事業承継と親族後継者の「学び」 画像 事業承継と親族後継者の「学び」

人材

 経験の機会にあえて意識的に挑戦してきた「次世代社長」は少なくない。その場としては、海外留学、あるいはまたスポーツや地域活動など幅広くある。事業のなかに加わってからも、社内での仕事はもとより、業界団体や地域経済団体、諸方面での活動に積極的に加わり、支えていくことで、自らを鍛え、また「ひとまえで語り、共感を得る」、「ひとを動かし、信頼を勝ち得ていく」ための有意義な経験を重ねていくことができるものである。大学や学校という場もそのためにあるという理解も、あながち的外れではない。「学ぶ中味なし」というのも考え物ではあるが。上記のS社の現社長は、大学院をおえたのち、親の企業に入社し、その意味戸惑うところ、経験不足を痛感させられるところがあったが、「新卒社員に入ってもらえるようにするのが自分の使命」とこころざし、徹底した学校まわりなどを続け、多くのよい経験を得るとともに、社内の信頼を勝ち得、実際に「新卒が喜んで集まる企業」に変えていくことに成功したのであった。

 こうした経験蓄積はまた、多分に「人脈づくり」という面も持っている。企業はある意味、さまざまな「関係」の上に成り立っているのであり、それは根源的には「ひととひとの関係」と一体であればこそ、学校時代や地域活動、ひいては趣味の場なども含め、より多くの人と出会い、かかわり、行動をともにし、あるいは議論しあったりすることで、「顔の見える」相手を多数得ていくことができる。特に企業のトップに立つ人間であれば、こうした人間関係づくりはきわめて重要な仕事の一部であり、現実に「仕事の場」のみならず、学生時代をはじめとする出会いと交友が物言うことは多々あるわけである。時にはまた、同じ「後継者同士」で学びあい、教えあい、あるいは悩みをともにし、励ましあうことも大切である。他社の経営は「学びの宝庫」でもある。他方で後継者は得てして孤独な存在という面もある。それをともに支え合う「仲間」の存在は欠かせないとも言える。

 「次世代社長」の経験の場として多用されるのが、他社勤務での「武者修行」である。多くの有益な経験を積める、仕事に直結する現場での知識を生きたかたちで学べる、新しい技術や商品開発、営業展開等をそのまま身につけられる、組織運営や現場管理を実体験できる、さらに「人脈づくり」にも大いに有益である、等々である。広義に「知識・技術移転」のルートと見ることもできよう。また「ひとの釜の飯を食う」経験をさせ、一社員として集団のなかで揉まれ、鍛えられることを期待して、わが子を送り出す先代は多々いる。そうした経歴をへている後継社長は少なくない。ただ、皆が皆「武者修行」を礼賛しているかというとそうでもない。日本の大手企業などは、将来辞めることを予定している後継者を社員に迎えることには抵抗があり、それだから「一定年限お預かりする」という約束の下で、「武者修行」を引き受けるという話になる。中堅クラスなどでも同様の対応が普通である。それだけ、意識的にいろいろな仕事、職場を経験させてくれるというかたちも多いが、やはりどうしても双方とも「腰の引けた」観を伴うのは避けられないし、同僚らもそうなりがちである。なにより当人自身が、そこでどのようなことを学び、経験し、将来の糧とするのか、よほどしっかり意識して臨んでいかないと、「何となく」いたという結果にもなりかねない。自身の目的観と問題意識が、ここでも欠かせないのである。

 「外で修業する」以上に大切なのは、社内での経験である。特にある程度の規模の企業で、後継者も「社長の座」、つまり経営に専念できる条件があったとしても、生産や販売、営業などの「現場」に入り、ともに経験を積み、仕事のスキルを会得するとともに、なにより現場の社員たちの働き方、経験知、ひいては思いや不満なども直に受け止め、共感共有できる姿勢自体が重要である。当然ながら「中小企業の社長」は従業員とともにあり、その力を得られてこそ、経営の責を果たせ、自分の考える戦略や事業展開も実行可能になるのである。ともすれば、「現場」の経験長い従業員たちは、「若社長」の能力のみならず感覚自体に、まずは不信の目を向けがちでもある。それを解き、つよい信頼関係を築くには、まず「現場」を知り、ともに仕事する実践が欠かせないのである。もと公務の要職にあったが、先代社長の父の急死で、一転ものづくり企業の経営を担わなければならなくなったO社の後継社長は、まったく未知の企業経営の責を果たすため、懸命に独学勉強をする一方、製造の各現場に入って3年間ともに仕事をし、職人の技も身につけるとともに、「我が社はこのままではいけない」という思いを深め、大きな事業革新を決意するに至ったという。その意味で、「現場に入る」のは経験蓄積や信頼づくりのみならず、企業自体に対する問題意識醸成の機会でもある。

 後継者はさまざまな学びの機会と経験を通じ、一方では「親を、先代を超える」マインド・意思を形成し、おのれ自身の使命感に結晶させていくことが望まれる。他方では、その応用実践により、真の経営革新を実現させ、自社の経営のみならず、地域の経済社会を支え、国民経済、否世界経済に大きな貢献をなすことが期待されるのである。日本経済全般の停滞傾向をとらえ、「既存企業のあることが、新旧交代と生産性の向上を妨げている」などという主張も散見されるが、既存企業の存続が持続的なイノベーションの一環であることを示して行かなくてはならない。


●三井逸友(みついいつとも)
嘉悦大学大学院ビジネス創造研究科長・教授 。慶應義塾大学経済学部大学院を修了後、駒澤大学、横浜国立大学に勤務(横浜国立大学名誉教授)。嘉悦大学には大学院発展のために赴任し、2015年4月に研究科長に就任する。日本中小企業学会の常任理事で、07年から約3年間に渡り同会長を務める。主な著作に『中小企業政策と「中小企業憲章」』『21世紀中小企業の発展過程』がある。


width=


★毎週月曜発行★
編集部オススメ記事をピックアップ!
HANJO HANJO メールマガジン登録はこちら
《三井逸友》

編集部おすすめの記事

特集

人材 アクセスランキング

  1. ゼネコン大手5社、下請け業者の社保加入促進に本腰

    ゼネコン大手5社、下請け業者の社保加入促進に本腰

  2. 事業承継と親族後継者の「学び」

    事業承継と親族後継者の「学び」

  3. 国交省が4月から社保未加入の2次以下下請も排除、指導の猶予期間設定

    国交省が4月から社保未加入の2次以下下請も排除、指導の猶予期間設定

  4. 社歌コンテスト大賞授賞式、AKB48 Team 8が会いに来た!

  5. 船内体験が新入社員を強くする!いま企業が注目する「セイルトレーニング」

  6. 建設キャリアアップシステム、誰のためのものなのか?

  7. 日建連が長時間労働是正へ支援要請。国交相と意見交換、週休2日に理解促進を

  8. 「中小企業の『経営論』」第10回:「社長は孤独」と自分でいう社長に感じる違和感

  9. 漫画『GIANT KILLING』に中小企業の組織マネジメントを見る

  10. 【HANJO女子】女性だからといってひるむ必要は全くない

アクセスランキングをもっと見る

page top