「旅に出る価値を生む仕組み」を再構築できるか?

2017年6月26日
我が国のツーリズム産業は、変化すべき方向性を理解しているように見えて、その変化はなかなか進まない。本当に「旅行者一人ひとりが、自身の興味関心に基づく内容のオーダーメイド旅行を、ストレスなく予約し、ストレスなく実行できる」環境が実現するためには、商品(往復の交通、現地での観光や宿泊)サイドと、流通(「行ってみたい」と感じる→旅程作成→予約完了まで)サイドの両方が、バランスを取りながら変化し続けなければならない。構造的な変化を求められているのだ。

着地型ツアーはFITに人気。だが全国的な広がりに欠ける

前回まで何度か書いたように、「団体」から「個人」へ旅行形態の変化が進んでいる。むろん、邦人客と訪日客ではその進み方に差が見られるが、流通する情報量が増加し旅行者が成熟する中で、「旅行会社のお仕着せツアー」では満足されなくなっているのは共通だ。

 この現象をバス業界の視点から眺めると、旅行会社にチャーターされて運行する貸切バスの市場は縮小し、個人客を対象とする高速バス、路線バスへの期待が高まることを意味する。特に高速バスは、「地方の人の都市への足」として地方部で定着している一方、大都市部では認知が遅れていたから、掘り起こし漏れていた大都市市場で需要喚起のチャンスと言える。むろん、FIT(海外からの個人観光客)という新しく出会う市場も拡大中だ。

 高速バスの典型といえる、大都市と地方都市を結ぶ高頻度運行の昼行路線(東京~長野、大阪~鳥取など)では、これまで都市側を午前に、地方側を午後に発車する便は乗車率が低かったから(地方側から大都市への日帰り利用が多いため、地方側の早朝発便と大都市夕方発便に需要が集中する)、その空席を埋めてくれるわけで、この流れは大変な幸運といえる。

 もっとも、「総論」としてはその通りでも、現実には高速バスにおける観光客の比率は未だ大きくない。現状の高速バスの商品性は「地元在住のリピータ」向けに特化しており観光客のニーズに対応していないし、一般の旅行者は、移動手段として高速バスを想起することが少ない。

 視点を変えて、旅行業界の立場から見ると、旅行形態の個人シフトは大変な危機である。我が国の旅行業界はこれまで、団体受け入れのオペレーションに耐えうる大型旅館や、キックバック(リベート)を提供してくれる土産店などを組み込み、手軽さと低価格を訴求するパッケージツアーが主流であった。

「個人旅行化が進むなら、街の旅行会社の店頭で、個人客のニーズをスタッフが聞き取りながら旅行を組み立てればいいではないか?」と感じる方も多いだろう。だが、ほとんどの旅行会社のオペレーション、スタッフ教育、基幹(IT)システムは、パッケージツアーの販売を前提としている。交通機関や宿泊施設を個別に手配(予約)し、手数料を、それらの取引先と旅行者双方から受け取ることもできるが、一連の手配にかかる手間と収益とを天秤にかけると、富裕層向けなど特別なサービスを除けば収益性が大きく劣る。今日の旅行会社店舗は、パッケージツアーの販売を前提に成り立っているのである。

 近年では、『楽天トラベル』『じゃらん』などのOTA(オンライン旅行会社。予約サイト)の成長が著しい。少なくとも宿泊(単品)の予約の分野では、彼らの存在感は極めて大きくなった。利用者が便利になっただけではない。宿泊施設側から見ると、既存の旅行会社には、提供する在庫(部屋)数や価格について事前に書類で提出する必要があった。また、個性的な商品設定をしてしまうと旅行会社での対面販売時に商品性がうまく伝わらず苦情になりかねないため、没個性的な商品を作る必要があった。だがOTAは、在庫や料金、宿泊プランの内容などサイト上の掲載情報を管理するシステムを宿側に開放したから、販売の主導権(在庫および料金管理や商品設定)を宿泊施設が取り戻すことができたのである。

 そのOTAの次の挑戦が「ダイナミック・パッケージ(DP)」であった。往復の交通機関と現地での宿泊その他を、ウェブ上で旅行者自身が組み合わせて一括で予約する。個人の希望に合わせた旅程を組める一方で、パッケージツアー用の割引料金の適用も受けられる。

 だが、DPは一定の存在感は得たものの、残念ながら我が国の旅行業のあり方を根底から覆すようなインパクトは持ちえていない。以前にもこのコラムで書いたが、一般の旅行者には、複雑な旅程を自ら作成するというのはハードルが高かったのである。

「DPに組み込めば、個人ごとのオーダーメイド旅行が完成する」「ウェブで発信すれば、地方のプレーヤーでも世界から集客できる」と期待されたのが「着地型ツアー」である。邦人客に対しては、個人ごとの興味関心に基づき、より細分化された現地集合のツアーが普及するだろうと言われてきた。典型的に言えば、「歴史に興味がある人を対象に、郷土史の専門家が地元の史跡のウンチクを解説するツアー」とか、農業体験や珍しいスポーツ体験などの体験型ツアーである。訪日客向けには「九州一周」など、もう少し「ざっくり」したツアーということになる。

 こちらの普及も進まない。横断的に検索し予約できるサイトも登場したが、旅行者側からすると催行日が限定されているため旅程作成が簡単ではない。ツアーが細分化され多数の小規模事業者が生まれれば、サイト側ではそれらと網羅的に送客契約を結ぶことは困難になる。訪日客向けには、首都圏(都内周遊や箱根日帰りなど)を中心にJTBグループ「サンライズツアーズ」が好調な様子だが、それに対抗するプレーヤーは少なく全国的な広がりに欠ける。

