテーマも強くは持たず、【2】仮にあったとしても、旅行の全体感を漠然とイメージすることができない。さほど料理をできない私が、鍋や食材を渡されて「好きな料理を作って」と言われても、ポカンとするだけだろう。その姿の裏写しだ。
 それでも、「大ロット、少品種」の旅行を中心とした、旧来型の観光産業のままで、以前のような存在感を我々が持ち続けることはできないだろう。自分自身の周囲を見渡してみても、余暇の過ごし方は、大いに多様化している。旅行に行くこと自体はもう特別な行為ではなく、旅そのものは目的とはなり得ない。健康、学び、家族など大切な人との時間といった、その旅行者個人にとって価値があり、かつ現地に出向かなければ手に入らない体験を提供できなければ、旅へのインセンティブは低下する一方だろう。
 つまり、バス業界や旅行業界の仲間たちを巻き込みながら、次に筆者が目指すべき道は、一般的な旅行者が【1】【2】の過程をより簡単にクリアする仕組み。より多くの人が「個人的体験としての旅行」の楽しさを見つけるため、「旅のプランニング過程」をイノベーションすることだと、決意したしだいである。

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執筆者: 成定竜一 - 高速バスマーケティング研究所株式会社代表
高級都市ホテルチェーンを退社後、06年に楽天バスサービス株式会社に入社。楽天トラベル「高速バス予約」サービスの事業責任者を経て、同社取締役に就任する。11年に退職すると、高速バスマーケティング研究所を設立。国土交通省「バス事業のあり方検討会」委員(10年度)、「国内観光の振興・国際観光の拡大に向けた高速バス・LCC等の利用促進協議会」(15年度~)などを歴任する。

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