「コメの文化」と我が国のバス事業 画像 「コメの文化」と我が国のバス事業

インバウンド・地域活性

 唐突だが、日本は「コメ」(稲)文化だ。稲は、例えば麦と比べると、一粒の種籾からの収量が多い。そのため、狭い土地で多くの人口を養える。土地生産性が大きいのだ。

 日本で稲が育つのは、ひとえに温暖で雨が多い気候のおかげである。ところが、稲を育てるには、麦より多くの労働力が必要らしい。したがって、少し前までの日本社会は、欧州と比べ初婚年齢が低く子供をたくさん産み(多くの子供を養うだけの収穫が期待でき)、その代わり子供を含む家族が総出で生産に励んだ(子供も労働力としてカウントされた)。近年、江戸時代は(教科書で学んだのとは逆に)意外と庶民が豊かだったという説が定着しているが、たしかに、戦争がなかったこの200年余の間に日本の人口は大きく増加している。

 その人口が、明治以降の近代化、さらに戦後の高度経済成長の中で、より急速に膨らみつつ重心を農村から都市へ大きく移した。太平洋ベルト地帯のような大人口の地域は欧州や北米にほぼ存在しない。脊梁山脈を背にした狭い可住地に多数の人が肩を寄せ暮らす、というのが日本の構図だ。そして、この人口密度の大きさは、路線バスをはじめとした公共交通を事業として営む上で極めて有利だ。

 戦前において、路線バス事業者は小規模乱立状態だった。だが、1938年に施行された陸上交通事業調整法により、おおむね地域単位で1社ずつに整理統合が進められた(いわゆる「戦時統合」)。例えば首都圏では、今日の京浜急行、東急、小田急、京王がすべて東京急行電鉄として合併(いわゆる「大東急」。鉄道もバスも含め会社自体が合併していた)するなど整理統合が進んだ。また地方部では、おおむね江戸時代の「藩」の版図を思わせる「生活圏」ごとに1社ずつの交通事業者が生まれた。

「大東急」や、近鉄と南海、阪急と京阪のような大手私鉄は戦後さすがに再分離したが、地方部では、県名や旧国名を名乗る交通事業者が戦後も地域に1社ずつ残り、地域独占免許の下で路線バスを運行した。その彼らが、上に示した好条件に恵まれ規模を拡大させる。以前なら農業を手伝っていたはずの農家の子女達が進学、さらに就職するようになると、通勤通学需要は急増し、インフラ整備に時間を要する鉄道に先んじて、まず路線バス網が拡大し、ローカル鉄道よりもバス事業が彼らの本業となった。

 さらに、沿線で不動産開発や観光開発、小売業(百貨店やスーパーマーケット)などを展開し収益を上げるとともに、それらの事業が沿線価値を向上させ本業たる運輸業にも貢献(ついでに、地価も右肩上がり)するという「ミニ阪急」(このモデルは、阪急電鉄、阪急東宝グループの創業者である小林一三が作り上げた)が全国で展開された。

 こうして「地元の名士企業」となった彼らには、様々なビジネスが持ち込まれた。例えば、航空路線網の拡大に際し、大手航空会社は「総代理店制度」を導入。空港での旅客チェックインや貨物の取扱など航空会社の制服を着て行う業務の多くを、バス事業者がいい条件で受託した。その代わり、地元有力企業として団体旅行の集客力などでお返しをした。

 つまり、我が国の路線バス事業者らは、【1】狭い土地に多数の人が住む国土と、急速な都市化 【2】「戦時統合」以来の無競争(地域独占免許) 【3】地価上昇に支えられた付帯事業の利益 によって、極めて恵まれた戦後を経験した。諸先進国が、地域公共交通を「公」の役割と捉え、水道などと同様に公共セクターが経営してきた(バスの運転業務など現場のオペレーションは民間に任せるケースも多い)のとは対照的に、いわば「ビジネスとして成り立った」のである。

《成定竜一》

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