【HJ HJ EYE:2】進む農業の法人化、必要とされる人材とは?

2016年6月29日
HANJO HANJOが中小企業のビジネスに関わるキーパーソンに中小企業の現在を問う「HJ HJ EYE」。第2回は農業に特化したマッチングサービスのパイオニア「あぐりーん」代表で、農業求人サイト「農家のおしごとナビ」を展開する吉村康治氏に話を伺った。

株式会社あぐりーん 代表 吉村康治さん

■農業は横のつながりで認知が広がる

――吉村さんが株式会社あぐりーんを創設してから約7年が経ちました。この農業のマッチングという事業は、どのような経緯から生まれたのですか。

吉村 前職で人材の派遣業務に携わり、全国各地を訪れていました。その際に農家や畜産農家からも人材に関する相談を受けることがありました。しかし、担当していた事業における求職者の中には、一次産業を希望する方がいなかったため、お断りするしかありませんでした。このような現状に対して何かできないかと、それで立ち上げたのがこの会社です。

――顧客のニーズに応える形で始められたということですね。事業の立ち上げは、スムーズに進んだのでしょうか。

吉村 当時はリーマンショックの影響で失業者が多く、世の中は雇い手市場でした。ハローワークに応募を出せば、無料で人を雇うことができます。農業ブームで業界への人気も高かったため、正直あまり受けは良くありませんでした。そもそも、当時はお金をかけて人材を採用することに対して、農家が積極的ではなかったのです。外部から人を採用するとしても、近所の方を集めれば間に合うというのが一般的な意見でした。

――わずか7年前でも、一次産業の労働力は基本的に身内でまかなうというのが常識だったわけですね。それでは、あぐりーんに求人を出してもらうために、どのような営業活動をとったのですか。

吉村 広く世に知られているような農家もありましたが、そこから営業先を増やそうとしても、リストのようなものはありません。地方を訪ねても、何か目印になるような看板もないわけです。

農業の未来を見据えて様々な活動を行っている吉村さん。若い世代に対して「就職先としての農業」などをテーマにしたセミナーも開いている

――それは、“飛び込み営業”ができないということですよね。

吉村 看板がない以上、農家を一軒一軒訪ねて歩くしかありませんでした。ただ、農家というのは会社であると同時に、一つの家でもあります。「こんにちは」と声をかけても、誰もいないこともありますし、その家の方がどの畑にいるのかも分かりません。前職での方法論が全く通じないので大変でした。

――求人に何を求めるか? その要望を集めるだけでも、大変な苦労があったわけですね。そこから活動が認知されて、ビジネスの手ごたえを感じ始めたのは、いつ頃ですか。

吉村 起業から1年から1年半はかかったと思います。ただ、農家は横のつながりが強いので、近く の農家を紹介していただいたりと、人から人へと繋げていくことで、次第にお客様が増えていきました。

――どの地域にもコミュニティや業種を束ねるようなキーパーソンがいます。そうした人間を確保することも大事なことです。

吉村 まさにその通りですね。彼らから紹介していただいた人脈も大きな力となっています。

■農業法人が人材に求めるのはマネージメント能力

――これまでハローワークで人材募集していた農家が、「あぐりーん」を利用するようになる、そのきっかけや理由を教えてください。

吉村 従来のやり方でも、確かに一時的な人手を集めることはできるでしょう。ですが、農業を会社組織として継続させるには、長くとどまって会社を共に成長させていく人材が必要です。家族経営で現状維持を続けるのもいいのですが、私はそれが農業が衰退した理由だと考えています。今の農家に必要なのは、事業の軸になって全体を見渡し、状況判断ができてパートなどを指揮できる人物です。他業種でマネージャー職として活躍していた人や、新卒の社員を長く育てていけるような人材が現場で求められているのです。

――農家ではなく会社として考えなければ、ビジネスの先が見えないわけですね。そのような問題意識は農家の側にもあったのですか。

吉村 優秀な人材を外部から集め、定着させるには、今までのやり方では駄目だという認識はあったと思います。特に若い経営者の方は、一般企業と同じような雇用の考え方が必要だという意識がありますね。

――吉村さんが農家を回り、人材の重要性を説いたこともあったのでしょうか。

吉村 人の出入りが多いままでは大変なので、本当に農業をやりたい人を採用して育てていきませんかという提案はずっと行ってきました。若い経営者は考え方が柔軟で、日ごろからアンテナを張っていますから、求人のお声がけをいただくことも多いです。

■農業法人は今後も増え続ける

――あぐりーんの利用者数を教えてください。

吉村 延べ件数では全国1600軒の農家をお手伝いしてきました。夏の繁忙期には月に100~150件の新規依頼をいただいています。求職者は月に500人ぐらいで、そのうちの約6割が現職をお持ちの方です。

