<シリーズ> 陶磁器産業復活のシナリオ(事例・常滑編)

2017年10月19日
水津陽子さんがひとつの業界にしぼって徹底取材。その現在と展望を、課題分析編、解決戦略編、具体事例編のパートにわたり深い視点で切り込んでいきます。第1回で取り上げるのは落ち込みの激しい「陶磁器産業」です。Vol.3では常滑の成功事例から復活の道のりを探ります。
 HANJO HANJO の新シリーズは、コラムでおなじみの水津陽子さんがひとつの業界にしぼって徹底取材。その現在と展望についてを、課題分析編、解決戦略編、具体事例編など複数のパートにわたり深い視点で切り込んでいきます。シリーズ第1回で取り上げるのは落ち込みの激しい「陶磁器産業」です。Vol.3では成功事例から復活の道のりを探ります。
<シリーズ> 十年で6割超の市場を失った陶磁器産業
【事例編】陶器市に依存しない、常滑~コト化と新たな波~


 中世から続くやきもの産地「日本六古窯」の一つ、常滑焼。やきものの世界で観光といえば、未だ多くの産地が年1回の陶器市頼み、客の多くは中高年という中、2015年度の常滑市の観光入込客数は陶器市「常滑焼まつり」11万6000人に対し、やきもののまちの散策を楽しむ「やきもの散歩道」は27万4000人。

 2016年に同市が行った観光ニーズ調査では、来訪者の中心は20~ 50 歳代の夫婦や友人で、初めての来訪者も多くみられるという結果が出ました。興味深いのは2008年に実施されたやきもの散歩道実態調査では他の産地同様、リピーターが多く、来訪者の7 割が中高年だったこと。果たして常滑はこの間、何をして新たな客層の取り込みや客の若返りに成功したのでしょうか。

 今回は常滑焼のコト観光が何故成功したのか、その実現への道筋と今、起こりつつある新たな波を紹介します。

やきものの散歩道を代表する風景の一つ「土管坂」。

■70年代陶芸ブームを背景に誕生した、常滑コト観光の経済効果 

 昭和の常滑焼工場群の風景を今に残す「やきもの散歩道」が誕生したのは1974年。背景には2つの要因がありました。

 一つは当時、窯業が盛んな地区で大気汚染が問題となり、業界では燃料の石炭が使用できなくなる等、大きな打撃を受けていました。またもう一つは、その頃起きた陶芸ブームによりやきものを買い求める来訪者が増えつつあったこと。こうしたことから市では訪れる人が常滑焼を理解し、誰もが気軽にやきもののまちの雰囲気を感じてもらえる散歩道の整備に取り組んだのです。

 歩いて廻れる一周約1.6kmのコースは、10本のレンガ煙突が並ぶ、国の重要有形民俗文化財指定の「登窯」、使わなくなった土管や焼酎瓶を積み、ふるさと坂道30選にも選ばれた「土管坂」などが常滑ならではのやきもの景観を形成。緑や花に囲まれたコースは自然も豊かで、地形は起伏に富み、軽自動車がやっと通れるほどの曲がりくねった細い道は迷路のように入り組んでおり、随所に現われる坂や路地がまち歩き好きの心を掴みます。

 コースには古民家を改装したショップやアートスペース等の店舗も80店あり、観光地の発展に欠かせない受け皿施設も充実。その約6 割はやきもの販売店ですが、他にも小物やアクセサリー、竹細工やガラス製品、古道具や木製品、野菜を扱う等、店舗も多種多様。

 特徴的なのはこれだけの店舗を有しながら、美しい町並み景観が維持されていることです。市では2010年「常滑市やきもの散歩道地区景観条例」を施行。景観計画を策定し、当該エリアで店舗や住居を外観補修する場合、補助金を出す等、散歩道地区の景観保全の取り組みを行ってきました。

 ただ、町並みが整うことと、それが人を惹きつける魅力に繋がることはイコールではありません。そこに生きる人々の営みやいきいきとした姿が垣間見え、その息遣いが聞こえてこそまちは魅力的であり、その賑わい、活気が人を惹きつけます。

 散歩道地区の店舗の多くは2005年の中部国際空港開港以降に開店したものです。事業者の約7 割は地区外の居住者で、店舗は徐々に増えていったといいますが、ここにに惹かれて外から集まった人たちの多くはこの地区の価値が何かを十分理解しているようです。実際歩いているとそれらは価値を毀損するのではなく、むしろ魅力を高めることに貢献しているように感じます。

 2016年の調査では「やきもの散歩道」に関連して「坂道」、「街並み」に加え、「レトロ」、「アート」、「おしゃれ」というワードが上がりました。この常滑の新たな魅力は彼らが創造した価値です。

 しかし、これを実現するには一つ乗り越えるべき大きな壁があります。地域活性化・まちおこしに成功する地域には、ある一つの共通点があります。

 それがこのよそ者を受け入れるという地域のオープン性です。使わなくなった工場や事業所等が空いているからといって、よそ者に気安く貸してくれる地域は多くありません。しかし常滑ではそこに抵抗はなかったといいます。やっぱりそうかと膝を打つ瞬間です。

 やきもの散歩道の経済効果は、2008年の調査で来訪者の約5割が飲食に、約4割がやきものに支出。当時の年間来訪者 33 万人で推計すると、その直接経済効果は21億円、間接効果(波及効果)15 億円を合わせると、総合経済効果は33億円に及ぶと出ました。

 陶器市の経済効果は関東最大級、益子焼で知られる栃木県益子町の2016年秋の陶器市(5日間、来場者約21万人)で、直接効果7.7億円、間接効果4.2億円、合わせて約12億円。確かに大きな数字ですが、いわばこれが陶器市というモノ観光のMAXの経済効果です。

 ここにやきもののコト化、コト観光が加われば、その経済効果はどこまで広がるか。この可能性が見えている地域は今どれだけあるでしょうか。

■最大の転機はインスタ映え必至の巨大招き猫?