 このように、我が国のツーリズム産業は、変化すべき方向性を理解しているように見えて、その変化はなかなか進まない。本当に「旅行者一人ひとりが、自身の興味関心に基づく内容のオーダーメイド旅行を、ストレスなく予約し、ストレスなく実行できる」環境が実現するためには、商品(往復の交通、現地での観光や宿泊)サイドと、流通(「行ってみたい」と感じる→旅程作成→予約完了まで)サイドの両方が、バランスを取りながら変化し続けなければならない。どこか1社だけでは実現しない、構造的な変化を求められているのだ。

 それでも、我が国のツーリズム産業の将来のためにも、この変化を実現しなければならないと確信している。余暇の過ごし方は多様化し、もう、旅になど出なくても日常から抜け出し気分転換を図ることができる。流通する情報量は増加しており、有名観光地で目にする風景は、昨日、ハイビジョンテレビやスマホ画面で見た映像を再確認するに過ぎない。そのような中で、「旅先でしか味わえない価値(喜び、くつろぎ、学びなど)」を感じてもらうための「仕組み」の再構築が、いま求められているのである。

●関連リンク

執筆者: 成定竜一 - 
高速バスマーケティング研究所株式会社代表。高級都市ホテルチェーンを退社後、06年に楽天バスサービス株式会社に入社。楽天トラベル「高速バス予約」サービスの事業責任者を経て、同社取締役に就任する。11年に退職すると、高速バスマーケティング研究所を設立。国土交通省「バス事業のあり方検討会」委員(10年度)、「国内観光の振興・国際観光の拡大に向けた高速バス・LCC等の利用促進協議会」(15年度~)などを歴任する。

成定竜一新着記事

  • 急速にFIT化するインバウンド市場。新しいタイプのバス商品が登場

    第5回「高速バス・マネジメント・フォーラム」では、「自動運転バス」「個人旅行化が進む観光」「バス事業者の広報」という3つのテーマに沿って、多くの講師が登壇。興味深かったセミナーを紹介しよう

    2017年12月28日

    成定竜一

  • どこかおかしい「バス」への期待 ~観光産業、行政の皆さんへ~

    高速バスを運行するバス事業者は、地元で幅広く生活関連産業を展開する「地元の名士」が多い。地元の中小企業経営者にとっては雲の上の存在になってしまっていて、その声を拾い上げることさえできていない。一方、デスティネーション側には、バスは、七福神が乗ってくる「宝船」のように、海の向こうから宝物を乗せてやってくる有難い存在だという誤った認識がいまだに残っている。

    2017年11月10日

    成定竜一

  • 新たな「フェニックス族」――都市と地方の新たな関係

    高速バスの歴史を考える際のキーワードの一つに「フェニックス族」という言葉がある。鉄道だと大回りで相当時間がかかる宮崎~福岡間で、宮崎交通と西鉄らが、共同運行の高速バスを運行開始したのは1988年だ。次々に増便を繰り返し現在では29往復という人気路線に成長した

    2017年9月12日

    成定竜一

  • バスツアーも「超豪華バス」の波。高速バスとの違いは?

    首都圏~京阪神を結ぶ夜行高速バスに、「完全個室」などの超豪華車両の登場が相次いでいることは以前ご紹介した。実は、都市間を結ぶ夜行高速バスのみならず、旅行会社が企画するバスツアー用の貸切バスの分野でも超豪華バスが続々と登場している

    2017年7月19日

    成定竜一

  • 「爆買いツアー」終焉で貸切バス需要が急減、バス業界の今後は?:2

    インバウンドの旅行形態が昨年から急速に変化した。1.個人化 2.全国化 3.体験化した。バス業界では、貸切バス分野が失速し、インバウンド対応の主役が高速バス分野へと交代しつつある。では、貸切バス事業者にとってマイナスばかりなのだろうか?

    2017年5月29日

    成定竜一

  • 「爆買いツアー」終焉で貸切バス需要が急減。バス業界の今後は?

    2016年春から夏にかけてバス業界に大きな変化が起こった。中国からのインバウンド・ツアーが急減し、貸切バスの稼働率が低下したのだ。中国からのツアーへの依存度が大きかった事業者では、稼働は半減したという。インバウンドはバス業界にとって一時的な現象だったのか?

    2017年3月21日

    成定竜一

  • 「完全個室」超豪華高速バス競争が勃発、各社の戦略は?

    今年に入り、高速バスに「超豪華車両」の登場が続いている。先陣を切ったのは「ドリーム・スリーパー2」。超豪華車両は、主に東京~大阪間に投入される。東京~大阪というといかにも大動脈だが、実は高速バスにとって開拓が遅れていた市場だ。

    2017年2月9日

    成定竜一

  • 「コメの文化」と我が国のバス事業

    日本は「コメ」(稲)文化だ。稲は一粒の種籾からの収量が多い。そのため、狭い土地で多くの人口を養える。土地生産性が大きいのだ。日本の太平洋ベルト地帯のような大人口の地域は欧州や北米にほぼ存在しない。脊梁山脈を背にした狭い可住地に多数の人が肩を寄せ暮らす、というのが日本の構図だ。そして、この人口密度の大きさは、路線バスをはじめとした公共交通を事業として営む上で極めて有利だ。

    2017年1月10日

    成定竜一