父の「思い」に応えたい―娘が語る“お家騒動”ではない事業承継の現実 画像 父の「思い」に応えたい―娘が語る“お家騒動”ではない事業承継の現実

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 父から娘への事業承継―。といっても大塚家具の“お家騒動”の話ではない。むしろ中堅・中小企業にはそれとは対照的に円滑な「たすきリレー」を実現したモノづくり企業が散見される。もちろん経営のたすきを受け継ぐまでにはそれぞれに紆余(うよ)曲折あるが、背景にあるのは、父の後ろ姿を見て育った娘ならではの「特別な思い」。今後10年間で中小企業の約半分が事業承継のタイミングを迎えるとみられるなか、少子化に伴い、娘を社長候補に据えるケースが増えることが予想される。実際に事業を継いだ彼女たちは何に悩み、どう乗り越え、どんな経営革新に挑もうとしているのか。その声に耳を傾けることで、今後の課題を考える。 永井機械鋳造・西澤禅社長−古参の社員に私なりのビジョンを伝えることは本当に難しい  家業を継ぐ気は全くありませんでした。2009年に入社したのも鋳物の製造工程で発生する廃砂を利用したゼオライトを活用した事業部を手伝うぐらいの感覚でした。ところが12年に父が急逝し、人生は一変しました。 闘病中は父の力になりたい一心で秘書役に徹していました。父はそんな私の後ろ姿に「あの背中に背負わせるのはかわいそうだな」とつぶやいていたと後に聞きました。とはいえ、現役社長を失った当社は決断を迫られており、葬儀は私の後継者としてのお披露目の場となりました。その後1年ほどの記憶は全くありません。新規事業を任されていたとはいえ本業は何も知らない。事業を理解しなくてはと無我夢中だったのでしょう。 最初の大きな決断はほぼ30年ぶりとなる大型投資でした。最新の電気炉に更新したいとひそかに願っていた父の思いを実現したい。この時ばかりは誰にも相談せず決めました。8000万円の投資は無謀な計画だったかもしれません。でも私は父の命日に竣工式を行おうと必死でした。国の補助金に採択されたことは幸いでした。 いまなお手探りなのは、従業員との距離感です。「しずかちゃん」とかわいがってくれた古参の社員にも「社長」として私なりのビジョンや方針を伝えることは本当に難しい。従業員一人ひとりに毎月の給与明細に手紙を添えて気持ちを伝えるのは父から教わった私なりの工夫です。 業界では珍しい女性経営者として注目されることに当初は抵抗を感じていました。「父を亡くしたかわいそうな娘が孤軍奮闘している」というステレオタイプのイメージで語られることが特に嫌でした。でも社長就任から3年が過ぎ、物事を割り切れるようになりました。中途半端に技術を理解したふりをしたら社内に迷惑をかけてしまう。私が取り上げられることで何かの役に立つならよしとしようと。男性のイメージが強い鋳物業界ですが、現場を担う女性社員を育てたいと考えています。労働環境を整備し積極的に採用するつもりです。(談) 【企業メモ】 永井機械鋳造(埼玉県川口市)永井機械製作所の鋳造部門として1953年(昭28)に創業。世界水準の管理技術である「ミーハナイト鋳鉄」製造ライセンスを持つ。資本金2000万円。従業員27人。愛和電子・図子田早身社長 −これまで「当たり前」とされてきた手法を一つひとつを見直す  モーターと減速機の設計・製造で44年前に父が創業した愛和電子の経営を14年8月に承継したばかりです。東京での会社員生活に区切りを付け、継ぐ決心をしたのは父の病がきっかけですが、背中を押してくれたのは「あなたにはあなたのやり方がある」との先輩女性経営者の一言。 入社1年目は「何とか無事に過ごせた」が正直な気持ちです。父が倒れて以来、当社では営業活動ができない状態が続いており、喫緊の課題は新規顧客の開拓です。創業製品は減速機付きモーターですが、社内にはアルミダイカストや亜鉛ダイカストの鋳造設備、切削機械などを備え部品内製化が可能です。 組み立て部品の調達・製品化まで一括受注できるのが強みですが、裏を返せば何が特徴なのか分かりにくい。取引先に「何ができるの」と問われ「何でもできます」では話になりません。私の役目は少しでも多くの企業に自社の設備や製品を見てもらい、技術の接点を見いだすこと。企業経営者による連携組織「21ものづくりネット」をはじめ、さまざまな交流機会を通じて人脈を広げるのも私なりの営業活動の一環です。  数日前には初の営業会議も行いました。これまでは父が受注し、現場は作ることに徹することで事業が成り立ってきましたが、今後は私がどんな分野や企業にアプローチしているのか従業員と共有することで新たな技術提案につなげたいと考えています。  現場改善にも着手しました。当社ではこれまで体系だった社員教育の機会はありませんでした。外部専門家の力も借りながら、これまで「当たり前」とされてきた手法を一つひとつを見直す。もちろん抵抗はあります。当初は不安感を抱いていた従業員たちも議論を重ねるなか、このやり方は確かに効率的だと納得してくれれば、切り替えは早い。長年手つかずだった棚が一気に片付けられていたこともありました。「現状維持は衰退の始まり」―。この思いを従業員と共有し、勇気を持って改革に挑みたい。(談)  【企業メモ】 愛和電子(群馬県みどり市)78年(昭53)設立。資本金1000万円。従業員28人。 若手経営者へのメンタル面の支えも必要 中小企業経営者の平均引退年齢は70歳前後。今後10年間でおよそ半数の企業が事業承継のタイミングを迎えるとみられることから、政府は関連施策の充実を図ってきた。例えば中小企業の後継者が現経営者から非上場株式を承継する際の相続税や贈与税を軽減する事業承継税制。早期からの計画的な準備を促すことで円滑な承継を後押しする狙いだ。 だが、衆議院経済産業調査室が15年3月にまとめた調査によると、現社長の引退を連想させる事業承継は、「センシティブな問題」だけに経営者の家族ですら口にするのは容易ではないと指摘。後継者教育にかける時間的な余裕もないといった声も相次ぐ。実際、今回取り上げた2社も、現経営者の突然の病という「青天のへきれき」によって急きょ、社内体制を整えてきたのが実情だ。 であるならば、早期からの計画的な準備を促すだけでなく、承継直後の若手経営者を実務のみならずメンタル面でどう支えるかにも目を向けるべきではないか。西澤社長も図子田社長も技術はともかく「ビジネスは他社の経営者から学んでいる」と語る。「先代が培ってきた技術や顧客との信頼関係を守り発展させたい」(図子田社長)の一念で、経営者という重責を担い日本のモノづくりを支えようとしているのだから。 (文=神崎明子)
《ニュースイッチ by 日刊工業新聞》

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