――すぐにでも働きたいという人は4割ということですね。それは、農業以外の仕事と比べてどんな比率なのでしょうか。

吉村 私の前職の経験を踏まえると、だいたい同じぐらいだと思います。

――現職を持っている人は、主にどのような仕事に就いているのですか。

吉村 色々な方がいらっしゃいますが、IT関係が多いですね。少し体を動かして、自然の中でものと関わりたいという意見をよく聞きます。介護関係も多いです。

――求人募集をする農家は、やはり法人が多いのでしょうか。

吉村 法人と一般の比率はかつて半々ぐらいでしたが、今では約6割が法人です。現在は全国に約1万6000社の農業法人がいるといわれており、安倍政権は今後7年間でこれを5万社まで増やすことを目標としています。組織化を進め、規模を拡大し、加工販売を手掛けるなど、農家の事業範囲が拡大する中で、雇用は増える傾向にあるようです。

――農業法人が行う求人の傾向には何か特徴が?

吉村 正社員はあまり増やせませんので、組織を拡大するうえでの核となる人材を若干名探すケースが多いです。農家としての経験は問われませんが、農業に可能性を感じ、いろいろなことに主体的に取り組んでいける人材が理想ですね。

――農家に就職してもデスクワークを仕事にしていいわけですが、メディアで露出されているスローライフのイメージが実像をぼやかしているのかもしれませんね。

吉村 弊社の求人への応募者のなかで、リーダー的な立場に付きたいと考える方は13%程度しかいません。半分くらいは、自然の中で黙々と農作業をやることに憧れを持っているようです。これからの農業はやり方次第で面白くなると思いますし、会社もどんどん大きくなっていきます。その中心で働くということは、好きな人にはやりがいがあると思うのですが、なかなかマッチングが難しいところです。

農業求人サイト「農家のおしごとナビ」では、地域や業種などから農家や牧場などの求人を検索できる。農業法人による募集も多く掲載されている

■就職活動の選択肢としての農業を増やす

――「農家のおしごとナビ」は好評を得て、ビジネスとして成功と言えると思います。

吉村 農業は生き物が相手の職業で、就業時間が不規則ですし、一般の仕事よりも休みが減ります。さらに、農業を志すということは、今までの生活をすべて捨てて、新たな土地に身を置くことです。これを一生の生業にしていただくためには、まだまだ必要なことがあると感じています。

――それはたとえば、人材の質を上げてマッチングの可能性を増やすということですか。

吉村 それもありますし、もっと早い段階から農業という選択肢を知ってもらうことが必要です。大学で就職活動を始めたときに、農業を選択肢に考える方は多くありません。ですが、三十代、四十代になって振り返ると、世の中にはいろいろな仕事があって、もっと早く気づいていればと思うことがあります。現職の農家には小さい頃に祖父の仕事を見たり、農業体験をしたことがきっかけとなり、この仕事を選んだ方が多いと聞きます。そのような場所を作っていくことが、この先の農業人口を増やすことにも繋がるのではないでしょうか。あとは、受け入れ側の農業法人の雇用環境を整えていくサポートもより力を入れ、農業界に入ってきた人材が長きにわたり活躍できるようにしていきたいと考えています。

<Profile>
あぐりーん 代表取締役 吉村康治(よしむらやすはる)さん

明治大学経営学部卒業。大手人材派遣会社「スタッフサービス」で、地方支店の立ち上げや新規部門のマネージメント業務に携わる。09年6月に株式会社「あぐりーん」を設立し、同年12月には農業分野に特化した求人サイト「農家のおしごとナビ」の運営を開始する。

■取材を終えて

私たちは往々にして「農業VS他産業」という構図をつくり、農業が産業の一部でないような理解でいることがある。しかし、「中小企業」というくくりにあてはめるならば、農業は切り離されるべきものではなく、ほかの産業と横並びの存在であり、抱える問題や未来の展望などに共通部分が多いことがわかる。「農家はデスクワークのできる管理職を求めている」という吉村さんの話からは、農家もまた数多くある「スモールカンパニー」のひとつであり、そこには他の産業からの人材やマネージメントの流入は不可欠であると実感させられる。農業人口の激減、後継者の不在、耕作放棄地、TPP・・・と問題が山積している産業である農業だが、中小企業という視点をもってのぞめば、解決の糸口は意外に多いのかもしれない。

●関連リンク

執筆者: 加藤陽之 - HANJO HANJO 編集長
コンピュータ関連の出版社からキャリアを始め、カルチャー雑誌などの編集長を歴任。これまで数多くの著名人をインタビューしてきた経験を活かし、HANJO HANJOでは中小企業経営者の深く掘り下げた話を引き出し続ける取材の日々。

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