常滑駅からやきものの散歩道へと続く県道沿いには幅6.3m、高さ3.8mの巨大招き猫「見守り猫とこにゃん」

 さて2016年の調査で常滑市の魅力を自由記述で回答してもらったところ、「やきもの」や「やきもの散歩道」以外に「招き猫」という声が多数寄せられました。

 ここでいう「招き猫」とは、生産量日本一、戦中から常滑で製造されてきたタレ目が特徴の縁起物、招き猫のやきものではなく、2007年常滑駅からやきもの散歩道に続く、招き猫通りに設置された幅6.3m、高さ3.8mの巨大招き猫像「見守り猫とこにゃん」を指します。

 常滑市を訪れる人の中に若い人の姿が増え始めたのはこの巨大招き猫像が誕生してから。きっかけは中心市街地活性化推進協議会で出たアイデアで、招き猫通りに願掛け招き猫39体とともに巨大招き猫を設置するもの。当初は全身像を設置する予定でしたが、予算等様々な制約により実現したのは頭部だけ。ただそのインパクトは絶大、むしろ頭部だけという奇異な姿が功を奏したのかもしれません。

 像は市道の上の高台に設置。常滑駅からやきもの散歩道に向かって歩いていると突然、招き猫の巨大な頭部が現われます。それだけでもインスタ映え確実ですが、近寄ってみると人間の背よりはるかに大きく、一緒に写真を撮れば、さらに注目度は大。近年はSNSの口コミにより各地で新たな観光名所が誕生していますが、この招き猫像の情報もネットで拡散、若い人を惹きつけることに成功したものの一つでしょう。

もちろん像があるだけでは写真を撮って終わり、そこにやきもの散歩道がなければ、究極の通過型です。像が設置されているのはまさにやきものの散歩道のエントランスともいえる場所。そばには訪れた人を散策に誘う、古民家を改装したアートスペースやまち歩き好きの心をくすぐる路地。足は自然とそこに向いて行きます。

コースマップも整備され、初めてでもストレスなく歩けますが、たまに迷うことも面白さの一つ。まち歩きの醍醐味は探検と同じで、予期せぬ出会いや発見、感動があってこそ、満足度は高いのです。

また、ここに来て新たな動きも生まれています。

■常滑ニューウエイブ~若手デザイナーの移住と新たなプロジェクトの誕生~

 今年、常滑市ではやきもののまち常滑の未来を創ることを目的に「とこなめ焼PROJECT」がスタート。6月には「とこなめ焼 DESIGN SCHOOL」が開校しました。

 期間は10ヶ月、内容は研修生が主体となりコト作りや場作りなど多様なプロジェクトを生み、実践する場で、参加者にはやきものの作り手に限らず、伝え手、売り手、使い手などを広く募りました。また海外での活躍経験も持つデザイナーや編集者等、様々な分野や地域で活躍する講師を招き、アイデア実現に向けたサポートを行うものです。

 このプロジェクトのプログラムディレクターを務めるのが2015年に常滑市に移住した高橋孝治さんです。

 現在、常滑市を拠点に各種企業団体とプロジェクトを進行しており、常滑市陶業陶芸振興事業推進コーディネーターも務めている方ですが、実は2005から2015年までは良品計画に籍を置き、無印良品のインハウスデザイナーとして主に生活雑貨の企画・デザインの分野で活躍されていました。

 今、高橋さんはじめ、常滑に魅力を感じて集まってきたこうした若手クリエイター等が新たな波を起こそうとしています。今年「やきもの散歩道」に隣接する常滑市陶磁器会館内にオープンしたクッキングスタジオ「とこなめ焼WORKSHOP」では隔月で常滑焼と地元の旬の食材を絡めたワークショップを開催。

 県産の大豆と米糀を使い、常滑焼の甕で味噌を仕込む回では、編集者であり日本のソウルフードおにぎりと味噌汁の魅力を提案する「おにぎりやさん」を主宰する杉江さおりさんが講師として参加。ほかにも常滑焼を使った鉢植えや常滑焼の急須でお茶を楽しむ回など、やきものを通じて暮らしを豊かにするコト化や体験観光づくりに力を入れています。

 もちろん、常滑にも課題がないわけではありません。やきもの散歩道がある市街地への来訪者数は微減傾向にあるほか、年間1164万人が来場する中部国際空港等、集客力のある大型施設から市街地への客の回遊やインバウンドの取り込みも十分とはいえません。やきもの散歩道のもう一つのコースは広範囲に点在するハコモノが中心、二次交通の課題もあり、資源を有効活用できていない部分もあります。

 しかし、早くからやきもののコト化の可能性を認識、振興策を練り、官民挙げて必要な取り組みや検証や見直しを継続した結果、新たなやきものの可能性を実証しました。

 衰退産業、斜陽産業と自ら可能性を閉ざす地域ではその可能性すら未だ認識されてはいませんし、取り組みは全く進んでいません。この手本となる先駆例に学び、奮起を求めるものです

●関連リンク

執筆者: 水津陽子 - 地域活性化・まちづくりコンサルタント
合同会社フォーティR&C代表、地域活性化・まちづくりコンサルタント。地域資源活かした地域ブランドづくりや観光振興など、地域活性化・まちづくりに関する講演、企画コンサルティング、執筆を行う。2014年地方創生法に関連し衆議院経済産業委員会に参考人出席。著書に「日本人だけが知らないニッポンの観光地」(日経BP社)などがある。

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