三代目社長のHANJO記:第3話――職人バカになるな! 客にとっての便利を考える/矢場とん

2017年8月4日
ビジネスにおけるジンクス「苦労を知らない三代目が会社をつぶす」。だが一方で、改革を進め会社を成長させる三代目社長がいる。「三代目」を名乗るダンス&ボーカルグループがヒットチャートを席巻するいま、時代が三代目の活躍を求めているのかもしれない。連載「三代目社長のHANJO記」では、新たな発想やマネージメントで歴史をつなぐ中小企業経営者の姿を伝える。第3話は、名古屋で有名な「矢場とん」三代目 代表取締役社長 鈴木拓将氏に話を聞く。
 ビジネスにおけるジンクス「苦労を知らない三代目が会社をつぶす」。だが一方で、改革を進め会社を成長させる三代目社長がいる。「三代目」を名乗るダンス&ボーカルグループがヒットチャートを席巻するいま、時代が三代目の活躍を求めているのかもしれない。連載「三代目社長のHANJO記」では、新たな発想やマネージメントで歴史をつなぐ中小企業経営者の姿を伝える。第3話は、名古屋で有名な「矢場とん」三代目 代表取締役社長 鈴木拓将氏に話を聞く。

 矢場とんは、名古屋名物グルメのひとつ「みそかつ」専門店。国内23店舗、台湾にも2店舗を展開する老舗である。もともとは串カツをメインとした大衆食堂として経営していたが、2代目のときにとんかつ専門店にした。バブル崩壊後、きびしい時期もあったそうだが、地元グルメであるみそかつが有名になり、現在に至る。

「一流の大衆食堂」をスローガンに、会社や社員の業務改善、意識改革に取り組む「矢場とん」鈴木拓将社長。その結果として店舗数は10年前から4倍に増え売上も倍増、さらに飲食業界では驚異の1桁台の離職率の低さも達成

■自分の代で矢場とんがなくなるのはもったいない

 三代目となる拓将氏は子どものころ、父親からは店は継がなくてもいいというような話を聞かされていたという。実際、拓将氏は高校、大学へと行かせてもらっており、両親は無理に店を継がせる意識はなかったようだ。

「地元ではそこそこ名の通った店であり、友だちからの評判も悪くない。子どものころから店にも親しんでいるので、このまま矢場とんがなくなってしまうのはもったいないという漠然とした意識はありました。高校、大学と店の手伝いも自然とするようになっていました。」

 ただし、親子で明確に店を継ぐ継がないの話をしたり議論したわけではなく、拓将氏は大学卒業後、いったんは地元の外資系大手ホテルに就職する。

 しかし、1998年、26歳のとき、母親から改めて店を手伝ってほしいとの依頼があり、将来のキャリアパスを考えた拓将氏。高校のときから意識の中にあった三代目として矢場とんを継ぐことを決意し、ホテルを退職し店に戻ったという。もちろん最初は現場の仕事からだが、店の手伝い経験はあったので、受け入れる側も自然に受け入れたようだ。その意味で、よくある三代目の入社やポストについて巷であるような問題やトラブルはなかったという。

 どんな形で継ぐにせよ、中小企業の場合現場の経験は欠かせないということだ。正式に代表取締役社長に就任したのは2014年。その間、矢場とんでの仕事やポジションが上がるにつれ会社や業務の改革にも着手している。

「ホテルのようなビジネスの場から、矢場とんのような飲食店を見ると、やはりビジネスの 『言葉の違い』は感じました。例えば材料の仕入れも、先に品物を受け取って、支払は1か月営業をして上がった売上の中から代金を支払うような取引でした。感覚としては、1日から10日の売上で従業員の給料を払い、11日から20日の売上で業者への支払をし、といった感じです。労務管理にしてもアルバイトやパートが多いので、悪く言えば学生や主婦を基準にした考え方で、従業員もそれにつられるような形になってしまう。規模も大きくなっているのだから、もっと『普通の会社』としての経営は導入してもいいのかなと思っていました」

