事業承継と親族後継者の「学び」

2017年2月22日
今日の中小企業の最大の問題でもある、円滑な事業承継による存続と発展。問題は、「うまく受け継ぐ」ことだけにあるのではない。広い意味での「学び」をどう位置づけ、実行するかにより、事業承継と世代交代の「成否」も相当に左右されると痛感する。
 ある意味、今日の中小企業の最大の問題でもある、円滑な事業承継による存続と発展を考えるうえで、いくつかの論点を提起してきた。

(「企業家・後継者の能力形成と事業承継」『商工金融』第65巻8号(一般財団法人商工総合研究所)、2015年、「企業家教育と後継者育成を考える」『中小企業支援研究 別冊』第2号(千葉商科大学経済研究所)、2015年)。

 特に、後継者が継承し、また自ら発揮すべき、事業に対する自分の意思・思い、また経営の理念の意義については、これらの稿とともに、公開している(嘉悦大学大学院「研究科長だより」)で強調したところである。

 問題は、「うまく受け継ぐ」ことだけにあるのではない。そのための準備、あるいはなすべきこと、社内ですることなどすべてに、事業を継承するための機会と課題がある。とりわけ、広い意味での「学び」をどう位置づけ、実行するかにより、事業承継と世代交代の「成否」も相当に左右されると痛感する。

 後継者の「学び」の場はさまざまある。そもそも、「先代と行動を共にする」のも当然そのうちである。それゆえ、「伴走期間の長さ」に、親族、とりわけ子の承継が必然的な理由があるという主張もあり得る(渡辺和幸『小さな会社 後継者の育て方』日刊工業新聞社、1991年)。要するに、「先代社長」のもとで育ち、その生き様をともに体験し、さらには「一緒に仕事して」、スキル自体、仕事のすすめ方、技能のこつなどはもとより、経営のうえでの考え方などをじかに目の当たりにし、身につけていくものだからである。特には、職人的な技能の継承に、こうした伴走と修業の期間は不可欠なものとも言えるだろうし、それはいつの時代でも大きな違いはない。今日的な理論で解釈すれば、「実践共同体」(community of practice)の最たるものが、家族と親子関係とすることもできよう。もちろん、「実践」をともなわない「共同体」では、悪くすると「親子の甘え」の方が浮上し、「世間知らず苦労知らずの若旦那」、「唐様で描く三代目」になる恐れも古来あるが、いまどきそんな甘い状況は滅多に見られないので、これを心配する向きはあまり必要ないかもである。

 けれども、「先代とともに」それだけでいいのか、というのも私の疑問とするところである。「親の背を見て育つ」という格言は、いまどきは「親の背しか見えない」とすべきだと、あちこちで私は言って回り、物議を醸している。もちろん別に「親子の断絶」を奨励しているわけでもない。ただ、むしろ「親子の共同体」は息苦しくないか、とも問うべきではないのか。親はどこまでも親であり、子で事業を承継する立場からすれば、先代社長、仕事の師匠、そして家では親父というのでは、「三重のプレッシャー」ではないのか。いくら「物わかりのいい父親」を演じているつもりでも、そう額面通りに受け取れないのが子の立場であり、悩ましさだろう。そうした立場のまま、ひたすら「偉大な親の後を追う」ようなありさまで、今日環境変化激しい中、積極的な事業経営ができるものなのか。一定「仕事はでき」ても、きちんと稼ぐ道を開いていけるのだろうか。それだからこそ、「親から子への継承」にこだわらず、社内の第三者や社外の有能な人材などへの「非親族承継」をもっと重視すべきだという考え方もわからないでもない。そうでないと、容易に「先代を超える」経営の展開はできないかも知れない。

