「2017年版 中小企業白書」と、創業支援策の課題(前編)

2017年6月22日
本年版の『中小企業白書』が4月21日に発表され、まもなく市販版も店頭に並ぶ。『2017年版 中小企業白書』、『2017年版 小規模企業白書』あわせて1200ページ余の大部ともなると、いささか読み通す気力も失せるが、近年は新聞発表にあわせて分かりやすい要約資料が公開されるうえ、特に今回は大部ながら記述は狙いを絞られており、あまりに多岐にわたる言及記載で、理解するのに困るといったことはない。
 もういささか旧聞に属するが、本年版の『中小企業白書』が4月21日に発表され、まもなく市販版も店頭に並ぶ。『2017年版 中小企業白書』、『2017年版 小規模企業白書』あわせて1200ページ余の大部ともなると、いささか読み通す気力も失せるが、近年は新聞発表にあわせて分かりやすい要約資料が公開されるうえ、特に今回は大部ながら記述は狙いを絞られており、あまりに多岐にわたる言及記載で、理解するのに困るといったことはない。また、3年前から『中小企業白書』と『小規模企業白書』が別々の冊子として刊行されているが、今回のものは内容上かなり重なっており、その分「読み飛ばしやすい」こともなくはない。

『2017年版 中小企業白書』は以下のように構成されている。

 第1部  平成28 年度(2016 年度)の中小企業の動向
   第1 章 中小企業の現状
   第2 章 中小企業のライフサイクルと生産性
   第3 章 中小企業の雇用環境と人手不足の現状
 第2部   中小企業のライフサイクル
   第1 章 起業・創業
   第2 章 事業の承継
   第3 章 新事業展開の促進
   第4 章 人材不足の克服
  • 今年の4月に発表された『中小企業白書』
  • 創業支援策の多義性
平成28 年度において講じた中小企業施策

 このような目次構成からも判明するように、この『白書』の内容は比較的シンプルなキーワード、問題意識と検討事項で構成されている。中小企業をめぐる現状認識には、例年同様の環境要因や経営実態、問題指摘があてられているが、その後の分析には、「中小企業のライフサイクル」視点がつよく打ち出され、これに沿うかたちで、「生産性」、「雇用」、さらには「起業・創業」、「廃業」、「事業承継」といったところに集中的な検討がなされている。そして、現存中小企業の存続発展に望まれる「新事業展開」、また「人材不足」克服と人材育成に絞られた経営課題への詳しい言及がある。

 分析に当たっては、マクロ的な統計データ、あるいは個別の企業事例多数への言及が特徴的である一方で、特に「中小企業のライフサイクル」視点を生かすべく、東京商工リサーチのデータベース、CRD(Credit Risk Database)などの大量の企業経営データの集計分析が活用され、そこからいろいろと興味ある結果が報告されている。一例を挙げれば、安倍政権の「日本再興戦略」で「欧米並みの10%台の開廃業率」をあげ、「新陳代謝」の観点を強調し、ために「生産性の低い既存中小企業を淘汰退場させ、高生産性の新企業の創業参入を促す」ことが必要であるというような通説が流布されているが、今回の『白書』の分析では、現実には相対的に生産性の高い(つまり利益率の高い)企業がかなり「退場」し、他方で新開業企業のうちには生産性の低いものも少なくないという。つまり、一種の「逆選択」が生じているのである。もちろん存続している企業を含めて、中小企業の生産性の停滞、とりわけイノベーションの成果としての全要素生産性の相対的な低下が大きな問題であることを強調する。そこに、革新投資の低迷、大企業からのスピルオーバー効果の停滞、サービス業での生産性停滞が指摘され、したがって、新事業の積極的展開とそのための人材活用の課題が重視されるのである。
 現存企業の健全な存続と経営向上には、順当な事業承継が欠かせない。このコラムなどでも私としてこの課題を繰り返し取り上げてきたが、今回の『白書』でも、特に近年増えている「親族外承継」に注目し、その実態とともに問題点を指摘し、担保や個人保証などを含む「資産問題」、承継準備と諸方面の理解、適切な助言相談体制の必要などを説いている。これも興味ある論点であるものの、「ライフサイクル」観点からは、なによりも「創業・企業」の動向が大きな問題となる。

「創業・起業」が国の重要な政策課題になってから、すでに20年以上が過ぎている。けれども今回の『白書』が認めるように、実態として、「開業率を上回る廃業率」の傾向は変わらず、ために年々企業数は減り続けている。「平成21年、26年経済センサス」によれば、2009年から2014年までの5年間でも、企業数は39万社(者)減って、382万社になってしまった。ついに400万を割り込んだのである。もちろんそのなかでも、「小規模企業」(従業員数20人以下)を除く「中規模企業」の数では微増があるという興味深い指摘もある。ただ、開業率では日本は先進国中でも例外的に低い現状に変わりはなく、米英独仏の半分以下のままである。

 なぜこうした現状が変わらないのか、今回の『白書』では、創業意識や起業家教育などにまで踏み込んだ検討を行っている。

 起業家教育の問題は別途考えるとして、まず『白書』の見るところ、日本の大きな特徴は社会全体としての「起業に無関心な人の多さ」であるという。むしろ関心のある人たちは着実に起業に踏み切っており、その割合は高い。しかし分母としての「無関心層の多さ」が決定的に響いており、しかもその割合は高まる傾向にあって、GEMデータから見れば社会の70%以上に及んでいる。

