大手が参入できない強みを生かした下諏訪の「温泉ストーブ」 画像 大手が参入できない強みを生かした下諏訪の「温泉ストーブ」

インバウンド・地域活性

■温泉を暖房に

 自宅に温泉をひいているのに半分以上を使わずに捨ている。しかも、部屋を暖めるためには石油ストーブをたいている。下諏訪で両親と3人で暮らす太田伊智雄さんは、かけ流しの温泉を自宅で使えるという環境に恵まれながらも、「どこか矛盾しているな」と疑問を感じていた。

 現在、温泉地として有名な下諏訪では7000世帯中1300世帯が自宅に温泉をひいている。温泉をひいている家の外には、一時的に湯管から引き込んだ湯をためる貯湯タンクが外に設置されており、湯は毎分1.8リットルがかけ流しになる。ちなみに、温泉を導入するためのコストは初期に約200万、月々18,000円かかる。「僕1人が風呂に入っても300リットルくらいしか使わないし、1日どんなに頑張っても1トン程度。のこりは捨ててるんです」(太田氏)。

 もともとメーカーでロボットの設計を行っていたエンジニアの太田さんは、冒頭のような思いとともにさっそく温泉ストーブの開発に取りかかった。「(温泉を熱に変えるには)車のラジエータのように熱交換器があればいいわけです。当時は、ラジエータの表面積や風量なども含め、最適化された設計がどんなものかわからないままやっていました」と太田さんは振り返る。まわりの反応は、温泉なんかで暖房できるわけがない、という冷たいものだった。結果は、やはり、多少は温まるもののの、温泉の成分で機器が腐食したり使えなくなったりというものだった。しばらくそのまま数年のブランクが空き、太田さんは、なんと蕎麦屋を開店する。何故蕎麦屋なのか?「うちの会社のコンセプトは、自分達が信州のローカルエネルギー(素材)とお客さんの間に立つということ」と太田さんが話す。ちょうどその頃、下諏訪のものづくりの連携・発信・支援のための拠点として「ものづくり支援センターしもすわ」が誕生した。太田さんはセンターに、かねてから考えていた自分の構想を持ち込み、結果、太田さんの会社であるヤマネコ クオリティ&デザイン、諏訪東京理科大学(熱工学)、D・R Pocket、支援センター、シナノ企画(販売・サポート)といった産官学の連携による「プロジェクトX-ONE」が4年前に始動した。

■大変だった温泉成分との戦い

 プロジェクトチームで試作機を作った製品は、かなり熱効率を上げることができた。「ラジエータやファンの設計方法から、対流を含め輻射熱までをちゃんと使うなど最適設計を行った結果です」。最初はパイロット版を2台作り、試しに使ってもらった。一昨年は7台の温泉ストーブを販売することができた。「宣伝も何もしていないんですが、じわじわと口コミで広がりつつある」という。温泉ストーブは、外見はお洒落なヒーターのよう。カラーはブリティッシュモスグリーン、バニラホワイト、ブルゴーニュワインレッドといった3種類を用意する。簡単に言ってしまえば、温泉の湯をラジエータで熱に変えファンで拡散する。価格は付属品も含め25万円だ。弱、中、強といったダイヤルボタンで温度を調整する簡単な機構だ。

 開発に際して難しかったのは、温泉の成分との戦いだという。「熱交換の効率を良くするには狭いところを通した方がいいんです。しかし、それは温泉の成分が詰まりやすいということにもなります。また酸性が強いと、たぶん数か月で穴が開いてしまいます」。その土地の温泉の成分を考慮した設計を施す必要があり、試行錯誤で経験値をためていった。当然温泉の成分はその地域によって異なるため、この温泉ストーブがどこの温泉地域でも活用できるというものではない。そこが大手メーカーが参入できない、あるいは商品を普及させることができない障害のひとつでもあり、受注生産の強みでもある。あとは、「車も悪路を走ればタイヤが減るのは当たり前。それはそれで仕方ないことなので、(タイヤと同じで)温泉ストーブも(部品を)交換することができるようにしておけばいい」という考えにいきついた。結論として言ってしまえば簡単なことだが、なんとか品質をもたせようということに費やした時間はすごかった、とチーム全員が振り返る。

■常に暖房つけっぱなしの有難さ

 実際に温泉ストーブがどれだけ有難いものなのか?それは寒さの厳しい地域に住んでいる人ではないとわからない部分も多い。下諏訪に住んで38年になる上脇さん(72歳)は、奥さんと2人暮らし。一戸建ての家は、1階は広めのリビングと台所、2階は3部屋がある。11月の中旬に取材した当日、町内ではストーブを炊くいているところもあった。上脇さんの家ではすべての部屋の扉を解放していたが、石油ストーブは使わず、温泉ストーブのみだったのは驚きだ。それでも室温は21.8度を保っていた。床暖房も入れているが、こちらも使っていないとのことだった。「今までは、寝る時にはストーブは最低にして朝起きたら温度を上げなければいけなかったんです。また、何日か外出する時には石油ストーブを消して外出する必要がありました。家に帰ってきたときには部屋は冷え切っており、コートを着たままで暖房をつけるということがよくありました」と上脇さんは振り返る。今では外出するときは、温泉ストーブは常につけっぱなし。それでも火事なる心配もない。燃料はかけ流しの温泉なので、暖房費を心配する必要もない。「朝と留守時の寒さを気にする必要ななくなった」ことが、精神的にも物理的にも一番有難いと話す。北国出身の筆者には、この有難さが非常によくわかる。石油ストーブを使っていると、暖房をつけっぱなしで数日外出することは考えられない。帰宅した時のあの寒さと部屋が暖まるまでの時間のかかり方は身に染みている。「昔、狭い社宅でアラジンひとつで我慢していたのを思い出します。あのころ、これがあれば良かった」と奥さんも振り返る。

 太田さんは新製品を作ることの難しさを次のように話す。「(一番の障害は)周りの理解です。できないと思いこんでいる人たちにこういうことをやりたいんだといってもなかなか伝わらないんです」と。プロジェクトから製品が生まれた今、太田さんは「最終的にはもっと普及してほしいです。温泉が出ている地域はエネルギー自給率が高いという認識ができてほしい。その土地のできごととして、温泉が湧いているところは石油が湧いているのと同じだ、という感覚になってくれれば変わってくると思います」と話している。

【連載・視点】地域の資産を有効活用!下諏訪で生まれた「温泉ストーブ」

《RBB TODAY》

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