 それどころか、「親の背しか見えない」ことの限界はより深刻な意味を持つ。言い換えれば、「大きな親の背」の向こうにある、現実経済社会、そしてさまざまな人間の営みから世界の動きに至るまで、いま、そこでおこっていることをしっかり見据え、将来を展望し、事業の今後のあり方を自分の知恵と才覚で描き出し、実践していかねばならないのである。そのすべてが親の背に書いてあるわけではない。また、親の世代の経験と知恵というものが、今日や今後の世界にそのまま使えるものかどうかは疑問とせざるを得ないような、激変する世界である。どのようなところでも、「自分の時代はこうだった」、「若造に何ができるか」というような「上から目線」の物言いや、人生の先輩格の押しつけが、新しい世代の感覚と思考と行動の足を引っ張り、「慣性」の呪縛を守っていると言えなくはない。

 そうしたなかで、後継者の「学び」の機会と内容をどう理解できるのか。もちろんなによりも、企業を担い、しっかりと経営していくための基本的知識と社会常識、思考方法は欠かせないし、いまどき「運鈍根」だけの無知な社長は願い下げである。また「社長」たるもの、ひとに言われたことをやるのではなく、自ら見聞きし、情報を整理理解し、自分の頭で考え、なすべきことを明らかにし、実行に移せる人間的な知的能力を十分に備えていなくてはならない。それは誰にも重要な成長期の教育や学習、経験蓄積、交友や活動を通じて身についていくものだが、「社長」にはとりわけ、自立し、かつリーダーたる力を持つことが誰よりも必要である。近ごろは今さらのように「経験学習」「アクティブラーニング」などが教育の世界で求められるが、それこそが次世代の後継者に求められるものでもある。黒瀬直宏氏は、中小企業の持てる力の源を「問題解決能力」であるとするが、そのための知識と知恵、方法の数々を身につけることが「後継者を育てる」根本である。

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 第二には、今日的な新知識、新技術といったものを体系的に学ぶことがある。日本ほど、「学校や大学で学んだことは仕事などには役立たない」とされる不思議な国は、世界中にもないが、それは従来なら、「企業のなかで教えられる、学ぶ」という前提があったせいもある。しかもそれでさえ、多くの卒業者が「就職したとたんに」、もっと学んでおけばよかったと後悔する現実も以前からあった。ましてや、特に理工学やIT、医薬学などの高度に専門性があり、また技術と知識体系の進歩が急な世界では、「しっかり深く学び」、身につけることが欠かせないのである。「社長業」に徹する以前に、「仕事できる、わかる」人間でないと、事業自体が維持できないところも少なからずある。また、「昔からこの道一本でやってきた」ものづくり企業などでも、日進月歩の技術革新を追い、応用利用できる力なくしては、あっという間に取り残されてしまう。伝統の「職人芸」だけで存続できる世界はそんなに広くはない。あとでも述べる、「経営革新」への手がかりを得なくてはならない。

 では、「理工系」ではない、いわゆる「文系」、特に「社長業」にも関わり深そうな「経営学」、ビジネススクールなどの世界はどうだろうか。筆者の所属もそうだが、そこでは「社長になったら」こう考える、実践するというような「機会と発想方法」が常用され、またさまざまな経済、経営、戦略、組織、人間行動などの理論が「教育」され、多くの「企業事例研究」が用いられるので、「社長学」としての後継者育成には最も近いようにも思われる。ただ、私がこう申してもいけないが、そこでは素晴らしい「経営メソッド」を即効で学べる、使えるなどとは考えない方がよいように思う。基本は上記のような、知識と思考・実践方法なのであって、企業経営もある意味その対象の一つであると割り切った方がいい。残念ながら現実の経済社会や企業存在はそうした「付け焼き刃」ですぐにこたえが得られ、即効的結果を得られるほどに単純なものでもなく、またヘタをすれば、「若社長」の振りかざす「最新理論」に皆が振り回され、あるいは反発を食うという事態にも陥りかねない。残念ながら、「頭でっかち」は歓迎されないのが、日本の企業と業界の現実でもある。