 こうした状況の背景には、一方では「起業したひと、関心あるひとが身近にいるかどうか」の周囲の環境の差、他方では「起業して失敗した際のリスクへの恐れ」が大きいと、『白書』は指摘する。周囲の環境という要素は、実際に起業した人たちのきっかけとしても、首位にあるものである。

 このような、「起業を生み出す環境やコミュニティ」の重要性という観点は、欧米での「エンタープライズカルチャー」(起業文化)の理解をもとに、私は20年前から強調してきたところである(三井逸友・川名和美共著「創業支援策の現状と展望ー最近の創業実態の検討と『起業文化の土壌づくり』のすすめ」『国民金融公庫調査季報』第43号、1997年、三井編著『現代中小企業の創業と革新』同友館、2001年)。文化的社会的な環境と機運を欠いて、「お金を出す」だけのような支援策では効果はあがらない、またかつては放っておいても多くの人たちが起業した日本では、「豊かな時代」での新エンタープライズカルチャーへの契機が失われている、そのことを指摘したのであった。

 他方での、リスクへの恐れというものももちろん否定できない現実である。50年前の大量開業には、農村から都市へ、農林業などから第二次・第三次産業へという大規模な社会変動と人口移動があり、ともかく「貧しさからの脱出」、「仕事を覚えて独立する」「働いただけ稼げる」「成り上がる」という意欲が広く満ちあふれていた。高度成長と「集団就職」の時代である。しかし半世紀過ぎたいまでは、まわりじゅうサラリーマンで、「安定して給料貰える」人生が目標になり、そこを外れることに大きなリスクを感じる時代になってしまった。

 このリスクの問題というものはもちろん無視はできないし、私のように、大学教員として給料をもらっている人間が無責任にひとのリスクテイキングを煽るのも、許されないことである。そのため、政府中小企業庁としても、政策公庫の無担保無保証「新創業融資」や、基盤整備機構の小規模企業共済制度をはじめ、「起業のセーフティーネット」(『2014年版 中小企業白書』)を検討課題として、環境整備をいっそう進めるとする。対象枠は僅かだが、「創業補助金」制度も見落とせない。
 他方で、今回の『白書』を含め、注目しているのは、フランスで2009年に導入された「個人事業主制度」(L'auto-entrepreneur)である。これは一方での税・社会保障拠出減免の特典とともに、給与や失業保険をもらっているひとの「副業的な起業」も登録可能とするものである。これによって、GEMデータで一時は「日本並みに」低い起業家精神状況に甘んじたフランスでは、いっきょに企業数が増加した。そこで今回の『白書』でも、「兼業・副業」としての起業に一項を裂き、その可能性を論じている。「就業構造基本調査」でも、有業者の6%近くはこうした仕事を持つことを希望している。もちろん、副業的なかたちで起業すれば、生活の不安やリスクの問題もかなり回避できるし、現状で人手不足などに悩んでいる中小企業への救いの神にもなれる。「フリーランス」(『2015年版 小規模企業白書』)という姿も含め、「多様な働き方」を推進することで、経済の活性化、開業率のアップを期待できるのではないかという。中小企業庁ではこうしたかたちの推進に関して、積極的に検討作業を進めている。

 もちろん、「副業のすすめ」を軽々にはかれるものなのか、疑問も尽きない。『白書』でも、これまで副業から起業した例は少ないと認めているし、なにより、定められた「仕事」の範囲よりも社員の献身的全人格的な参加貢献と「会社人間」としての働きを自明のこととしてきた「日本的経営」が、いまになって「副業もあり」ということに踏み切れるのか、である。「本業第一」、「社の仕事に抵触するようなことはダメ」と条件付けたとしても、そう簡単に実施できるものでもないだろう。

 ちなみに、こうした個人的な関心もあって、本務校・嘉悦大学の学部授業「中小企業政策(論)」のなかで、これを学生諸君に問うてみた。「副業起業というのは制度として実施可能か、またそうなれば開業率は上昇するか」である。結果として、有効回答80人中、「実施可能」としたものはちょうど50%の40人、無理としたのは36.25%の29人、その他のこたえが11人であった。ただ、「実施可能」で開業率に貢献するとするものはそのうち21人にとどまり、積極的な評価は1/4程度であった。

 社会経験のない学生のこたえであるとはいえ、日本の企業や社会に馴染むのか、そんな副業をしている時間はないだろう、低開業率の原因は他のところにあるといった意見が少なからずあった。副業解禁となれば、給料を下げられるのではという心配も示された。社会経験豊富な大学院生たちに聞いても、この「副業開業」というのはあまり高い評価を貰えていない。もちろん、IT利用で実質的に副業が広まっているとか、そちらの業界では、社内外といった区別がつけにくいといった実態も聞かれた。(後編に続く)

●関連リンク

執筆者: 三井逸友 - 横浜国立大学名誉教授
横浜国立大学名誉教授、嘉悦大学大学院客員教授。慶應義塾大学経済学部 大学院を修了後、駒澤大学、横浜国立大学に勤務。日本中小企業学会の常任理事で、07年から約3年間に渡り同会長を務める。主な著作に『中小企業政策と「中小企業憲章」』『21世紀中小企業の発展過程』がある。

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