【建設業「命」の現場で 6】第2章 住まいに明かりを/笑顔を取り戻した街で 画像 【建設業「命」の現場で 6】第2章 住まいに明かりを/笑顔を取り戻した街で

インバウンド・地域活性

 東日本大震災後、防災集団移転促進事業で整備された宮城県岩沼市の玉浦西地区。ここでは月に1度、週末にカフェ「すまいる」が開店する。東京に住む佐藤和男がキャンピングカーで通い、コーヒーを無料で振る舞う。仮設住宅に暮らす被災者を励まそうと始めたボランティアを今も継続中で、皆が顔見知り。記者が訪ねた日も、住民らが続々と訪れ、世間話に花が咲いた。混雑してくると席を詰め、「こっちにおいでよ」と声を掛け合う。何気ない日常が、ここにはある。
 「復興のトップランナー」と評される同地区では被災者の入居が進み、新たにスーパーマーケットもオープン。7月には街開きイベントが開かれた。「震災で無くしたものは多いけれど、地域のみんなと一緒に、新しい家に住めることは良いこと。そう受け止めて生きていかなきゃ」。同市の沿岸部から移転して自宅を再建した斎藤洋子はそう話す。
 斎藤は震災の日、車で逃げる途中、地面をはうようにどす黒い津波が押し寄せてくる様子を間近で目にした。同地区は、約2メートルかさ上げして整備されており、この高さが命を守る。「今は安心して暮らせる」という気持ちは家族皆に共通する。
 集団移転をするかどうか、悩んだ時期もあった。決め手は、娘の綾の一言だった。「(集団移転で)いいじゃん。だって玉浦が好きなんだもん」。綾は、住宅ローンが組めるよう自分の進路も変えた。いろいろな決意が、この家には詰まっている。
 建設産業への見方も変わった。「今までは遠くに感じていた。復興を通じて、土台を造ってくれる人たちが、泥んこになって大変な思いをしていることが分かった」と斎藤は話す。東日本大震災の後も、各地で大規模災害が起きていた。「(復旧・復興の担い手は)次の被災地に早く行ってほしい。だから、私たちもどんどん進まなければいけない。『いつまでも被災者って言っていられないね』という言葉が自然と出てきた」。復興街づくりを検討していた当時のエピソードだ。建設産業が担う公共的な役割を肌身で感じたからこそ、そうした意識が芽生えたのかもしれない。
 斎藤には思い出す場面がある。まずは被災した自宅の解体の日。取り壊される様子を泣きながら見ていると、解体作業員が「仕事だから壊すけれど。そうしないと進まないから。でも、俺たちもつらいんだよ」と声を掛けてくれた。機械のようにただ作業をこなしているのではない-。その気持ちに励まされた。
 もう一つは、職場での出会いだ。洋服直しの仕事をしている斎藤は、工事関係者から作業ズボンの丈詰めなどを頼まれることもある。宮城県内に記録的な大雪が降った時期だった。和歌山から来たという男性に、「こっちの冬、こたえるでしょう?」と話し掛けた。その答えは「もう帰りたいです…」。
 北海道から沖縄までさまざまなナンバーのトラックが同地区に土を運ぶ光景を見ていた。「家族と離れて働いていると思うと、本当にありがたい気持ちになった。今こうして暮らせているのは、ほかの地域からもたくさんの人が来て、作業をしてくれたから」。感謝の思いは今も忘れない。=敬称略
 (毎週火曜日に掲載します。ご意見・ご感想をメールでお寄せ下さい。東北支社・牧野洋久、mak@decn.co.jp)

建設業「命」の現場で・6/第2章・住まいに明かりを/笑顔を取り戻した街で

《日刊建設工業新聞》

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