 だから「経営(学)を学ぶ」のがムダなのではない。要は、しっかりとした思考方法を身につけ、かつまた「最新理論」もその手段、あるいは説得力表現力の一つと割り切り、大きな展望を持って、自分のなすべきことを実行実践し、成果をあげ、従業員や取引先などの納得と共感を勝ち得ていくことなのだろう。すぐれた独自事業で成長を続けるS社の後継社長は、大学経営学部・大学院で学んできた経歴を持つが、「うちは徹底日本的経営です」と割り切り、社員の和、家族的な関係などを大切にし、社員旅行も重要行事とする。その一方で、「現場」を重視し、仕事と技術の「見える化」共有化を進め、ひとりひとりの成長目標達成を重視している。「最新の○○経営理論では」などとやらないのである。

 第三に、狭い意味での「企業を営む」ための知識、方法、テクニックないしはメソッドというものもある。うえのことと単純に切り離しにくいが、たとえば会計と財務データの見方、企業活動に関係する法制や規則、生産や販売、人事などの基本的な経営管理方法、ひいては事業計画の組み立てなどがある。これらはまた、経営者と幹部、あるいは社員が共有理解すべきものでもあり、その意味でも多分に形式知化された面がつよい。そのため、「後継者になる準備として学校などで学ぶ」というより、独学で、書籍や講座などで学んで身につけたという例も少なくない。しかし、「知らなくてはならない」知識と方法であることも間違いない。たとえば、日常的な業務では見えない、怪しいところが財務データから浮かび上がり、時には取引金融機関から指摘されることもある。それを的確迅速に把握し、また説明と問題解決を図れるのも、経営者に必要な力である。

 第四に、広義での「経験」がある。ある意味当然ながら、「座学で学ぶ」に対し、新たな経験を得ることは将来の企業経営者には欠かせない観がある。創業者は概して、元来の仕事や暮らし、地域活動や海外滞在などさまざまな機会と人生経験を通じ、事業を起こすことへのつよい問題意識、意欲、可能性を見いだし、それに傾倒注力しようとするもので、そこに意思というものが貫かれる。次の世代になると、逆には一種の「予定された生き方」が待っていることになり、自分の主体的な挑戦や経験蓄積を重ねることがなくなってしまう恐れもある。だから当人も、また「継がせる側」も、意識的に多くの機会に挑み、心身ともに鍛え、おのれの血肉としていくことが必要であるとも言える。また「学習」という観点からも、ひとは自身の身体と頭脳を主体的に用い、能動的に経験を経ていくことで、いちばんよく「学ぶ」ものでもある。

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 経験の機会にあえて意識的に挑戦してきた「次世代社長」は少なくない。その場としては、海外留学、あるいはまたスポーツや地域活動など幅広くある。事業のなかに加わってからも、社内での仕事はもとより、業界団体や地域経済団体、諸方面での活動に積極的に加わり、支えていくことで、自らを鍛え、また「ひとまえで語り、共感を得る」、「ひとを動かし、信頼を勝ち得ていく」ための有意義な経験を重ねていくことができるものである。大学や学校という場もそのためにあるという理解も、あながち的外れではない。「学ぶ中味なし」というのも考え物ではあるが。上記のS社の現社長は、大学院をおえたのち、親の企業に入社し、その意味戸惑うところ、経験不足を痛感させられるところがあったが、「新卒社員に入ってもらえるようにするのが自分の使命」とこころざし、徹底した学校まわりなどを続け、多くのよい経験を得るとともに、社内の信頼を勝ち得、実際に「新卒が喜んで集まる企業」に変えていくことに成功したのであった。

 こうした経験蓄積はまた、多分に「人脈づくり」という面も持っている。企業はある意味、さまざまな「関係」の上に成り立っているのであり、それは根源的には「ひととひとの関係」と一体であればこそ、学校時代や地域活動、ひいては趣味の場なども含め、より多くの人と出会い、かかわり、行動をともにし、あるいは議論しあったりすることで、「顔の見える」相手を多数得ていくことができる。特に企業のトップに立つ人間であれば、こうした人間関係づくりはきわめて重要な仕事の一部であり、現実に「仕事の場」のみならず、学生時代をはじめとする出会いと交友が物言うことは多々あるわけである。時にはまた、同じ「後継者同士」で学びあい、教えあい、あるいは悩みをともにし、励ましあうことも大切である。他社の経営は「学びの宝庫」でもある。他方で後継者は得てして孤独な存在という面もある。それをともに支え合う「仲間」の存在は欠かせないとも言える。