「野球を通じて人間教育をしたい」という鈴木社長の思いから生まれた硬式野球部『矢場とんブースターズ』。2016年には全日本クラブ野球選手権大会に初出場を果たす。監督、コーチ、選手は、全員同社社員。練習は仕事の合間を縫って行なわれている

■矢場とんならではのサービスで事業を拡大

 三代目が店の意識改革や業務改革を行うというと、大企業で学んだ若旦那が番頭や古参の意見を聞かず改革を断行したようなイメージが湧きがちだが、矢場とんの場合、そういうわけではなさそうだ。あくまでお客さんに喜んでもらえる店舗にするための施策が、帳簿のつけ方や経営戦略の立て方、労務管理だったと見る方が正しい。

 改革に対し、現場からの反発もあり辞めていく従業員も少なくなかったという。しかし、結果的に業務改革、意識改革は成功し、店舗数は10年前から4倍に増え、売上も倍増しているという。その成功の要因を聞くと、拓将氏は次のように語る。
「店舗数や売上高といった数字は経営の目標とはしていません。矢場とんでは『一流の大衆食堂』を目指すというスローガンを掲げています。三ツ星レストランや高級ホテルのようなおもてなし、サービスはできませんが、大衆食堂としてのサービスで一流のゲストでも喜んでもらえるように考えています。ひとつは味・品質です。おいしいものは、一流ホテルに泊まるようなお客さんでも必ず喜んでもらえます。サービス面では、お客目線で便利であること、使いやすいことを心がけます。コップの水を空にさせない気配りもサービスですが、飲みたいときに好きに自分で注いで飲めるようにしておくのもサービスだと思います。そんな店との一体感のあるおもてなしは大衆食堂しかできませんよね」

 目的は売上ではなく、お客さんに喜んでもらうこと。当然といえば当然だが、管理コストが多く、しがらみの多い大企業、上場企業には難しいことかもしれない。身軽な中小企業ほど、お客ありきのサービスやビジネスが成功しやすい。

毎年4月に行っている矢場とん社員を集めて行っている総会。鈴木社長による挨拶の他、その年に活躍した社員(最優秀賞、優秀賞、新人賞等)の表彰も行っている

■与えられた責任は重い三代目

 矢場とんの特徴に従業員の離職率の低さもある。飲食店業界では50%の離職率は珍しくないといわれるが、矢場とんは9%で1桁台の離職率の低さを誇る。この背景には、拓将氏が掲げる「家族経営」もあるようだ。昔ながらの家族経営、経営者と従業員の関係に依存した経営は、最近のトレンドに逆行するようだが、拓将社長のこだわりの部分である。

「職場の改革のとき辞めていった従業員もいましたが、主旨に賛同して残ってくれた人もいました。そういう人たちは仲間として大事にしなければいけないと思います。自分は三代目として苦労せず今の立場にいるわけです。いわば与えられたものですが、その分、責任は重いと思っています。託された自分の代で終わりにしたり、ダメにはできません。従業員の悩み相談や店舗の問題などにもしっかり向き合うようにしています。三者面談といって、私と従業員とその配偶者と話をする機会も設けて、家族ごとの働き方、人生設計にも応えるようにしています」

 向き合うのはメンタル面だけではない。給料や手当についてもそれを惜しむようなことはしないという。時間外手当についてはしっかり計算し、新店舗オープンなどで仕事が集中すると手取りが2倍になる従業員もいるそうだ。

 矢場とんの成功、離職率の低さは、三代目ならではの立場を冷静に分析したうえで、お客目線のサービス、仲間としての従業員のことを考えた拓将氏の経営哲学に裏打ちされていた。

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執筆者: HANJOHANJO編集部 - HANJOHANJO編集者
日本の中小企業の皆さんにとってビジネスのヒントになる「ヒトモノコトカネ」を探し出し、日々オリジナルな視点で記事を取材、編集してお届けします。中小企業の魅力をあますところなく伝えます。

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