アサヒグループホールディングス会長 泉谷直木氏に聞く②/経営者は「山頂の松」に学べ

2018年5月11日
顧客価値を創出するための、卓越した経営。それを実践するロールモデルとなる組織・団体を表彰するのが、1995年に設立された「日本経営品質賞」です。この活動を支える経営品質協議会の副代表を務めるのが、アサヒグループホールディングス株式会社代表取締役会長の泉谷直木氏です。インタビュー後編では、変革の時代に多くの課題に直面する中小企業経営者が持つべき考え方や信念についてお話を伺います。
顧客価値を創出するための、卓越した経営。それを実践するロールモデルとなる組織・団体を表彰するのが、1995年に設立された「日本経営品質賞」です。この活動を支える経営品質協議会の副代表を務めるのが、アサヒグループホールディングス株式会社代表取締役会長の泉谷直木氏です。

泉谷氏は広報部長を歴任し、「スーパードライ」の大ヒットを広報戦略から支え、同社を1998年に国内ビール市場トップに帰り咲かせた立役者の一人としても知られています。また、1997年度の日本経営品質賞を同社(当時「アサヒビール株式会社」)が受賞した際には経営企画部長を務められました。

そんな泉谷氏に、前編では日本経営品質賞に取り組む意義や目的と2018年度より新しく始まる「経営デザイン認証制度」について、そして後編では変革の時代に多くの課題に直面する中小企業経営者が持つべき考え方や信念についてお話を伺います。

アサヒグループホールディングス株式会社代表取締役会長の泉谷直木氏。卓越した経営を実践するロールモデルとなる組織・団体を表彰する「日本経営品質賞」の活動を支える経営品質協議会副代表を務める

企業経営にとって「見える化」の意味とは

――いまHANJO HANJO では中小企業の経営者にマネージメントやサービスの「見える化」を推奨しています。なぜ経営に「見える化」が必要なのか、泉谷さんの考えをお聞かせください。

2つあって、1つは社内の問題です。今日の経営、事業では複雑なことに取り組んでいますから、社員に対して「あれもこれも理解しなさい」とか「徹底しなさい」と上は言うのですが、それではなかなか理解されません。「仕組み」としておろさないといけない。そういう意味で言うと、「見える化」すること、意識の一体化や情報の共有化を行うことによって、共通言語が生まれる。そして共通言語が生まれることによって、将来に向けての色々な仕事の仕方を再定義していくことができる。さらには再定義をしていくことによって、社員が新しいことに挑戦していくことができるようになります。

もう1つは、お客様との共創とういう観点。「見える化」「言語化」することによって、お客様が我々の「物語」を聞いてくれるようになります。そこから、「どうやって価値を生み出していくか」という思考のプロセス、お客様との共創関係が生まれてくる。

――経営品質協議会が主催する「顧客価値経営フォーラム」ですが、2017度のテーマのひとつは「革新=イノベーション」でした。イノベーションを起こすための原動力となるものは何でしょうか。

イノベーションの原動力とは、トップのリーダーシップに他なりません。例えば、「どうやって“売る”か」という発想で経営をしていたら、イノベーションは起こらない。しかし、トップが「どうやって“買っていただく”かを考えろ」と言った瞬間に、イノベーションが生まれる可能性が出てくる。

――ご自身の体験のなかで、記憶に残るイノベーションを教えてください。

アサヒビールで言うと、「フレッシュマネジメント」という事例があります。もともとは「フレッシュローテーション」と言っていたもので、「ビールの鮮度をどう上げるか」を追求する品質向上の取り組みでした。生ビールですから、生鮮食品と一緒で鮮度が重要なのです。

昔は工場から商品を出荷するまでの日数が約20日間ありました。品質を確認するために時間がかかっていたのです。品質確認のための技術を高めれば、その時間は短縮できてお客様の喜びにつながる――。その想いから技術向上に取り組み、10日間まで短縮できたのです。では今度は5日間を目指そう、と。

こうなってくると品質確認の技術を高めるだけではなく、工場での製品の作り方も変えないといけません。実際の需要にあわせて商品を作ることが必要になってきます。その様に取り組みを重ねていき、現在では3日台まで短縮することができています。

そこで何が起こるか。お客様に新鮮なビールを飲んで喜んでいただいて、現場の社員には「買っていただいている」という実感が出てくる。経営の面では売上とブランドイメージの向上につながり、また全国の倉庫が半分に減り固定費を大きく削減できるなど財務的なメリットもある。炭酸ガス発生量、トラック走行量も減り環境にもいいというわけで「三方良し」を超える成果が出ました。そういうことをトップが実際に見せてあげることが、イノベーションなのです。社員の気持ちが変わります。

「虚心坦懐」。経営者にとって大事なものとして泉谷氏があげる言葉のひとつだ。経営者は「事実をありのままに受け入れることが重要」だと語る

――いま中小企業では事業承継が大きな課題となっています。事業承継において大切なことは何でしょうか?