 「次世代社長」の経験の場として多用されるのが、他社勤務での「武者修行」である。多くの有益な経験を積める、仕事に直結する現場での知識を生きたかたちで学べる、新しい技術や商品開発、営業展開等をそのまま身につけられる、組織運営や現場管理を実体験できる、さらに「人脈づくり」にも大いに有益である、等々である。広義に「知識・技術移転」のルートと見ることもできよう。また「ひとの釜の飯を食う」経験をさせ、一社員として集団のなかで揉まれ、鍛えられることを期待して、わが子を送り出す先代は多々いる。そうした経歴をへている後継社長は少なくない。ただ、皆が皆「武者修行」を礼賛しているかというとそうでもない。日本の大手企業などは、将来辞めることを予定している後継者を社員に迎えることには抵抗があり、それだから「一定年限お預かりする」という約束の下で、「武者修行」を引き受けるという話になる。中堅クラスなどでも同様の対応が普通である。それだけ、意識的にいろいろな仕事、職場を経験させてくれるというかたちも多いが、やはりどうしても双方とも「腰の引けた」観を伴うのは避けられないし、同僚らもそうなりがちである。なにより当人自身が、そこでどのようなことを学び、経験し、将来の糧とするのか、よほどしっかり意識して臨んでいかないと、「何となく」いたという結果にもなりかねない。自身の目的観と問題意識が、ここでも欠かせないのである。

 「外で修業する」以上に大切なのは、社内での経験である。特にある程度の規模の企業で、後継者も「社長の座」、つまり経営に専念できる条件があったとしても、生産や販売、営業などの「現場」に入り、ともに経験を積み、仕事のスキルを会得するとともに、なにより現場の社員たちの働き方、経験知、ひいては思いや不満なども直に受け止め、共感共有できる姿勢自体が重要である。当然ながら「中小企業の社長」は従業員とともにあり、その力を得られてこそ、経営の責を果たせ、自分の考える戦略や事業展開も実行可能になるのである。ともすれば、「現場」の経験長い従業員たちは、「若社長」の能力のみならず感覚自体に、まずは不信の目を向けがちでもある。それを解き、つよい信頼関係を築くには、まず「現場」を知り、ともに仕事する実践が欠かせないのである。もと公務の要職にあったが、先代社長の父の急死で、一転ものづくり企業の経営を担わなければならなくなったO社の後継社長は、まったく未知の企業経営の責を果たすため、懸命に独学勉強をする一方、製造の各現場に入って3年間ともに仕事をし、職人の技も身につけるとともに、「我が社はこのままではいけない」という思いを深め、大きな事業革新を決意するに至ったという。その意味で、「現場に入る」のは経験蓄積や信頼づくりのみならず、企業自体に対する問題意識醸成の機会でもある。

 後継者はさまざまな学びの機会と経験を通じ、一方では「親を、先代を超える」マインド・意思を形成し、おのれ自身の使命感に結晶させていくことが望まれる。他方では、その応用実践により、真の経営革新を実現させ、自社の経営のみならず、地域の経済社会を支え、国民経済、否世界経済に大きな貢献をなすことが期待されるのである。日本経済全般の停滞傾向をとらえ、「既存企業のあることが、新旧交代と生産性の向上を妨げている」などという主張も散見されるが、既存企業の存続が持続的なイノベーションの一環であることを示して行かなくてはならない。

●関連リンク

執筆者: 三井逸友 - 横浜国立大学名誉教授
横浜国立大学名誉教授、嘉悦大学大学院客員教授。慶應義塾大学経済学部 大学院を修了後、駒澤大学、横浜国立大学に勤務。日本中小企業学会の常任理事で、07年から約3年間に渡り同会長を務める。主な著作に『中小企業政策と「中小企業憲章」』『21世紀中小企業の発展過程』がある。

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