【建設業「命」の現場で 2】第1章 被災地にて/後ろめたさも背負って 画像 【建設業「命」の現場で 2】第1章 被災地にて/後ろめたさも背負って

インバウンド・地域活性

 福島県南相馬市で福島第1原発事故に伴う除染業務を手掛ける石川建設工業の環境部主幹課長・渡部達也は、東日本大震災後に入社した転職組だ。震災から約半年が過ぎて生活が少し落ち着いたころ、除染の仕事を手伝いたいと強く思うようになった。「福島第1原発の復旧に何も貢献できなかった。そうした自分があるのが、今の仕事と結び付いている」と言う。
 渡部の故郷は、福島第1原発の立地する大熊町。震災当時、福島第1原発のメンテナンスを請け負う会社の電気技術者だった。震災当日にも、翌週からの工事の打ち合わせをしていた。何もなければ、今も福島第1原発で仕事をしていたはずだ。だが、人生を変えた。
 震災が発生し、渡部はまず、福島第1原発で働く作業員の安否を確認した。それから子どもたちが待つ自宅へ戻った後、再び出掛ける。地域の消防団の分団長をしていたためだ。住民の安全確認などに奔走するさなかに、原発事故に伴う全町民避難の指示が入る。住民を先に逃がし、自らも避難先となる船引高校(田村市)へと向かう途中に、福島第1原発の建屋で水素爆発が起きたことを知った。
 双葉町で介護の仕事をしていた妻は、渡部よりも避難のタイミングが遅れた。数日後、川俣町に避難していた妻とようやく電話がつながり、聞いた言葉は「お父さん、白い灰が降ってきたよ」。原発で長年仕事をしてきた渡部には、事実の重みを痛いほど理解できる。「もしかしたら、もう会えないかもしれない」。そんな不安がよぎった。だからこそ、家族全員が再会できた時には、本当に安心した。
 その後も、消防団の責任者として避難所の管理などを行う日々が続いたが、徐々に迷いも大きくなっていった。福島第1原発の復旧作業で同僚らが負傷していた。「自分も行かなければ」。焦りのような気持ちが募った。
 だが、原発の仕事に戻るには、単身で向かわなければならない。震災後に両親と会えなかった日々が続いたことで、子どもの心が不安定になっていた。原発と家族のどちらを守るのか-。悩んだ末に家族を選んだ。「逃げるようで嫌だった。割り切っている部分もあるが、後ろめたさが今もある。たぶん一生付いて回るのだろう」。いまだ自問自答の渦中にいる。
 新天地として選んだのは、大熊町と同じ浜通り地方の相馬市だった。仕事を探していたところ、除染業務に乗りだそうとしていた石川建設工業と出会う。自分の持つ技術やノウハウを故郷のために生かせる仕事であり、「何かの役に立ちたい」という思いと合致した。
 復旧・復興事業や除染事業には巨額の公費が投じられている。「何百億というお金ばかりが目立ってしまう」とも感じる。だが、「自分たちで何とかしたいという気持ちが強いから、福島に残って頑張っている」という思いに揺らぎはない。
 「建設業とは何か?」という問いに、渡部は「地域貢献」と答えた。地域があるから、自分たちの仕事がある。逆に言えば、地域がなければ自分たちの仕事はない。
 心の中の葛藤かっとうとも向き合いながら、浜通り地方のために働き続ける。自分が選んだ道として。=敬称略
 (毎週火曜日に掲載します。ご意見・ご感想をメールでお寄せ下さい。東北支社・牧野洋久、mak@decn.co.jp)

建設業「命」の現場で・2/第1章・被災地にて/後ろめたさも背負って

《日刊建設工業新聞》

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