【訃報】元清水建設社長・野村哲也氏が死去…建設3団体統合にも尽力 画像 【訃報】元清水建設社長・野村哲也氏が死去…建設3団体統合にも尽力

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 清水建設の社長、代表取締役会長を務め、日本建設業連合会(日建連)の会長などを歴任した野村哲也(のむら・てつや)氏が12日午前7時40分、多臓器不全のため死去した。76歳だった。葬儀は近親者で済ませた。後日お別れの会を開くが、日時などは未定。
 岐阜県出身。61年に早大第一理工学部建築学科を卒業し、清水建設に入社。91年取締役九州支店長、94年同東京支店長、常務東京支店長、97年専務建築事業総本部副総本部長兼東京支店長、98年代表取締役副社長建築事業総本部副総本部長兼東京支店長を経て99年社長に就任。07年に代表取締役会長に就き、13年から相談役を務めていた。
 99年4月、今村治輔氏からバトンを受けて社長に就任した野村氏は、先行きが不透明な経営環境下で厳しいコスト競争に打ち勝つため、「要求品質の中で最高のものを安く提供する」方針を表明。就任早々から執行役員制度の導入をはじめとする同年4月からの新経営3カ年計画を強力に推進した。就任翌年には長期ビジョンを策定。約20年の現場経験に裏打ちされた経営理念を持ち味とし、理想論より現実に沿った合理的な考えで会社を先導した。
 03年に迎えた創業200年以降の経営進路として、「LCV(ライフサイクル・バリュエーション)」という新たな概念も打ち出した。本業重視の事業を展開する中で、顧客の期待を超える価値を提供する取り組みに注力し、新たな「シミズブランド」の確立を目指した。
 建設業団体では、03年5月から09年5月まで建築業協会(BCS)会長を務めたほか、同年5月に梅田貞夫氏の後任として日本建設業団体連合会(現日本建設業連合会)会長に就任した。10年4月には、日本土木工業協会(土工協、中村満義会長)、BCS(山内隆司会長)との3団体統合に向けた検討を開始すると表明。業界への強い思いに基づいた指導力を発揮し、8カ月後の10年12月、臨時総会で3団体統合が正式決定した。
 統合について「トータルの発信力を強めたい。大上段に構えるのではなく、地道に会員にとってメリットのある活動を展開する」と強調。わずかな期間で統合をまとめ上げた感想として、「中村、山内両会長をはじめ、会員や事務局の努力によって今日が迎えられた」と関係者の労をねぎらう配慮を忘れなかった。
 3団体が統合し、現在の日建連が発足したのは11年4月。初代会長に就いた野村氏は「土木、建築の活動を一段と輝かせながら、業界団体としての提言力、発信力を高めていく」と所信を表明。東日本大震災の発生から半月後のことで、野村氏は新団体としての基盤固めを行いながら、震災復興に万全を期すという業界の大きなかじ取り役を担うことになった。震災対応については「命を守ることができなければ次の目標は存在しない。普通の生活を守り、支えることが建設の仕事の原点だ」と話した。
 デフレの進行や円高、株価の低迷など建設業を取りまく環境が厳しい中、自助努力で苦境を乗り切ることが必要とも力説。本紙のインタビューでも「良いものを作り続けるという日本企業の伝統的な姿勢を維持しながら、自ら需要を創造しプロジェクトの実現につなげる力を持つべきだ」と強調していた。
 09年12月、飯塚彬矩日刊建設工業新聞社社主の社葬では、日建連会長だった野村氏が建設業界を代表して弔辞を述べた。
 趣味は釣り。かつて同じ現場で働いた仲間たちとの釣行が何にも代え難い楽しみの一つだった。釣り船に乗って大物を狙いに行った時の様子を記者にも楽しそうに話していた。
 厳しい時代を経ながらも会社を成長軌道に乗せた経営手腕と、建設業団体の新たな発展へリーダーシップを発揮した功績は大きい。

元清水建設社長・野村哲也氏が死去/新しい経営理念打ち出す/3団体統合にも指導力

《日刊建設工業新聞》

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