【建設業「命」の現場で・14】第3章・線引きと選択と 画像 【建設業「命」の現場で・14】第3章・線引きと選択と

インバウンド・地域活性

 ◇インフラが紡ぐもの-幻の野蒜築港
 東日本大震災後、宮城県東松島市で、津波にえぐられた護岸の下から近代下水道としては国内最古級の「悪水吐暗渠あくすいばきあんきょ」が見つかった。明治三大築港の一つ、野蒜のびる築港事業の名残だった。東北開発の最重要拠点にしようと明治政府が工事を進め、1882(明治15)年に開港した。だが、2年後の台風で突堤が流失し内港が埋没。外港の工事を手掛けることなく事業は中止された。幻に終わった野蒜築港。その断片に再び日の光を当てたのは、あの日、何もかも奪い去った津波だった。
 野蒜築港の失敗から学ぶべき点がある-。土木学会の「野蒜築港120年委員会」で委員長を務めた東北大准教授の後藤光亀はそう指摘する。当時、オランダ人技術者、ファン・ドールンの指導の下、宮城県北部を横断する鳴瀬川の河口部が築港の適地とされた。だが、河川勾配が緩やかなオランダと違い、国土が狭く山が険しい日本では水の流れが強い。「河口に無理に造ろうとした点に限界があった」と後藤は見る。
 だが、失敗の受け止め方は肯定的だ。「未完に終わったから美しい奥松島が残った。港が完成していたら、高度成長期に見る影もなくなっていたかもしれない」。捉え方次第で評価は揺れる。震災復興も、少し立ち止まって考えるべき時期と感じている。
 土木技術者に求められる素養として後藤が重視するのは、地形を読み解く力だ。野蒜でも海に近い新町地区は被災前、住宅地や美しい海岸線が広がっていた。だが、もともとは海で、江戸時代には船が通航していた。北上川の付け替えの影響で砂が集まるようになり、宅地化へとつながった。「土木技術を駆使して空間を広げてきたが、津波が一瞬で元に戻した。それも踏まえ、今後を考えるべきではないか」。
 高い防潮堤などを造ると津波に対しては強くなる。だが、周りを囲み過ぎると、集中豪雨の時に、ため池のようになる恐れもある。地形を考え、複合災害も見据えつつ、命を救うための最適な選択をしているのか-。それが後藤の問題提起だ。
 では、野蒜築港は無駄だったのか? そうとも言い切れない。築港事業は多くの技術者を育て、野蒜の教訓を明治政府は熊本・三角港に生かした。縁も紡いでいる。2000年に発足した「野蒜築港ファンクラブ」はその一つ。事務局長の松川清子は野蒜出身で、中学の後輩である後藤に頼まれ、野蒜築港を調べ始めた。当時の新聞には、工事の進ちょくゴシップまで多くの記事があり、活気にあふれていた故郷の姿が目に浮かんだという。
 04年には、鳴瀬川河口に野蒜築港資料室が設けられ、管理を担った。震災までの7年弱に訪れたのは約1万人。訪問者から新情報を教えてもらうことも。資料室は、築港に関する情報の港であり、交流の港でもあった。
 地域の愛し方は人それぞれだが、松川は、核の一つに野蒜築港があった。「壊れた物でも、そこから学べば地域にとって資源になる。あとは、失敗への愛もあった方がいいなって思う」。
 当時の従事者は、自分たちの仕事がこうした思いで見つめられることを想像していただろうか。インフラの持つ意味は良くも悪くも多面的だ。そのことを、未完の事業は今に伝えている。=敬称略
 (次回は1月12日に掲載します。ご意見・ご感想をメールでお寄せ下さい。東北支社・牧野洋久、mak@decn.co.jp)

建設業「命」の現場で・14/第3章・線引きと選択と

《日刊建設工業新聞》

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