「会社を承継するのではなく、事業を承継する」という意識が重要です。そこを間違えてはいけません。事業を承継するということは、「仕入れて売って、儲ける」という商いを引き継ぐのだから、それをきちんと考えなくてはならない。そうすると「かつて繁盛していたのに、なぜ最近は業績が下がっているのか」など色々な問題にぶつかってくるわけです。そうした中で、これからの経営環境の中で生き残っていくために変えるえるべき点と変えざるべき点を明確にして、きちんと社員と共有することが重要です。そのプロセスを踏まないことには、社員からの理解は得られません。

経営者は「山頂の松」に学べ

――泉谷さんは大学の後輩たちに向けて「火種人間になれ!」とエールをおくっています。火種人間が組織にとってなぜ重要なのか、今一度教えていただけますでしょうか。

若い社員に「勉強して偉くなれ」と言う先輩がいますが、私は必ずしもそうは思いません。先輩が教えるべきは「先頭に立て」ということ。偉くなって「上」に立つのではなく、会社の「先頭」に立つということです。「先頭」に立って、世の中の風にあたり、お客様の空気を匂え、と。それが気概につながる。

若いうちから先頭に立っていると、会社がその方向に向かっていく時に「あいつが一番勉強している」「若いから俺たちと違う見方をしている」というように、結果的に評価されることになるのです。それをしないで、最初から「上」に立とうと思う人間は、会社の空気ばかりを読んでいる。風に当たっていないからそこには気概が出ず、願望と変な権力意識しか身につかないのではないかと心配します。

とにかく10年間は先頭を走っていれば、会社の流れが変わるから良い仕事がまわってくる。まさに私の人生がそうでした。課長も部長も、役員も新設部門の初代。ホールディングスの社長も初代です。

――泉谷さんの過去の発言のなかで「虚心坦懐」という言葉を何度か拝見しました。この言葉はどんな意味をもっているのでしょうか。

「虚心坦懐」とは、気持ちがさっぱりとしていて心にわだかまりや先入観がなく、ありのままを素直に受け入れることができるという状態。これは経営者にとって非常に大事なことです。例えば、お客様調査を行ってその結果を見た時に、自分たちが持っているイメージと違う結果だと「この調査はおかしいのではないか」とかそういう言葉が出てきてしまう。自分たちの頭の中に既成概念がたくさん詰まっていて、それを壊されることが嫌なのですね。事実がそうなのに、事実を認めない。しかし、思い込みで課題意識をつくっても、それはそもそも課題になっていません。事実をありのままに受け入れることが重要です。

経営者やリーダーは「山頂の松」だと言う泉谷氏。下から見ている分には美しく見える松も、実は雨風に晒され枝が折れ、足元は岩肌という過酷な状況にある。トップに立つ者は周りに支えられているという感謝の気持ちで「徳の根」を張り、「倒れるわけにはいかない」という責任感を持ち、立ち続けなければならない

――経営者・リーダーとしての心構えとはどうあるべきかを、泉谷さんの経験からお話いただけますでしょうか。

基本的にはまず「企業とは何か」ということを考えることです。世の中に迷惑をかけずに富を配分すること。人を雇用して社員の幸せをつくり、お客様の喜びをつくること。リーダーシップを発揮するためには、そういった組織としての目標、お客様や社会との関係を考えることが基本です。私は「SS経営―ステークホルダーズサティスファクション経営―」という言葉を使いますが、すべてのステークホルダーに対して、どう満足を提供していくかという意識が重要です。

トップというのは「山頂の松」なのです。下からは「今日も社長は元気そうだ」と言いながら社員が見ている。ところが、山頂は雨風が吹き荒れ枝がぼろぼろと落ちる、なおかつ足元は柔らかい地面ではなく岩肌ばかり、その様な過酷な状況なわけです。そこでものを言うのが「いかに若い時から徳を積んでいるか」ということです。単に権力意識や下を馬鹿にしたりしていると根の張り方が弱くなってしまいますが、「徳の根」を張っていれば、倒れない。「みんなに支えてもらっている」という謙虚な感謝の気持ちと、「倒れるわけにはいかない」という自分の覚悟ある責任感との2つがあれば、雨風に晒されようが、枝が折れようが、幹は倒れることはありません。いかに自分の立ち位置がしっかりしているか――。それが経営者・リーダーとして大事なことだと思います。

(インタビュー/加藤陽之 構成/藤川貴弘)
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執筆者: HANJOHANJO編集部 - HANJOHANJO編集者
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