お堅い独立行政法人がバズる動画を作るまでの物語

 画像 お堅い独立行政法人がバズる動画を作るまでの物語

IT業務効率

 中小企業基盤整備機構(以下、中小機構)が作成した動画がソーシャル上で話題になっている。40秒前後の短編ドラマ仕立てでタイトルは「不都合な日常。」ー。10月下旬に1本目が公開されて以降、再生回数は目標を大きく上回る70万回を超えた。何かとお堅いイメージのある中小機構で、バズる動画はなぜ誕生したのか。

トヨタイズムで顧客志向を徹底
 「いくら制度をPRしてもお客さんの中小企業に知られていなければ組織としては怠慢だ」―。初の民間出身理事長としてトヨタ自動車から転じた高田坦史は2012年7月の就任以降、歯に衣(きぬ)着せない独特の物言いでさまざまな改革に取り組んできた。少しずつ機構内の雰囲気は変わりつつあったが、「国の機関」という意識が、広報業務の中でも知らず知らずのうちに心の壁になっていた。

 今年初め。広報課長の林隆行は理事長室に直談判に出向いた。「バズる動画をつくらせて下さい」ー。高田の反応は林の予想以上のものだった。「やるんなら突き抜けるだけ突き抜けろ」。高田はトヨタ時代、宣伝やマーケティングの最前線に立ち、し烈極める世界市場で移り気な消費者の支持獲得に精力を傾けてきただけに、官製組織特有の「顧客志向の欠落」への違和感を隠せないでいた。

 「いいものを持ってるのにシャクだな」。高田の思いは林も感じていたことでもある。中小機構は北海道から沖縄まで出先機関が10カ所ある。地方の中小企業の社長が真っ先に相談する相手は地元の商工会など。「役所的なイメージが強くて社長さんが作業着姿でやってくる雰囲気にない」(林)。

 でも実際に中小機構と接してみると、「こんなこともやってくれるんだ」と驚かれるという。とにかく中小企業との距離を縮めるにはもっと身近な存在になるしかない。

テーマは「愛のあるいじり」
 林は広報に来る前のポストで、日本の中小企業の技術を動画で世界に発信するプロモーションを担当し、ソーシャル、それも動画の拡散力を目の当たりにしていた。日本だけでなく世界中のバズ動画を見まくった。自治体のプロモーション動画でも炎上してしまうものもある。「それでもギリギリのところを攻めよう」。林の決意は固かった。

 強力にサポートしてくれたのが大手外資系企業の広報部門のトップを務め2年前に中小機構に転じた岩立澄子である。岩立は持ち前の行動力で社内外を巻き込み、自身のノウハウを広報チームに共有していった。

 「これまでの中小機構はどこか上から目線で『私たちが支援してあげている』という感覚も残っていた。とにかくバズ動画でこだわったのはユーザー目線」だったと岩立は振り返る。

 林や岩立らの設定したコンセプトは、日常の中小企業にありがちな風景を、共感してもらうように描くこと。制作に向け毎週のように会議を重ねて、導き出したテーマが「愛のあるいじり」。

 それを前提に広告代理店のコンペを実施、選んだのは大手ではなく無名の中小。決め手は20代の若手コピーライターの言葉のセンスだったという。「中小機構への固定観念があるとクリエイティビティーが失われる。その点、そのコピーライターさんはユーザー目線で、言葉が温かった」(岩立)。

 短編のドラマ風も彼の提案。登場人物は4人。社長、中堅男性社員、30歳前後の女性社員、ゆとり世代社員。最初の台本は社長いじりだけのストーリーだったが、それだと広い層に共感されない。コピーライターと何度も議論していく中で、登場人物をバランスよくいじることにし、どんどん中身も変えていった。


「もっと突き抜けていいから」
 一番懸念したのは、中小企業の社長がバカっぽく描かれ、「お前らバカにしているのか!」と批判されること。なのでドラマの演者選びにも徹底的にこだわった。2日間実施したオーディションには約80人が参加、広報チームもすべて立ち会った。社長以外の3人は比較的すぐに決まったが、社長役は最後の最後までイメージに合わせるのに腐心したという。

 1話目を公開する前、林はドキドキが止まらなかったが、反応は上々。目標再生回数は50万回だったが、「これは行ける」とすぐに手応えを感じた。ソーシャル上のコメントでも好意的なものが並び、心配したクレームも今のところないという。実は元々全8話だったが、1本はお蔵入りになった。「現実味があり過ぎて笑えなかった」(林)のが理由だ。

 完成後、理事長の高田に見せに行ったところ「もっと突き抜けていいから」とさらに背中を押されたという。ドラマのキャラがしっかり立っているので、続編の話も出ている。

 中小機構にも「不都合な日常」が存在する。ただ機構内でも今回の動画に関してネガティブな反応や批判は聞こえてこない。林は「うちの組織も変わってきていると実感した」と話す。

 動画の締めの言葉が「悩みの数だけ支援がある。」ー。日本中で起こっている不都合な日常を、果実に変えていく取り組みはこれからも続いていく。
(敬称略)
《ニュースイッチ by 日刊工業新聞》

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