どこかおかしい「バス」への期待 ~観光産業、行政の皆さんへ~

2017年11月10日
高速バスを運行するバス事業者は、地元で幅広く生活関連産業を展開する「地元の名士」が多い。地元の中小企業経営者にとっては雲の上の存在になってしまっていて、その声を拾い上げることさえできていない。一方、デスティネーション側には、バスは、七福神が乗ってくる「宝船」のように、海の向こうから宝物を乗せてやってくる有難い存在だという誤った認識がいまだに残っている。
「高速バス事業者向けのコンサルティング会社です」と名刺を出すと、相手の表示が突然パッと輝くことがある。自治体で観光行政に関わる方や、旅館の経営者の方が多い。「ぜひ、ウチの街、宿まで高速バスを走らせてください」という話になる。

 彼らの頭の中には、大型バスが、満席の観光客を乗せて地元の街、自分の宿に到着する映像が浮かんでいるに違いない。宿の玄関先にバスが横付けされ、スタッフが駆け寄って床下トランクから荷物を降ろしているシーンが、繰り返し流れているのだろう。だが、残念ながらそのシーンに登場するのは高速バスではない。貸切バスを使うバスツアーのものだ。

 また、地方立地の貸切バス事業者から、大都市や国際空港から地元への高速バスを運行したい、とご相談をいただくこともある。おおむね、その地で歴史のあるタクシー事業者、運送会社らで、2000年の規制緩和後に貸切バス(観光バス)事業にも進出した会社のオーナー家のご子息(したがって、役職は「専務」「常務」など)である。

 彼らは、若いころから地元の企業経営者やその跡取り仲間と親交を重ね、地元への愛着も強い。顔を合わせば地元の将来の話になるようだ。「ウチの街は、人口も減り始め、商店街もシャッターが下りている。もう将来はないんだろうか?」。そういうとき、必ずと言っていいほど観光への期待が高まる。「この街には、こんなに豊かな自然と長い歴史がある。観光客を外からもっと呼べるはずだ」(率直に言うと、豊かな自然と長い歴史は、日本列島のどの地域にも存在するのだが…)。そして、皆が、上に挙げた専務、常務の顔を覗き込むのだそうだ。「お前の会社、観光バス会社だろう。この街の将来はお前にかかってるんだ」。

 だが、観光バス(法令用語でいうと貸切バス)という事業は、旅行会社が企画し集客したツアー客を案内する足としては有効だが、言われた通りに走るのが仕事であって、観光客を自ら呼ぶ力はない。そこで、大都市や空港から地元まで高速バスを走らせたい、と筆者の所に相談に見えるのだ。

 前者(自治体や旅館の方が思い浮かべるバスツアー)は、毎日ではなく特定の日だけ催行し、しかも季節や流行に合わせ内容をどんどん変えていく事業モデルだ。立ち寄り観光をモリモリに行程に組み込み充実したコースに見せ、土産物屋からのキックバックを前提に旅行代金を限界まで下げれば、かくだん、旅行に行くこと自体に、または特定の目的地に思いが強くない人でも「旅行にでも行ってみようか」と気軽に参加してくれることを促すモデルである。乗車率は高いが、安定して催行されないし永続もしない。

 しかも、今日、旅行者は成熟しており(モリモリに組んだ旅程は「お仕着せ」と感じられるようになっており)、さらに余暇の過ごし方も多様化している。その人個人にとって本当に価値がある旅行内容でなければ、もう、旅行という時間の過ごし方自体を選んでもらえない時代になっている。

 一方の後者(大都市や国際空港からの高速バス)は、「その土地に用(観光も含む)があるから行く」人に、移動手段を安定して提供する事業である。365日を通して安定した乗車率を確保しないといけない同事業の難しさはいったん置くとしても、その土地への観光客を増やすことを目的とするならば、高速バスの存在も含めて市場地側(大都市や海外)でプロモーションを行わないとならない。直通高速バスの存在は観光集客の助けにはなるが、それ自体が観光客を呼ぶわけではない。

 ましてや、片道3~4時間までの短・中距離の昼行路線ならまだしも、一晩かけて走る夜行路線に、観光客は乗ってくれない。日本人が、パリやニューヨークの国際空港に着いてから、夜行高速バスに乗り換えて訪れるフランスや米国の観光地がどれほどあるだろうか?
 もともと、我が国では、文字通り全国津々浦々の小さな街にまで高速バスが既に運行されている。だが、高速バスは「地元の人の大都市への足」として成長した歴史があるから、観光客に使いやすいルート、ダイヤになっていない(だから、地元が観光に注力しようとしてもその受け皿になりえない)。仮にそこを工夫したとしても、市場地(大都市や海外)側でプロモーションが難しいことは変わらない。

 そもそも、既存の高速バスを運行するバス事業者は、地域独占的に地元の路線バスを運行するとともに、地元で幅広く生活関連産業を展開する「地元の名士」だが、上に挙げたような地元の中小企業経営者、そのご子息らにとっては雲の上の存在になってしまっていて、彼らの声を拾い上げることさえできていない。

 最近では、新幹線の延伸開業に合わせて、新設された新幹線駅から観光地を結ぶ高速バス路線も多く見かける。バス事業者から見れば幸いなことに自治体などから補助金の予算がつくので、リスクを取ることなく路線を開設できる。もし、新幹線を運行する事業者(JR東日本とかJR西日本)が、その乗り継ぎを市場地で本気でプロモーションしてくるならば、彼らの力は絶大だ。だが、「新幹線が隣街まで来た。バスを走らせればおこぼれ位はあるだろう」程度の取り組みでは、当然のことながら、結果として「空気輸送」となってしまい、永続しようがない。

 デスティネーション側(宿泊施設をはじめ観光地でツーリズム産業に関わる全ての人)には、バスは、七福神が乗ってくる「宝船」のように、海の向こうから宝物を乗せてやってくる有難い存在ではないことをご理解いただきたい。

 一方でバス事業者にとっても意識の変革が必要だ。貸切バス事業者にとっては、国内客もインバウンドも、「お仕着せ」感からバスツアーの低迷は確実だ。「地元の人の都市への足」として成長してきた高速事業者にとっては、沿線人口が減少する中、市場の縮小は不可避である。

 高速バスをはじめとする公共交通を使う旅行につきもののストレス、例えば旅程作成の難しさや乗り換え、手荷物の手間から解放されつつも、従来型のバスツアーのように「お仕着せ」感を与えるのではなく、旅行者自身の興味関心に基づき自分のペースで旅することができるバス商品が今、求められている。筆者としては、意欲ある事業者の皆様の挑戦を、引き続き裏から支え続けたい。

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執筆者: 成定竜一 - 高速バスマーケティング研究所株式会社代表
高級都市ホテルチェーンを退社後、06年に楽天バスサービス株式会社に入社。楽天トラベル「高速バス予約」サービスの事業責任者を経て、同社取締役に就任する。11年に退職すると、高速バスマーケティング研究所を設立。国土交通省「バス事業のあり方検討会」委員(10年度)、「国内観光の振興・国際観光の拡大に向けた高速バス・LCC等の利用促進協議会」(15年度~)などを歴任する。

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