三井逸友

横浜国立大学名誉教授

横浜国立大学名誉教授、嘉悦大学大学院客員教授。慶應義塾大学経済学部 大学院を修了後、駒澤大学、横浜国立大学に勤務。日本中小企業学会の常任理事で、07年から約3年間に渡り同会長を務める。主な著作に『中小企業政策と「中小企業憲章」』『21世紀中小企業の発展過程』がある。

  • ミャンマー訪問から~大きく変化する国とその経済成長~

    本年10月13日から16日、ミャンマー連邦共和国の首都ネピードー市に行った。ミャンマーには2年前、ヤンゴン市にも行っているので、二度目の訪問である。日本企業の現地展開などからも注目される存在であるミャンマーの現況を見てみたいという思いもつよかった。

    2017年11月6日

    三井逸友

  • 「2017年版 中小企業白書」と、創業支援策の課題(後編)

    「フリーランス」と言おうが、「フリーター」としようが、「副業」に精出すか、「内職」と呼ぶか、そうした言霊の印象を離れ、自分で自分自身を雇い、自分で仕事と稼得をつくりだす、そうしたかたちをもっと正面からとらえ、今日の経済社会に生かす道を考えるべきだ

    2017年6月23日

    三井逸友

  • 「2017年版 中小企業白書」と、創業支援策の課題(前編)

    本年版の『中小企業白書』が4月21日に発表され、まもなく市販版も店頭に並ぶ。『2017年版 中小企業白書』、『2017年版 小規模企業白書』あわせて1200ページ余の大部ともなると、いささか読み通す気力も失せるが、近年は新聞発表にあわせて分かりやすい要約資料が公開されるうえ、特に今回は大部ながら記述は狙いを絞られており、あまりに多岐にわたる言及記載で、理解するのに困るといったことはない。

    2017年6月22日

    三井逸友

  • 徳島上勝町から、地域産業活性化の原点を考える10の教訓

    この10年来大きな注目を集め、画期的なサクセスストーリーとして取り上げられてきたものの一つが、徳島県上勝町の株式会社いろどりの事業である。この厳しい時代にあればこそ、その普遍的な意義と教訓をいまいちど振り返るのも決して無駄なことではないだろう。

    2017年5月15日

    三井逸友

  • 事業承継と親族後継者の「学び」

    今日の中小企業の最大の問題でもある、円滑な事業承継による存続と発展。問題は、「うまく受け継ぐ」ことだけにあるのではない。広い意味での「学び」をどう位置づけ、実行するかにより、事業承継と世代交代の「成否」も相当に左右されると痛感する。

    2017年2月22日

    三井逸友

  • マレーシアの今昔~めざましい経済成長とジレンマ~

    マレーシアを何度か訪れている。今年は、マレーシアに展開する日本企業の最新動向を見に、首都クアラルンプールを訪れた。最初に訪れたのは20年以上も前のことであり、この間の発展と変貌ぶりは著しいものがある。

    2016年12月29日

    三井逸友

  • 地域経済社会の創造と発展に求められる「多様性」「異質性」

    地域のポテンシャルと産業集積、諸方面の力を糾合連携させるだけでは「十分条件」にはならないというのが、この10年余のさまざまな地域での経験が示すところである。ではなにが足りないのか?

    2016年11月17日

    三井逸友

  • 日本中小企業学会大会と、「地方創生」の課題

    日本中小企業学会の第36回全国大会が開催された。大会では「『地方創生』と中小企業ー地域企業の役割と自治体行政の役割」と題し、まさに日本の経済社会の当面する最大の問題とも言える「地方創生」を正面から掲げるものであった。

    2016年9月27日

    三井逸友

  • 「ものづくり中小企業」の真のつよみ

    ITによる構想とデザイン、制御ーーいわば「無人工場」のような究極の姿に対し、よく持ち出されるのは、「町工場では依然職人芸が生きている」という描写である。職人の長年の経験、勘とコツ、「身体で覚えた」動作や感覚で、複雑精密な形状を作り上げてしまう、「手づくり」のすごさ、そこにこそ中小企業の神髄があるといった言説や描写はしばしば映像メディアの世界などにも登場し、感動を誘う。けれどもそうした描写は半ばミスリーディングであるとも感じる。

    2016年8月25日

    三井逸友

  • グローバル化対応コミュニケーションと言葉の壁

    欧州中小企業の日本での事業展開に関する調査を行ったが、ここでの悩みの一つは、日本でスタッフを採用したくても、技術や専門分野に秀でているひとも言葉でダメ、エイゴ使えない、むしろ避けたい人が多い現実で、人材問題で行き詰まるというのである。

    2016年7月15日

    三井逸友